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はじめての授業2



 初めての授業が終わった。



 廊下を歩きながら、マロニエールがため息のように呟く。


「呪文を介さず、精霊と直接契約を結ぶなんて……考えたこともありませんでした」

「うまく説明できたか、ちょっと自信がないんですが……」

「みんなとても楽しんでいました。あんなにやる気になった生徒たちを見るのははじめてなのです」


 そう力説して、マロニエールはおずおずとおれを見上げた。


「ケント先生、本当に、いったい何者なのです……?」


 ……スローライフに憧れる、ただのしがない転生者です……とはいえないし……


 なんと答えればいいのか考えながら教員室に入ると、教師たちが集まってきた。


「ケント先生! さっきの授業、見ましたよ! なんですかあれ、私も受けたいです!」

「次の時間、あいてますよね! 生徒たちが先生に会いたがってて……!」

「あのっ、うちでもぜひ特別講義をしていただけませんか!?」

「あ、えっと……」


 勢いに気圧されていると、腕を掴まれた。


「わっ」

「すんません、みなさん。次、自分が予約してたんでぇ~! じゃっ、失礼しま~ッス!」


 抵抗する暇もなく、教員室の外へ連れ出される。


 おれを引きずるように歩く長身の女性教師に問いかける。


「約束してましたっけ?」

「いや、してないッス」


 女性教師はけろっと言ってのけると、アッシュグレーの髪をすりすりとすり寄せてきた。


「いやぁ~、お噂はかねがね聞いておりますよ、大賢人先生! なんでも、地獄の番犬ケルベロスを一刀に切り伏せたとか?」


 そんな話になってるのか。あれは、おれだけの力ではなかったが……


「それで、ぜひぜひお力を貸していただきたいな~と思っちゃったりなんかしちゃってぇ」

「おれなんかでよかったら」

「まじスか、あざーッス! あっ、申し遅れました。自分、クルートっていいます、剣術担当です。以後、お見知りおきを」


 笑った顔が猫に似ている。


 ひょうひょうとしていて憎めないというか、つかみ所のない先生だ。


 連れてこられたのは、剣の修練棟だった。


 ノアの友だち――ランジアが真っ先におれに気付いた。


「あれっ? 大賢人じゃーん!」

「え、ケント?」


 ノアが目を丸くする。


 どうやらノアの所属する、剣士課程中級クラスのようだ。


 準備運動をしていた二十人くらいの少年少女たちが駆け寄ってきた。


 ロッテが眼鏡を光らせる。


「ルート先生、三分遅刻です。教頭先生に言いつけますよ」

「わああ、それだけは勘弁してくださいッス~」


 クルートは気怠げに笑うと、ひらひらと手を振った。


「えー。つーわけで、今日はなんと、スペシャルゲスト! ケント先生がきてくれました~。はい、自己紹介」

「え、ええと、昨日赴任しました、ケントです。よろしくお願いします」


 待ってましたといわんばかりの拍手が巻き起こる。


 みんな優しいなぁ、こんなに温かく飛び入りの新米教師を迎えてくれて。


「みんな、ケント先生のいうこと、ちゃんと聞くんスよ☆ てわけで、あとはよろしくで~ッス! はいこれ、はいこれ!」


 剣をぐいぐい押しつけられる。


 それきりクルートは、隅のベンチに駆け寄っていそいそと横になった。


 ……あのひと、単に楽をしたいだけなのでは……?


 だが、頼まれた以上は仕方ない。


 おれはノアを振り返った。


「普段はどんな授業してるんだ?」

「ええと、切り返しとか、型の練習、あとは打ち込みとかかな」


 その隣で、ロッテが手帳に目を落とす。


「今日は、円陣掛かり稽古の予定でした」

「えんじんかかり?」

「はい。真ん中に立った先生を取り囲んで、体力が続く限り、生徒全員でひたすら打ち込んでいく稽古です。地獄です。前回の授業で、クルート先生が決めました」

「…………」


 当のクルートは、ぐうぐう高いびきをかいている。


「分かった。じゃあ、順番に掛かってきてくれ――」


 言い切る前に、ロッテがすっと手を上げた。


「クルート先生が、先生に膝をつかせたら、食堂の限定プリンをおごってくれるって言ってましたが」

「…………」


 振り返る。


 しょうもない約束をした張本人は、絶賛爆睡中だ。


 ……おれ、もしかして、人身御供にされた?


 ため息を吐く。


「うん。おれが降参したら、みんなにプリンをおごるよ。ただし、無理はしないようにな」


 たちまち生徒たちの顔が輝いた。


 真剣な表情で剣を構える。


 おれは柄を握り直し――









「くぅ……っ!」

「うそでしょ、ぜんぜん、歯が立たない……っ」

「ちょ、ノアっ、あんたのパパ、ヤバくね!?」

「ぱ、パパじゃないしっ!」


 ロッテが肩で息をしながら、汗を拭った。


「どういうことなの、二十人を相手にして涼しい顔をしているなんて、人間じゃない……っ」

「ありがとう」

「褒めてないです……!」


 生徒たちが、裂帛の気合いとともに代わる代わる切り込んでくる。


 それを防ぎ、いなし、受け流す内、ひとり、またひとりと膝をつき、やがて最後に残ったノアの手から、剣がはじき飛ばされた。


「はあ、はあっ……」


 修練棟に呼吸の音ばかりが響く。


 累々と横たわった生徒たちを、おれは一人ずつ覗き込んだ。


「ええと、ランジア。今、いいかな?」

「うぇい……」

「剣先が左に流れるクセがあるから、相手の正中線に意識を向けて。ロッテは、構えはすごくキレイなんだけど、動きが単調になりがちかな……正確な動きはどうしても読まれやすいから、良さを活かしつつ、実戦で使えるフェイントを、あとで一緒に練習しよう。あと、その隣の……」

「マリアティルです」

「マリアティル。全体的に、ちょっと大振りかな。勢いがあってすごくいいけど、持久戦だと苦しくなる。できるだけ必要最小限の動きでダメージを与えられるように――」


 全員にアドバイスをし終えて、ようやく一息つく。


「いやぁ、すごいッスね」

「クルート先生」


 気がつくと、クルートが足音もなく傍に立っていた。


「まさか地獄の円陣掛かりを捌ききるとは。しかも、あの短い時間でそれぞれのクセを見抜いたうえに、指導も的確です。もう剣術の担当、ケント先生でいいんじゃないかなぁ?」

「先生も、勝算があったから、プリンなんて賭けたんでしょう?」

「いやぁ、どうッスかねぇ」


 と、満身創痍の少女がおずおずと手を上げた。


「あの、ケント先生……必要最低限の動きじゃ、ダメージを与えられなくないですか? どうやるんですか?」

「うん」


 おれはポケットからくるみを出すと、ノアを振り返った。


「ノア、手本を見せてくれないか?」

「うん」


 ノアは汗を拭うと、剣を構えた。


 緊張の糸が張る。


 おれはくるみを軽く放り投げた。


 ノアの足がぐっと地面を掴み、


「ッ、ふ!」


 銀色の刀身が一閃した。


 刀身が描く弧は小さく、鋭く。


 両断されたくるみがごとりと落ちて、ランジアが「うげっ!」と首をすくめた。


「うっそ、真っ二つじゃん! 太刀筋ぜんぜん見えなかったし!」


 くるみを拾ったロッテが、うなずいた。


「きれいな切り口ね。見事だわ。お守りにもらってもいい?」

「いいけど、なんのお守り?」


 クラスメイトたちの賞賛を浴びて、ノアははにかんでいる。


 おれは少女に向き直った。


「今みたいに、剣先の始点から終点を、最短距離で結ぶんだ。そうだな、自分が一回り大きい箱に入っていて、剣筋をその中に収めるイメージで……」


 こんな説明で大丈夫かな、分かるかな。


 おれの心配をよそに、少女は「やってみます!」と目を輝かせてくれた。


「お。時間ッスね。じゃあ、今日の授業はここまで~」

「ありがとうございました!」


 生徒たちが元気なあいさつとともに頭を下げる。


 剣術の授業も、どうやら無事に終わった。


 ほっと額の汗を拭う。


 帰り支度をしていると、女の子が駆け寄ってきて、ペンと羊皮紙を差し出した。


「あのっ、だだだ、大賢人さまっ! サインください!」

「サイン?」


 サインか。そういえば、中学生の頃に徹夜で練習したなぁ、懐かしい。誰もが一度は通る道ではなかろうか。


 おれは羊皮紙を受け取った。


 試しに書いてみると、ペンがさらさらと色紙の上を走る。


 おお。あれから何年も経ったけど、書けるもんだな。練習ってすごい。


 ……でもなんか、人に見せるの初めてだし、恥ずかしいな。


「ええと、こんなので良かったら」

「ありがとうございますっ!」


 羊皮紙を受け取った少女は、ぱっと頬を紅潮させ――眉をひそめた。


「え? この文字……」

「ん?」


 おれは、自分が書いたサインに目を落とした。


 ……あ。これ、日本語だ。


 生徒たちがざわつく。


「えっ、これなんの文様……!?」

「こ、こんなの見たことない!」

「もしかして古代文字とか!?」

「うそ、か、かっこいい……!」

「あー、ははは……」


 愛想笑いしかできない。書くあてもないサインを必死に練習していた思春期(黒歴史)を思い出したうえに、なんの変哲もない日本語を褒めそやされて、恥ずかしさましましだ。


「いやぁ、ほんとありがとうございました! ケント先生、教師の才能あるッスよ! ぜひまたお願いしまッス!」


 クルート先生と手を振って分かれる。


 教師として、ちゃんと教えられているかあまり自信がないけど、少しでも役に立てているなら嬉しい。


 おれは無事に授業が終わった開放感と、心地いい達成感に包まれながら、教員室の扉を開き――


「あっ、帰ってきた!」

「ケント先生、特別講義お願いします!」

「いや、次こそうちで……!」

「錬金部の顧問とか興味ありませんか!?」

「あー、いやぁ、ははは……」




 おれの教師生活は、まだ始まったばかりだ。






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