大賢者、教師になる
マロニエールは詰め寄ってくると、勢いよくおれの手を握った。
「この子たちをここまで育ててくださったその手腕、ぜひ教育者としていかしていただきたく……っ!」
「いや、そんな……!」
「お願いします! お礼はしますので! たくさん、たくさんしますのでっ!」
「いえ、あのっ……」
「お願いなのですっ、ぜひ、ぜひにっ……!」
予想外の迫力に気圧されていると、アシュリーがおれを見上げた。
「パパ、せんせーになるの!?」
「えっ」
「パパならぜったい、世界でいちばんのせんせーになれるよ! だってパパだもん! あしゅりね、パパのこと、みんなにじまんしちゃう!」
「いや、おれは……」
言葉を探す暇もなく、袖を引っ張られた。
フィオだ。
嬉しそうに頬を染め、小首をかしげていうことには、
「……ぱぱせんせい……?」
「うっ!?」
可愛くて破裂するかと思った。
困惑するおれを見て、ノアが笑う。
「ケントがきてくれたら、みんな喜ぶと思うよ。それにケント、人を育てる才能があると思う。ぼくが保証する」
「いや、でも……」
さまわせた目が、ステラと合う。
「……これまで、ありがとうございました」
ステラは折り目正しく頭を下げた。
「身寄りのない私たちに、大海のような真心と愛情を傾けてくださって、穏やかな生活まで与えてくださって……このうえ、わがままを言うことはできません。けれど……」
ステラが顔を上げる。
その瞳には、すべてを包み込むような、柔らかい光が浮かんでいて。
「もし、この先もケントさんと一緒にいられるのなら……私たち、とてもとても、幸せです」
「…………」
彼女たちと出会ってから、この教会で過ごした月日が、胸に蘇った。
異世界で送る、はじめてのスローライフ。
畑を耕して、野菜を育てて、料理を作って、時々冒険に出て。思い出のすべてのページに、笑顔があった。ぜんぶ、彼女たちがいてくれたから。
四人を見渡す。信頼しきった、きらきら輝く瞳が、おれを見つめている。
――この子たちとなら、どこだって、穏やかにほっこりと、生きていけそうな気がする。
おれはマロニエールに向き直った。
「……おれでよかったら」
「! ありがとうございます、ありがとうございますっ!」
マロニエールは深々と頭を下げた。
その足元で、リルがしっぽを振っている。
「あの、リル――この子も連れて行っていいですか?」
「もちろんなのです!」
アシュリーが張り切って拳をにぎる。
「ベアちゃんとローザちゃんにも知らせなきゃ!」
「べあちゃんとろーざちゃん?」
「うん! だいじなおともだちなの!」
マロニエールは嬉しそうにほほ笑んだ。
「そうですか。ここでも、お友達に恵まれたのですね」
「引っ越しは、彼女たちに教えるまで、待ってもらってもいいですか? いつになるか分からないんですが」
「もちろんです!」
「あと、他にもヤギとかニワトリ、馬、あとは……花も、連れて行きたいんですけど……」
マロニエールは「花?」と首をかしげたが、すぐに笑顔を咲かせた。
「大丈夫です! ゆっくり準備を整えてお越しくださいっ!」
マロニエールから学校や寮の説明を受け、具体的にどんな準備が必要か相談する。
「詳しいことは、校長と相談しまして、また後日伺いますですっ! それと、超常現象の数々につきましても、のちほど調査員を送らせていただきますのでっ!」
「分かりました」
「それでは!」
マロニエールはほうきにまたがると、上空へ飛び立った。
「おお」
「せんせー、またねー!」
手を振って、小さくなっていくマロニエールを見送る。
「わーい! パパがせんせーになるよーっ!」
おれと学校に移ることがよほど嬉しいのか、アシュリーは子犬みたいに飛び跳ねた。
「あのね、がっこうの給食、すっごくおいしいんだよ! あしゅりのおともだち、いっぱいしょうかいするね! ベアちゃんとローザちゃんも、いっしょに遊んでくれたら嬉しいなー!」
ノアはさっそく、マロニエールに描いてもらった見取り図とにらめっこしている。
「馬とやぎとニワトリは、飼育小屋があるし、あと校舎裏の花壇が空いてるから、そこで野菜を育てられると思うよ。巨大花もそこでいいかな。あ、教頭先生がすっごく怖いから、気をつけてね。あとは……」
「お着替えと日用品は、もっていったほうがいいですね。家具は寮にそろっているのでいいとして、シーツはどうしましょう? 念のため全員分持参いたしましょうか」
指折り数えるステラの横で、フィオがぺこりと頭を下げた。
「ぱぱせんせい、よろしくおねがいします……」
「わん!」
ふっと温かい笑みがこぼれる。
窓の外、庭でハンモックが揺れている。野菜たちが、さわさわと優しい音を立てた。雲が穏やかに流れていく。
おれは笑って、子どもたちを見回した。
「これからも、よろしくな」
「うんっ!」
アシュリーたちが嬉しそうにうなずく。
これからどんな生活が待っているか分からないけれど、できる範囲で、のんびりやっていこう。
子どもたちと送る、異世界でのスローライフ、まだまだ続きそうだ。
いつも応援ありがとうございます!
次回、第三章は来月の投稿を予定しております。
また、書籍化第2巻が、1/19に富士見ファンタジア文庫さまより発売となります。
どうぞよろしくお願いいたします。