街にいこう
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次の日、おれは朝食を終えると、食堂で出かける準備を調えた。
すかさずアシュリーがすっとんでくる。
「パパ、どこに行くの?」
「ふもとの街まで降りて、買い物をしてくるよ」
「! あしゅりもいく!」
「アシュリー、ケントさんは忙しいのよ。いい子で待ってましょうね」
なんとか諭そうとするステラに、おれは笑った。
「いいよ、おれも一人じゃ不安だし。アシュリー、一緒に行こう」
アシュリーは顔いっぱいに歓びを咲かせると、食堂を飛び出した。
「じゅんびしてくるーっ!」
数分後、アシュリーはぱんぱんに膨らんだリュックをしょって戻ってきた。
「じゅんびできたーっ!」
「おー、張り切ってるなぁ」
重たそうなリュックの中から、スコップやら植木鉢やら虫取り網やらを取り出して、必要最小限にしてやる。
「いいことアシュリー、わがまま言わないのよ?
時々お水を飲むのを忘れないでね。
もしケントさんとはぐれたら、周りの人に迷子札を見せるのよ」
ステラは心配そうだ。まるで本当の姉妹みたいだ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってきまーす!」
ステラとノア、フィオに見送られ、元気いっぱいのアシュリーを連れて、丘のふもとにある街へと向かう。
ステラは気を揉んでいたが、アシュリーはおれの傍から離れず、長時間の歩行にも弱音を吐かず、時々花の蜜を吸ったり小鳥と一緒に唄ったりして、むしろずいぶん助けられた。
一人だったら退屈していたところだ。
森を抜け、ひとけのない街道を歩くこと一時間。
壁に丸く囲まれた街に着いた。
街の名は、アマン。
人口は三万人。
ヴィラリシアに比べて規模は小さいが、活気に満ちている。
門をくぐると、さまざまな商品を並べた露天が出迎えた。
皿、衣服、香辛料。
武器に本、家具まで。大抵のものは揃いそうだ。
「わあー」
アシュリーは物珍しそうに目を丸くして、きょろきょろしている。
アシュリーたちの通っていた学園は、全寮制だったそうだから、街に来ることもあまりなかったのだろう。
通行人にぶつからないよう小さな手を引いて、ゆっくりと大通りを歩く。
腰に提げた袋の中で、魔物の核がじゃらりと音を立てた。
「まずは換金しなきゃな」
煉瓦造りの立派な建物の前に立つ。
スローライフを始めて早々、まさかギルドの門をくぐることになるとは思わなかった。
ちょっと緊張する。
何百人、何千人という冒険者が握ったであろう古びた取っ手に手を掛けると、重たい扉を引いた。
賑やかな喧噪が溢れ出す。
「ここがギルドか……」
中では、冒険者パーティーが情報交換をしたり、掲示板の前でクエストを吟味したりしていた。
併設された食堂では、昼間から酒を飲んでいる冒険者もいる。
……アシュリーを連れてきたのは失敗だったかな?
アシュリーを安心させようと、小さな手を握り直した。
窓口がいくつか並んでいる。
そのうちのひとつ、一番奥の窓口に足を向けた。
迎えたのは若い女性だ。『シャルロッテ』と書かれた名札を付けている。
「ようこそ、アマンのギルドへ。本日は何のご用でしょうか?」
「あの、魔物の核を……」
「換金ですね。こちらの書類にサインをお願いします」
女性は慣れた様子で書類を差し出し――おれの横に立っているアシュリーに気付き、ガタタターン! と椅子を蹴って立ち上がる。
「幼女!!!!」
「!?」
その勢いに、思わずアシュリーをかばって後退った。
や、やっぱりギルドに子どもを連れてくるのはマズかったか!?
濡れ光るまなざしからアシュリーをかばうと、シャルロッテはハッと我に返った。
椅子に座り、メガネを上げる。
「失礼いたしました。こちらの書類にご記入を願います」
さっきまでの興奮ぶりが嘘のように、てきぱきと指示する。
どうやら核の換金だけなら、冒険者としての登録や手続きは必要ないらしい。
特に身分を追及されることもなく、あっさりと換金できた。
ほっと胸をなで下ろす。
万が一、元異世界人だとバレたら厄介なことになると心配していたが、杞憂だったな。
手元に来たのは金貨三枚。
思っていたより多くて良かった。
「よし、これで食料を買うぞ」
「おー!」
人波に乗って、街の南、商店街へと赴いた。
野菜を中心に見て回る。
何せ育ち盛りの子どもたちがいるのだ。
栄養バランスを考えて、あれこれ買い込む。
どの野菜も新鮮で、種類も多い。
見ているだけで楽しかった。
アシュリーを連れて歩いていると、若くはつらつとした女性の声が呼び止めた。
「おにーさん、ちょっと寄ってかないかい? ジェシカの肉屋、いい肉入ってるよぅ!」
目を向けると、テントの天井からいろいろな種類の肉がぶら下がっていた。
「おー」
そういえば、肉なんて何日も食べてないな。
タンパク質は大事だ。
「じゃあ、こっちの塩漬け肉と、燻製と……」
保存がききそうなものをいくつか注文する。
「あしゅりがはらう!」
「ん」
金貨を預けると、アシュリーは背伸びをして、ジェシカに手渡した。
それを受け取りながら、ジェシカがにかりと白い歯を見せる。
「おや、お嬢ちゃん。パパとデートかい?」
「!」
アシュリーは目を輝かせると、ちょっと口を尖らせておすまししてみせた。
「そうよ、あしゅりね、きょうはデートなの」
ませた口調が可愛くて、ジェシカと一緒に噴き出す。
「はいよ、おまけでソーセージつけといたからね! また来ておくれ!」
「ありがとうございます」
店を出て、アシュリーと手を繋いで歩く。
アシュリーはさっきまで元気いっぱいだったのに、なんだか顔を赤らめて、ちょこちょこ小股で歩いている。
「どうした、疲れたか?」
「んーん。なんでもないのよ」
どうやらデートモードだ。
小股なのは、爪先で背伸びをしているせいらしい。
……可愛いな、と生まれて初めて胸にわき起こる感慨を噛み締める。
いや、決してロリコンではないのだが、なんかこう、保護欲をくすぐられるというか、守りたくなるというか……え、可愛いな……娘がいたらこんな感じなのかな。
賑やかな呼び込みの声が行き交う中、他にも食料や調味料、茶葉を買い込んだ。
と、アシュリーが「あっ!」と声を上げて、露天のひとつに駆け寄った。
アクセサリーやぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
万屋といったところか。
「ねえパパ、これほしい! これと、これ! あと、これも!」
「全部はむずかしいなぁ」
「むずかしいの?」
「そう。どれかひとつにしような」
「んー」
目の前に並べたネックレスに、ドクロの置物、うさぎのぬいぐるみを、アシュリーは真剣な顔で見比べている。
「アシュリーはそういうのが好きなのか?」
「ううん、これねー、ステラに。いつもありがとうって。こっちはノア。これはフィオにだよ」
それで迷っていたのか。
そういうことなら仕方ない。
家族のために悩む姿を前にしては、頬も財布の紐も緩むというものだ。
「これ、全部ください」
「! ありがとう、パパ!」
アシュリーはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
新たに野菜の種や苗、パンも買う。
大体の物は揃ったので、アマンの街を散策する。
のどかでいい街だ。
アシュリーは、広場で見かけた大道芸がいたくお気に召したらしい。
「あしゅり、おおきくなったらライオンさんになる!」
「かっこいいな」
「パパは? おおきくなったら何になる?」
「何になろうかな。何がいいと思う?」
「うーん……ヤシの木!」
「それは大きいなぁ」
大地に根を張り、太陽をめいっぱい浴びながら、風に揺られる一生か……悪くない。
ヤシの生涯に想いを馳せていると、アシュリーがおれの手を引いて走り出した。
「わっ、アシュリー!?」
「パパ、こっち! 水のにおいがする!」
「に、におい?」
着いたのは公園だった。
たくさんの人が思い思いにくつろぐ中、噴水がきらきらと水を噴き上げている。
「わー! パパ、水あびしよう!」
「ちょ、待っ!? アシュリー、だめ、脱がないで!」
服を脱ごうとするアシュリーを必死に止める。
この子なんですぐ脱ぎたがるの!?
周囲の人々が何事かと注目する。違うんです、ロリコンじゃないんです!
必死にアシュリーの服を掴んでいると、凜とした声が掛かった。
「きみ」