揺れる瞳
「あははははは! いつまでそうしていられるかしら!?」
「がるるるる……!」
足元で、リルが激しく唸る。このまま巨大化すれば、ローザまで噛み殺しかねない。
「フィオ、リルを頼む!」
「りる、だめ、りる……!」
フィオがリルを抱きしめる。
「っ、ふ……!」
腕がしびれる。一撃一撃が凄まじい威力を持っている。
三つ首の猛攻を剣で受けながら、おれは歯を食いしばった。
ベアトリクスがローザに縋りつく。
「ローザ、なんで……っ!」
ローザがくすっと笑う。
「わかるでしょ、ベアトリクス。あんたは魔族なの。人間と仲良くなんて、できるわけがないの」
アシュリーが叫んだ。
「ちがうもん! ベアちゃんはおともだちだよ! ローザちゃんだって――」
「うるさい」
ローザが指を鳴らす。ケルベロスが前足を振りぬき、アシュリーが弾き飛ばされた。
「アシュリー!」
「っ、だいじょうぶ!」
アシュリーが起き上がる。どうやらとっさに組み上げた防護魔術が間に合ったようだ。
胸をなでおろす暇もなく、三つ首が殺到する。
「っふ……!」
剣がきしむ。
魔術で片をつけたいが、ケルベロスの傍にはローザとベアトリクスがいる。派手な魔術を使えば巻き込んでしまう。
おれは意識を研ぎ澄ませて、慎重にイメージを練り上げ――
「あたしとも遊んでよ、おにーちゃん?」
気付くと、ローザが目の前に来ていた。
「!」
しなる鞭が、刀身を絡め取る。
すさまじい力で振り回されて、横ざまに倒れこんだ。
「ぐっ!」
「パパ!」
体勢を立て直すより早く、黒い鞭がまるで蛇のように襲いかかった。
生き物のように襲い来る鞭を、間一髪で払い落とす。
視界の隅、ケルベロスがアシュリーたちへと歩み寄る。
『グルルルル……』
「しまっ……!」
魔術を編もうにも、鞭の猛攻に、意識を集中させることができない。
『ガアアアアウ!』
アシュリーたちめがけて、ケルベロスが地を蹴った。
「アシュリー!」
おれが叫ぶのと、アシュリーが指を組むのは同時だった。
「精霊さん、お願い!」
土がせり上がり、壁となって立ちふさがる。
分厚く頑強なそれを、ケルベロスはあっさりと突き崩した。
「っ……!」
後退るアシュリーたち。
しかしその足元には、小さな魔方陣が完成していた。
フィオが叫ぶ。
「おはなさん……!」
フィオの声に応えて、ピンクの花びらが舞い上がる。
無数の花びらが三つの首にまとわりつき、視界を塞いだ。
『グガァァァァアア!』
ケルベロスはうっとおしげに首を振り――ノアが銀色の閃光となって肉迫した。
「やっ!」
繰り出された細剣を、太い鉤爪が弾く。
『ウォォオオオオオオオオ!』
ノアは間一髪で牙を受け流すと、ひるむことなく再度斬りかかった。
牙と剣のぶつかる音が響く。
『グオオオオオオ!』
抵抗する獲物に業を煮やしたのか、右の頭が咆哮を上げる。
開かれた真っ赤な口蓋、その奥から黒い炎が迸った。
「!」
黒炎がノアを呑み込む寸前、ステラが覆い被さるようにしてノアを押し倒した。
我を忘れて叫ぶ。
「ノア! ステラ!」
「大丈夫ですっ……!」
わずかに安堵した瞬間、鋭い鞭の先が肩をかすめた。
「っ……!」
傷口から血がしぶく。
ローザが口の端を吊り上げた。
「この期に及んで他人の心配? ほんっと、おめでたいわね!」
「っ……!」
「知ってるわよ。どんなに自分の身が危なくても、やさしーおにーちゃんは、あたしには攻撃できないんだもんね? こんな甘っちょろいやつが大賢人なんて、笑っちゃう」
傷口が燃えるような痛みを訴える。
唇を吊り上げるローザを見つめて、おれは口を開いた。
「……アシュリーの本を破いたのは、ローザか?」
「だからなに? 気に食わないなら、本気であたしを殺しにきたら? それが魔族と人間の、正しいあり方なのよ――」
「優しいな、ローザ」
「――はぁ?」
ローザが眉をゆがめる
その瞳に問いかけた。
「ベアトリクスが、おれたちに裏切られるかもしれないって、心配だったんだよな。だから、傷つく前に引き離そうとしてたんだろ?」
「っ、はあっ!?」
「大丈夫だ、ローザ。おれもアシュリーたちも、ちゃんとベアトリクスのことを大切に思ってる。もちろん、ローザのことだって」
「っ、なにっ……!」
「本当は、うらやましかったんだよな」
「……!」
ずっとそうだった。くだらないなんて言うわりに、一緒に遊ぶアシュリーやベアトリクスたちを見つめるローザの瞳は、どこか寂しそうで。
「本当は、みんなと一緒に遊びたかったのに……友達になりたいのに、傷つくのが怖くて、ずっと我慢してたんだよな」
ローザの瞳が揺らぐ。
「ちが、う……違うっ! あたしは魔族なの! あんたらとは違うの! トモダチなんてっ……!」
「たしかにおれたちは、違う生き物かもしれない。けど、おれも、アシュリーたちも、ベアトリクスもローザも同じ、心があるじゃないか」
「……っ!」
「人間だからとか、魔族だからとか、関係ない。寂しいなら寂しいって、一緒に遊びたいって、声を上げていいんだ。自分を殺さなくていいんだ」
赤い唇が震える。その奥から、かすれた声が迸った。
「っ、あた、し……あたしはっ……!」
その時、すさまじい絶叫が耳をつんざいた。
 




