新しい友達
「っ、ぅ……」
「!」
ローザが小さくうめいた。
ノアを手で制すると同時、ローザが苦しげにせき込んだ。
「う、けほ、けほっ……!」
閉じられていた瞼がほどける。
かすむ瞳が、ぼんやりとおれたちを見上げた。
「あた、し……?」
「……!」
全身から力が抜ける。
「あたし、おぼれて……?」
「よ……よかったぁ!」
ぼうっとまばたきするローザに、ベアトリクスが抱きついた。
「きゃ!? ちょ、ちょっと、ベアトリクス、なに……っ!?」
ベアトリクスはローザにしがみついて、ぐすぐすと鼻を鳴らす。
「よかった……オレサマ、ローザが死んだら、どうしようって思って、っ……」
「……ベアトリクス……」
ローザの手が、戸惑いがちにさまよう。
その手を、アシュリーが握った。ローザをまっすぐに見つめて、告げる。
「あのね、ローザちゃんっ! あしゅりたちと、おともだちになって!」
「えっ」
「ちゃんといってなかったから! あしゅりね、ローザちゃんとなかよくなりたい! ローザちゃんといっしょに、たくさん遊びたいよ!」
フィオとノアも笑顔でうなずく。
「……っ! やめ、てよ……っ」
ローザがくしゃりと顔をゆがめた。
震える唇から、か細い声が零れ落ちる。
「やめてよ……そんなこと言って、どうせあんたらだって、あの子と同じでしょ……あたしを置いていくんでしょ……!?」
「あの子?」
アシュリーが首をかしげる。
ベアトリクスが、ためらいがちに口を開いた。
「ローザは昔、この教会で、人間の女の子と仲良くなったんだ……でもその子、何も言わずにいなくなっちゃって……」
ローザは唇を噛んでうつむく。
「……そうよ。鬼ごっこもしたし、おはじきとか、おままごともして遊んだわ。屋根裏で、日が暮れるまでお絵かきした。ずっと友達だって言ってたのに……あたしに何も言わないで、いなくなった……! きっとあたしのことが怖くなったんだわ、魔族と人間なんて、最初から仲良くなれるわけなかったのよ……みんなみんな、どうせ裏切るんだわ……っ!」
「ローザ……」
ベアトリクスが泣きそうに眉を下げる。
おれはポケットから羊皮紙を取り出すと、ローザに差し出した。
「? これ……?」
「開いてみろ」
ローザは口をつぐむと、そっと羊皮紙を開き――その瞳が見開かれる。
「……この絵……」
「手紙もある」
ローザは絵を持つ手に力を込め、小さくつぶやいた。
「……読んでよ」
字が読めないローザの代わりに、拙い手紙をゆっくりと読み上げる。
「『ローザちゃんへ。きゅうに、とおくへ行くことになりました。ごめんね。たくさんあそんでくれて、ありがとう。わたしのこと、わすれないでね。ずっとずっと、ともだちだよ。また、いっしょにあそぼうね。だいすきだよ』」
「……!」
字はところどころ間違っていて、けれど、ローザを大切に思うきもちが伝わってきた。
「きっとローザのことを想って、一生懸命描いたんだな」
「……っ」
ローザは唇を噛んでうつむいていたが、やがて金色の瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。
アシュリーが身を乗り出す。
「あしゅりたち、ローザちゃんのこと、好きだよ! ずっとずっと、大好きだよ! だから、お願い! お友達になって!」
ベアトリクスがもじもじと口を開いた。
「あの、ローザ……お、オレサマも、ローザのこと、友達だと、思っていい……?」
「……っ!」
ローザの瞳が熱に潤む。
やがて、かみしめるように小さくうなずいた。
「うん……」
「わーい!」
アシュリーたちが歓声を上げ、ベアトリクスが目を潤ませてローザに抱きつく。
「っ、ローザぁっ!」
「きゃっ! ちょ、ベアトリクスっ!」
ローザは慌てふためいていたが、やがておずおずとその背中に手を添えた。
アシュリーは笑顔で、包みを差し出した。
「ローザちゃん、これね、おみやげだよ!」
「あ……さっきの……」
「うん! おんせんでかってきたの!」
アシュリーは包みを開くと、ひとつひとつ人形を取り出した。
「こっちがパパで~、これがステラで、この子がベアちゃんで、それでね、」
猫を模した人形を指して、アシュリーが笑う。
「この猫ちゃんが、ローザちゃん!」
「…………」
金色の瞳が揺れる。
ローザは前髪で顔を隠すようにしてうつむいた。
「あ……あの……ありが……」
花びらのような唇が、小さくかすれた声を紡ぎ――
アシュリーがうっとりと頬に手を当てる。
「ローザちゃんは、おひめさまだったんだねぇ」
「え?」
「だって、パパのキスでめがさめたから!」
「……キス……?」
ローザが、ぎぎぎぎ、とこちらを見遣る。
おれは慌てて手を振った。
「あっ、違、あの……息をしてなかったから、ちょっと、その、……人工、呼吸を……――」
「い……いやあああああああぁぁぁっ!」
「!?」
ローザは大きな目に涙をためて、口を押さえる。
「あたし、あたし……ふぁ、ふぁーすとキス、だった、のに……っ」
「……ごめん」
ベアトリクスが慌てて口を挟む。
「ろ、ローザ、違うんだ! ケントは、ローザを助けようとしてっ……」
「わかってる! そんなのわかってるわよ! わかってないのはこいつのほうよっ!」
ローザは半泣きで、黒い爪をおれに突きつけた。
「なんなの!? なんなのよ! ほんと意味わかんない! あんた、わかってんの!? あたし、あんたを殺そうとしたのよ! ぜーんぶ奪おうとしたのよ!?」
「うん、そうだな」
おれは頬を掻いて笑った。
「でも、みんな無事だ」
「~~~……っ! ばか! まぬけ! お人よしーっ! あたしをここまで愚弄するなんて、許さないんだから! あたしの、は、ハジメテを奪ったセキニン、取りなさいよねっ!」
「は、はい……」
とはいったものの、責任って、いったいどうすれば……
戸惑っていると、ローザは腰に手を当てて、高らかに宣言した。
「いい!? 罰として、まずは、あの、マフィン? ってやつ、また作りなさい! あと、あたしがいいって言うまでブランコを押すこと! それに、縄跳びの縄を回して……あっ、字も教えなさいよねっ!」
「喜んで」
よかった。いつものローザだ。
ローザはふんぞり返ると、真っ赤な顔でおれたちを見渡した。
「いい!? あたしと友達になったからには、絶対逃がさないんだからねっ! 引っ越すときは、絶対、絶対連絡しなさいよっ!」
「今のところ予定はないけど、もし引っ越すときはそうするよ」
「絶対よ! 勝手にいなくなったら承知しないから! 地獄の果てまでついてってやるんだからね!」
「ああ、約束だ」
こみ上げる笑みを噛み殺す。
こんなににぎやかなら、地獄の果てでも楽しそうだ。
ローザの袖を、フィオが引っぱった。
「ろーざちゃん、あそぼ……」
「っ! しょ、しょうがないわねっ! お人形遊びなら、してやってもいいわよ!」
わぁっと歓声が上がる。
「そういえばこの間、人形の家を作ったんだ。持ってくるね」
「わーい! あしゅりはおやつをもってくるよ!」
「お、オレサマも手伝っていい?」
「わん! わんわん!」
子どもたちが飛び跳ねるようにして、準備に取り掛かる。
微笑ましく眺めていると、ステラがおれを見上げた。
「ケントさん、あの手紙は、どこで?」
「屋根裏で見つけたんだ。おもちゃと一緒に、大事にしまわれてた」
「そうですか。きっと、ずっとローザちゃんのことを待っていたのですね」
「ああ」
ふと、ローザを見る。
ローザは、嬉しそうに準備するアシュリーたちの様子を、どこかぼんやりと見つめていた。
大きな猫目が少し潤んでいる。
その頭に手を置き、なでる。
「ローザ。これからは、いつでも遊びにきてもいいからな」
「~~~っ……!」
白い頬が染まる。
ローザはぐしぐしと目を擦ると、ぷいと顔をそむけた。
「ほんっと、変なやつ!」
赤くなったその目元は、けれど、嬉しそうに緩んでいて――
「あの……あ、……ありが、と……」
小さく、けれど確かに鼓膜をなでた声に、おれは「ああ」と笑ってうなずいた。
こうして、素直になれない魔族の娘が、新しく友達になったのだった。
 




