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学園の課題


 気づくと、重厚なマホガニー製の扉がそびえていた。


 マロニエールが「失礼します!」とノックをすると、触れてもいないノブが回って扉がするりと開いた。魔術だ。


 赤い絨毯張りの床に、ふんだんに日の差し込む大きな窓。壁には絵画や、奇妙な形をした壺が飾られていて、ちょっと部屋の雰囲気から浮いている。


 部屋の奥でおれたちを出迎えたのは、豊かな髪を結い上げた妙齢の女性だった。


「やあ、ご苦労だった、マロニー!」

「マロニエールなのですっ!」


 ぷんすか憤るマロニエールを歯牙にもかけず、女性はおれに歩み寄る。


「やあやあ、きみがケントくんか!」

「ケント・オーナリ―です。この度は、お招きいただきありがとうございます」

「校長のアスタルテ・ラッツテュエルツだ! ラッツテュエルツ校長と呼んでくれ!」

「はじめまして、ラッチュ……ラッチュテュ、エリュチュ……」

「あっはっはっは! そうだろう、めっちゃめちゃ呼びにくいんだよ! なので、気軽にアスタルテでいいよ!」


 これが、冒険者を輩出する学園の校長か。


 いかめしい人物を想像していたが、思っていたよりも軽やかで、自由で、楽しそうだ。


 差し出された手を握る。


「よろしくお願いします、アスタルテ校長」

「こちらこそ、大賢人くん! だいたいのことはマロニーから聞いたよ! 会えるのを楽しみに――きみ、肩の可動域広いな! あっはっはっは! 気に入った!」


 腕を激しく振り回されているおれに、マロニエールがフォローを入れる。


「ちょっとテンションがハイなだけで、悪い人ではないのですよ!」


 もちろん、そうだろう。おれの手をしっかりと握る体温は温かくて、柔らかい。


 金色の瞳が、優しく笑んだ。


「……アシュリーたちを保護してくれていたってね。本来ならば、生徒を守り導くのは、我々が果たすべき役目だった。申し訳ない。そして、ありがとう」


 深い慈愛をたたえた瞳にうなずいた。


 手を離すと、今度は壁際に控えていた人物がするりと進み出た。


「教頭のココ・ロストナルドです。担当は大陸学です。以後、お見知りおきを」


 平坦な声で自己紹介し、一礼。


 すらりとした細身の体に、絹のような髪。銀縁の眼鏡が、知的な雰囲気をより引き立てている。切れ長の目は透き通り、まるで氷のようだ。


 厳格な雰囲気に、校長が横やりを入れる。


「気軽にココちゃんって呼んでやってくれ!」

「…………」


 眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。


 とてもじゃないがココちゃんなんて呼べる空気ではない。


「よ、よろしくお願いします、ココ……先生」

「よろしくお願いいたします」


 書類や教員用の制服を渡され、詳細の説明を受ける。


「わが校では、精霊学や剣術、錬金術、といったカリキュラムを組んでいる。大賢人くんにはマロニーとともに、精霊学を受け持ってもらおうと思っているよ」

「はい」

「マロニエール先輩と呼んでもよいのですよ!」

「また、マロニーには魔術士課程下級クラスの担任もやってもらっている。アシュリーのクラスだね。ケントくんも、副担任としてマロニーの補佐をしてくれ」

「はい」

「マロニエール先輩と呼んでもよいのですよ!」


 ひととおり説明をして、校長はふわりと微笑んだ。


「ユリシス学園の生徒は、ほとんどが寮生活なんだ。我々教師は、親代わりとなって子どもたちを守り、導かなくてはならない。君のはたらきに期待しているよ」

「はい。力を尽くします」


 ……それにしても、おれの出生や、ケルベロスをはじめ数々の事件について、もう少し聞かれるかと思ったが、深く突っ込まれなくて良かった。


 書類をしまい、校長室を後にしようとした時。


「少し、よろしいですか」


 教頭が、鋭い目で俺を見据えていた。


「オーナリーさんは、なんでも、大賢人の再来といわれているとか」

「ココちゃん」


 止めようとする校長を、教頭が横目ににらむ。


「彼を登用するつもりなら、なおさら釘を刺しておくべきでしょう。……どうやらマロニエールは、我が校の現状について、何も説明していないようですし」

「ひょぇっ!?」


 教頭の凍るような視線に、マロニエールが身を縮める。


「? なんですか、マロニエール先生?」

「あの、その……最初に言うべきだったのですが……」


 マロニエールは目を泳がせると、か細い声で呟いた。


「実は、ユリシス学園はいま、存続のピンチにさらされていて……」

「ありていにいえば、経営難ということです」

「経営難……」


 教頭は小さく頷いた。


「我が校は、王侯貴族からの寄付で成り立っています。精鋭の教師がそろい、エリート冒険者を育てる学園……しかし今や、ユリシス学園の信用は地に落ちました。火竜の襲撃を許し、有望な子どもたちを危険にさらしたのです。当然でしょう」


 校長は黙ったまま目を閉じ、マロニエールは眉を下げて俯いている。


「他の冒険者育成校からは、生徒を危険にさらした以上、閉校すべきだという意見もありました。学園は今も厳しい目にさらされています」


 教頭は元からまっすぐな背筋をさらに伸ばすと、おれを見据えた。


「我々はいま、いかなる不祥事も許されません。聞けばオーナリーさんは、身元も不明、出身も謎とのこと。いかに噂の大賢人とはいえ、あくまで噂。学生や保護者、そして教師の中にも、あなたに不信感を抱き、あなたの登用を快く思わないものもおります。そのことを、重々お忘れなきよう」

「はい」


 折り目正しく頭を下げ、マロニエールとともに部屋を出る。


 廊下にオレンジ色の夕日が差し込んでいた。


 長い影を引きずりながら、マロニエールがうつむく。


「経営難のこと、黙っていてごめんなさいなのです……」

「いえ。それに、ココ先生のおっしゃることももっともですし、今聞いておいてよかったです」

「ココ先生はツンデレなのです、悪い人ではないのです」

「ツンデレ……」


 デレが見られる日がくることを願おう。


 経営難に加えて、他校からの圧力。復興までこぎ着けたはいいが、喉元にナイフを突きつけられている状態か……思ったよりも厳しい状況にあるようだ。


 と、マロニエールがしょんぼりしていることに気付いた。


 つむじに、優しく声を掛ける。


「それで、おれはいつから精霊学の授業に参加できるんですか? マロニエール先輩」

「!」


 マロニエールは、意気揚々と長い袖を振り回した。


「ケント先生には、明日から、精霊学の授業を見学していただくのです!」


 精霊学とは、魔術全般に関する学問らしい。


 主担であるマロニエールを補佐するのが、おれの仕事だ。


「まずは支給された服に着替えてください! そのあと、校舎をご案内しますね!」


 教員用の更衣室で、渡されたばかりの制服に袖を通した。


 サイズは伝えてなかったはずだが、まるであつらえたようにぴったりだ。


「どうでしょうか」

「すごくお似合いなのです!」


 階段を降り、各教室を見てまわる。


 同じ課程でも、年齢ごとに、下級、中級、上級と分かれているらしい。


 ひととおり教室を見たあと、外に出て、別棟も案内してもらう。


 学園の敷地は広く、校舎を囲むようにして建物が散在していた。


「こっちが剣の鍛錬をおこなう修練棟で、ここが錬金棟、錬金術の実験棟です! この先を右に曲がると体育館、その手前にあるのが四元素の用具室で、主に精霊学のときに……」

「あっ、マロニエール先生! こんにちはーっ!」

「そのひとだれー?」

「新しい先生なのですよ!」

「あっ、もしかして大賢者さまじゃない!?」


 マロニエールは人気の先生らしく、教室の前をとおる度に声が掛かる。


 生徒たちは、大きな布に絵を描いたり、色とりどりの折り紙を折ったりと忙しそうだ。


「なんだか賑やかだな」

「はい! みんな、一か月後の銀星祭に向けてがんばっているのです!」

「銀星祭?」

「全校をあげた成果発表会です! 生徒たちの出し物や、出店、作品展示、研究発表などがあるのですよ! 夜にはキャンプファイアーもあって、とってもロマンチックなのです!」


 なるほど、文化祭みたいなものか。


「復興して初めての行事なので、子どもたちも張り切っているのです! 保護者さまはもちろん、王侯貴族の方々もお招きするので、なんとしてもいいところを見せなくては!」


 銀星祭は、ユリシス学園の名誉と誇りを挽回する、またとない好機なのだろう。


 マロニエールは腕を組んで唸る。


「今年ももちろん例年通り、たくさんの企画を用意しているのですが……もう一押しというか、何か派手な展示や発表があればいいのですが……」


 賑やかな喧噪を遠く聞きながら、考える。


 子どもたちのために、おれにも何かできることがないだろうか――




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