訪問者
秋も深まり、森から落ち葉のふくよかな香りが漂ってくる。
オレンジ色の陽が降り注ぐ食堂で、おれたちはティータイムを楽しんでいた。
アマンで仕入れた紅茶に、お茶請けは洋梨たっぷりの特製タルトタタン。
「おいしー! 甘くてさくさくだねー!」
「タルトはノアが作ってくれたんですよ」
「へえ、すごいな。おいしいよ」
「そ、そう? よかった」
「リル、あーん……」
「わう!」
穏やかな時間が流れる。
窓の外をみると、巨大花がハンモックに揺られていた――と、何かに気づいたのか、巨大花が慌てて地面に根を下ろす。
誰か来たのだろうか。
立ち上がるのと同時、控えめなノックが響いた。
「あら、お客さんでしょうか」
「おれが出るよ」
食堂を出て、玄関へ。
扉を開ける。
そこには、小さな女の子が立っていた。
「あっ、あの、あのあのあのあのっ、はじめましてっ……!」
青色の髪をショートカットにして、眼鏡をかけている。まるいほっぺを紅潮させて、ずいぶん興奮した様子だ。小さな手に、背丈の二倍はあるほうきをもっている。
少女は緊張した面持ちで口を開いた。
「あのっ、ここここちらに、大賢人さまがいらっしゃるとうかがいましててててっ……!」
「人違いです」
「ほあーっ!」
反射的に扉を閉めようとすると、ちびっ子は怪鳥みたいな声をあげてドアノブに飛びついた。
「風の噂で聞いたのですっ! な、なななななんでも、火竜を倒してくださったとかかかかっ……!?」
「人違いです」
「ほあーっ!? ほ、ほほほほほかにも、伝説級のモンスターを退けたとか、幻獣を多数飼育しているとか、謎の花を手なずけたとか、さらにはあの地獄の番犬、ケルベロスを倒したとかかかか……っ!?」
「人違いです」
ちびっ子はめげずに食い下がる。
「大賢人様の周囲で巻き起こる、人知を超えた超常現象の数々っ、ぜひっ、ぜひぜひぜひぜひ一度っ、調査させていただきたくーっ!」
「超常現象……」
ひっそり暮らしている割に珍事件が続くなぁと思っていたが、やっぱり普通じゃないのか。……それにしても、ほんとうに、一体どこから漏れているのだろう。
諦めて扉を開くと、ちびっ子はぱっと顔を輝かせた。
「あ、も、ももも申し遅れましたっ! わたくし、王立ユリシス学園で教師をしております、マロニエールと申すものです……っ!」
「教師?」
てっきり子どもだと思っていた。
それに、王立ユリシス学園って……――
マロニエールは、真剣な顔で頭を下げた。
「大賢人様は、学校を襲った火竜を倒してくださったとうかがいました……っ! なんとお礼を申し上げたらいいのか……っ!」
「いや、おれは……それより――」
その時。
「パパ、お茶がさめちゃうよー」
軽やかな足音がして、アシュリーが顔を出した。
おれと向かい合っているマロニエールを見て、ぴょんと飛び上がる。
「マロニエールせんせー!?」
「えっ!? え、え!? あしゅ、アシュリー!? アシュリーなのです!?」
「わーっ! マロニエールせんせーだ!」
目を丸くしているマロニエールに、アシュリーが飛びつく。
「どうしたの、せんせーっ? あそびにきたのっ?」
「えっ、いえっ、ええっと……!?」
騒ぎを聞きつけたのか、フィオとノアが顔を出した。
びっくりしたように立ち尽くす。
「せんせい……?」
「え、え、なんで、どうして……!?」
「! フィオ!? ノア!? ほ、本当に……!?」
マロニエールは呆然と立ち尽くしていたが、やがて目に涙を溜め、ノアとフィオに駆け寄って抱きしめた。
「わっ!」
「よかった……! 無事でよかったです……っ!」
「先生……」
アシュリーが嬉しそうにおれを見上げる。
「マロニエールせんせーはね、【精霊学】のせんせーなんだよ! あしゅりのクラスのせんせーなの!」
そうだったのか。
マロニエールは涙を拭って、おれを見上げた。
「まさか、こんなところで会えるなんて……! 学園を焼かれて以来、ばらばらになってしまった生徒たちを必死に探していたのですが、行方がつかめない子も多く……! 大賢人さまが保護してくださっていたのですね! 本当にありがとうございます……!」
「いえ、おれは何も」
ノアが心配そうに口を開いた。
「先生、学校はいま、どうなってるの?」
「先日、新校舎が完成したのです! 来月から再開する予定ですよ!」
わあっと歓声があがった。
「みんないる!? 元気!?」
「はい! ティティやルナ、ランジア、アスタルテ先生もココ先生も、寮母のクミンさんも、みんな元気なのです!」
子どもたちが抱き合って喜ぶ。
そうか、ついに復興したか。本当に良かった。
そのとき、
「わん!」
リルに続いて、ステラがやってきた。
マロニエールを見るなり、口を押さえる。
「まあ、マロニエール先生」
「ああ、ステラ……!」
少女たちは硬く抱き合った。
「お迎えが遅くなってごめんなさい! よくぞ子どもたちを守り導いてくれたのです……!」
「いいえ。すべてこの方の――ケントさんのおかげです」
マロニエールはおれに向き直った。
「ありがとうございます、校長と、お礼にうかがわせていただくのです!」
「いえ、お礼なんて。むしろ、おれの方が助けられてました」
アシュリーが元気に手を挙げた。
「せんせい、あしゅりね、魔術つかえるんだよ!」
「えっ!? そんな、まさか……!」
「みてて!」
アシュリーはくんくんと鼻を鳴らしていたが、やがて両手を組み、目を閉じた。
「『精霊さん、おねがい!』」
足元から、優しい風が巻き上がる。
「ねっ!」
「!? !? !? む、無詠唱!? いま、無詠唱で魔術をっ!?」
目を白黒させるマロニエール。
その横で、フィオとノアが胸を張る。
「フィオ、ちょうちょさん、召喚した……」
「ぼくはデスピードを倒したよ」
マロニエールは声を失っていたが、やがて涙ぐんだ。
「うぅっ、三人とも立派になって……!」
えらく感激している。
そういえば前にちらっと、アシュリーたちは成績はあまりよくなかったと、ステラに聞いた気がする。
「大賢人さまが、救世主のたまごたちを連れているとは聞いてましたが、まさかアシュリーたちだったなんて! きっと、お友達も先生方も喜びますっ!」
「えへへ~」
自慢げな子どもたちに、目を細める。
この子たちはもう、本来あるべき学校生活に戻っていく。
寂しくなるな――そう思ってしまう自分を叱咤する。
もともと学園が復興するまでと決めていたのだ。笑顔で送り出してやらなければ――そう自分に言い聞かせていると、マロニエールがおれを見上げた。
「大賢人さま、お願いがあるのですっ!」
「はい」
「わが校で、教師をやっていただけないでしょうか!?」
「え!?」