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王立ユリシス学園


 秋の草花が揺れる丘。


 緩やかな上り坂に、がたごとと車輪の音が響く。


「あっ、みえた!」


 前を歩くアシュリーが、大きく飛び跳ねた。


「ぱぱ、早くー!」


 青空に満開の笑顔が咲き、赤い髪がなびく。


「ほらほら、やねがみえたよーっ!」


 はしゃぐアシュリーに、ステラが声をかける。


「アシュリー、足元に気を付けて。ほらほら、石がありますから」


 そういう本人も、スカートに足を取られて今にも転びそうだ。


 おれは馬の手綱を引きながら、隣のフィオを見た。


「フィオ、疲れてないか? 荷台に乗ってもいいんだぞ」


 フィオはおれを見上げて「だいじょうぶ……」とうなずいた。淡い金髪は陽光に輝き、白い首筋にうっすらと汗がにじんでいる。


 その足元をうろちょろしている黒い子犬を、細い腕が抱き上げた。


「リル、馬車にひかれちゃうよ」


 そういって苦笑するノアの口元を、リルが嬉しそうに舐める。


 ノアは青い目を細めてくすぐったそうに笑った。


 馬車は揺れながら坂道を登る。日用品を詰め込んだ荷台は、道の凹凸に合わせてぎしぎしと陽気に鳴いた。


 来た道を振り返る。


 草原に走るレンガの道。


 おれたちが暮らした教会は、もうはるか彼方だ。


 馬の歩みに合わせて、坂を上りきる。


「おおー」


 歓声が上がった。


 道の向こう、若い木立に囲まれて、威厳ある校舎がたたずんでいた。


 王立ユリシス学園。


 おれたちの、新たな住居だ。









 五日にわたる旅路の果て。


 ようやくたどり着いた門を、馬車を引いてくぐる。


「立派な校舎だな」


 並木の先に見えるレンガ造りの校舎は重厚で、それでいて窓が多く開放的なたたずまいには、自由を重んじる気風が感じられた。


 カエデ並木を抜けると、前庭に出た。


 花壇には秋の花が咲き乱れ、のどかな雰囲気だ。


 マロニエールが出迎えてくれるとのことだったが、姿がない。


「馬車はどこにつないだらいいかな」

「裏庭へまいりましょう。ご案内します」


 ステラが勝手知ったるとばかりに歩き出す。


 が。


「たしか、こっちに厩舎が……あら、あらら? おかしいですね……」


 うろうろするステラの手を引っぱって、ノアが地図を見て歩き出した。


「こっちだよ、ステラ」


 ノアを先頭に、校舎の角を曲がる。


「すみません。そういえば、新校舎は初めてなのでした……」


 しょんぼりと肩を落とすステラに、思わず笑ってしまう。


「いいよ。あとで一緒に探検しよう」

「わーい、探検!」


 ユリシス学園は、一度火竜の襲撃によって焼け落ち、新たに再建された。造りもずいぶん変わっているのだろう。


 それにしても、とても立派な校舎だ。三か月前までは焼け跡だったとはとても思えない。


 中庭を通りかかると、ちょうど休み時間なのか、少女たちがボール遊びをしていた。木刀で素振りをしている女の子や、それをつまらなそうにベンチで見つめている少女もいる。


「女の子が多いんだな」

「ええ。ユリシス学園は、元は修道院だったのです。なので生徒も教師も、女性のほうが多いですよ」

「へえ。そういえば、ステラはシスターだったな」

「はい。以前は、礼拝堂でお祈りを執り行ったり、ケガをした子の治療をしておりました」


 なるほど。保健室の先生みたいなものか。


 厩舎に馬をつないでいると、女の子が二人、駆け寄ってきた。


「アシュリーっ!」

「ティティ! ルナ!」


 アシュリーが目を輝かせて、女の子たちと抱き合う。


「わーっ! ひさしぶりっ!」

「アシュリーがくるの、まどからみえたの! ぶじでよかった! 元気だった!?」

「うん、元気だよ! ティティとルナは!?」

「「とってもげんき!」」


 アシュリーは嬉しそうにおれを見上げると、二人を紹介してくれた。


「ティティとルナだよ! あしゅりとおなじ、魔術士課程なの!」

「は、はじめましてっ、ティティです!」

「ルナでーっす! よろしくねぇっ!」

「ああ、よろしく」

「パパはね、あしゅりのパパなんだよ!」

「「ええーっ!」」

「しかも、だいけんじんなんだよ!」

「「ええーっ!」」


 二人が目をいっぱいに見開く。


「すごぉいっ! これがだいけんじんさまかぁっ!」

「背がたかーい! やさしそー! もっとおじいちゃんかとおもってましたっ!」


 ステラが笑う。


「どうやら噂になっているようですね」

「ははは……」


 アシュリーたちで多少は慣れたとはいえ、生前ではこんなに子どもにモテることがなかったのでどうしたらいいか分からない。


 おれへの興味は尽きないらしく、二人はおれの周りで飛び跳ねる。


「ぼうけんのおはなしききたぁいっ!」

「ねぇ、無詠唱むえいしょーで魔術つかえるって、ほんとですかぁっ!?」

「ほんとだよ! あしゅりもね、じゅもんなくてもつかえるんだよ!」

「す、すごい!」

「すごいねぇっ!」


 と。


「え、ノア? ノアじゃん!」


 ノアが振り返る。


「あ。ランジア」


 ノアの友人だろうか、ポニーテールの少女が駆け寄ってくる。


「うっそ、久しぶり~! そういや今日着くって聞いてたわ! つか、新しい寮みた? もれなく個室とか超アガるんですけど! てか、なんか背ェ伸びてない?」

「うん、木目みっつ分くらい伸びたかな」

「相変わらず細かいんですけど! ウケる!」

「ランジアも変わってないみたいで、安心したよ」


 このハイテンションの少女、ランジアというらしい。生前にはあまり関わることのなかったタイプ、いわゆるギャルという生き物のようだ。


 と、ランジアと目が合った。


 キラッキラに盛られた爪が突き付けられる。


「あーっ! もしかして、大賢人っ!?」


 おれが返事をするより早く、ランジアは素振りをしている少女を勢いよく振り返った。


「ねえ、ロッテ! これ、これこれ! 大賢人だって! 噂の! ねぇヤバくね!? 完全におっさんだと思ってたんだけど! めっちゃ若いしちょっとエモくね!? ねぇ、ロッテってば!」


 ロッテと呼ばれた少女は、ちらりとおれを一瞥し、


「興味ないわ」


 それきり素振りに戻ってしまった。


「ちょ、素振りしてる場合じゃねって! 一目でいいから見てみ!? ブチアガるから! ねぇって!」


 ノアが苦笑する。


「騒がしくてごめんね」

「あの子たちは、ノアと同じクラスなのか?」

「うん。ユリシス学園は、志望職種によってクラス分けされてるんだ。アシュリーは魔術士課程、フィオは召喚士課程、 ぼくは剣士課程だよ」

「じゃあ、三人は別々のクラスなんだな」

「うん。他にもいろんな課程があるよ。踊り子、拳闘士、弓使い、吟遊詩人、修道士、剣士、錬金術師、盾使い、戦士……」

「戦士と剣士ってどう違うんだ?」

「基本的には武器の違いかな? 戦士は槍とか斧、棍棒を使うんだ」


 アシュリーは友達にあえてすごく楽しそうで、ノアもまんざらではなさそうだ。友達に好かれてるんだな、なんて思えて、なんだか嬉しい。


 そうこうする内に、他の生徒たちも集まってきた。


「ねえ、大賢人さまがいらしたって!」

「男の人だ!」

「わぁ、若い! かっこいい……!」

「ええと……」


 女の子たちの視線にさらされて、なんというか、身の置き所がない。

 そもそも男性が珍しいらしく、すっかり注目の的だ。

 ふと、フィオがおれのうしろに隠れたまま、硬直しているのに気付いた。

 その手が細かく震えていて――


「……フィオ?」


 フィオを覗き込もうとした時、遠くから聞きなれた声がした。


「大賢人さまー!」

「あっ、マロニエールせんせー!」


 顔を上げると、校舎からちびっ子教師――マロニエールが、あわあわと走ってくるところだった。


「お出迎えが遅くなりまして申し訳ございません! ようこそユリシス学園においでくださいました!」

「いいえ。こちらこそ、お招きありがとうございます」

「それではさっそく、校長のもとにご案内させていただきます! 子どもたちは、寮に荷物を運ぶのですよ!」

「はーい!」

「私もお手伝いしますね」


 しかし。


「…………」


 フィオは、おれの袖をつかんだままうつむいている。


「フィオ、もう行かないと」


 それでも動かないフィオの前に、ステラがかがみこんだ。


「フィオ。あとで、礼拝堂にいらっしゃい? 一緒に、あったかいミルクを飲みましょう」

「…………」


 フィオが小さくうなずく。


 その手を、アシュリーとノアが握った。


「フィオ、だいじょうぶだよ! あしゅりとノアがいるからね!」

「フィオはぼくらに任せて、ケントは挨拶にいってきなよ」

「ああ、ありがとう」


 マロニエールについて校内に入る。


 すれ違う生徒たちがおれを見て頬を紅潮させ、あちこちの教室から好奇心をいっぱいにたたえた瞳がのぞく。


 廊下を歩きながら、マロニエールは肩をそびやかした。


「我らがユリシス学園は、もとは修道院だったのを、優秀な冒険者を育てるべく、冒険者育成校として開放したのです。今は平民から貴族まで、冒険者を目指す子どもたちが大陸中から集まっているのですよ!」


 なるほど、みんな利発そうな子ばかりだ。


 小さな背中について歩きながらも、さっき見たフィオの様子が気になった。もとは学園にいたとはいえ、環境が大きく変わって順応できずにいるのだろう……なんとかしてやりたいが……


「ここなのです!」




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