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温泉に行こう!


「よかったら、今度みんなで旅行でも行かないか?」


 寝る前に切り出すと、繕い物をしていたステラが「えっ」と顔をあげた。


 ここのところ、核を得る機会が多くて、気づいたらお金が貯まっていたのだ。衣食住には困っていないし、たまにはみんなで遠出するのも楽しそうだ。それに、普段の疲れをいやしてもらいたい。


「いつもがんばってくれてるから、何かお礼ができたらと思って」

「ありがとうございます! きっと子どもたちも喜びます」


 ステラは手を打って喜んでくれた。よほど嬉しいのか、鼻歌交じりに裁縫している。


 誘って良かった。


 次の日、さっそくガイドブックを買ってきた。


「どこに行くーっ?」


 子どもたちも大張り切りだ。


 出発は、一週間後。行程は、ちょっと長めに四泊五日くらいがいい。


「ここなんかいいんじゃないか? 芸術の都だって」

「こっちの街は? 【白亜の塔】って呼ばれる、珍しい塔があるらしいよ」

「あしゅりねー、たべたことないごはんがたべたいよー」

「まったり癒されるところがいいですねぇ」

「リルもいっしょにいける……?」


 ガイドブックをのぞきこみながら、ああでもない、こうでもないと旅先を選ぶ。


 ページをめくったとき、東にあるエルドラドの街に目が留まった。


「お」


 どうやら、温泉で有名な土地らしい。


「温泉かぁ」

「いいですね」

「おんせん、きもちーよー!」


 以前、アシュリーの魔術でダンジョンに温泉が湧いたことがある。


 その時から、お気に召したらしい。


 フィオなど温泉ときいただけで、すでにほっこりした顔になっている。


「よし、じゃあここにするか」


 満場一致で決定した。


 目指すは東の地、温泉街エルドラドだ。


 ノアがすぐさま行き方を調べてくれる。


「乗合馬車だと、乗り継ぎが五回必要だね。行きだけで四日かかるよ」

「あー、そうか」


 アシュリーたちの負担を考えると、もう少し短くしたい。


「それとも、業者に馬車を借りる? そうしたらもうちょっと短縮できると思うよ。値段調べてみようか?」


 レンタルか。それもよさそうだが……


 おれはしばし考えて、つぶやいた。


「……作るか、馬車」

「作るの!?」


 これまでいくつかクエストを受けてみて、うすうす感じていた。これから先、マイカーならぬマイ馬車があったほうが便利だ。


 本をもとに木材を切り出し、加工し、部品を作っては組み立てていく。


 おれを手伝いながら、ノアが呆れたように呟く。


「馬車がないなら造るなんていうひと、初めて見たよ。ケントって、意外と大胆だよね」

「そうかな?」

「ま、ま、まあ、そんなところも、す、す、す、すきだけど……あっ、尊敬してるって意味でね!?」

「ありがとう」


 この世界にきてから、スローライフスキルがめきめき上がっている。無人島に放り出されてもサバイバルできそうだ。


 そして一週間後、無事に馬車が完成した。


「わー!」

「まあ、すごいです」


 新品の馬車を前に、フィオがそわそわとおれを見上げた。


「おうまさん……」


 そうだった、一番大事なものを忘れていた。


「馬って、どこで売ってるんだろうな?」

「牧場でしょうか?」


 あいにくあてがない。


「召喚してみるか」


 ヤギの召喚にも成功している。なんとかなるだろう。


 庭に魔法陣を描く。


 召喚士を目指しているフィオは、興味津々らしく、一生懸命手伝ってくれた。


「ええと、馬、馬……」


 頭の中に馬の姿をイメージしながら、念じる。


 魔法陣が光を帯びた。


「おーっ!」


 アシュリーが歓声を上げる。


 光の中心から、白い馬がせり上がってきた。


 黒く優しげな瞳。純白に輝くたてがみ。艶やかな背中には、美麗な翼が生えていて――


「……ペガサス出てきちゃったね」

「……さすがに目立つな」


 人里離れた教会に現れたペガサスは、異様なまでの神秘さを放っている。


「すごーい! ペガサスだー!」

「ふぁぁぁ……!」

「わん! わんわん!」


 アシュリーとフィオは大興奮しているが、元の場所に返したほうがよさそうだ。


「ばいばい……」


 ペガサスはたてがみを振りながら、魔法陣に引っ込んだ。


「失敗だったな」

「ん、んー……失敗っていうか、成功っていうか、ななめうえっていうか……なんかもう、よくわかんない」

「さて、どうするか」


 肝心の馬がいないのではどうしようもない。


 首をひねっていると、ステラが手を打った。


「馬といえば、スイレンさんがとても素晴らしい黒鹿毛に乗っていらっしゃいましたね」


 そういえば、スイレンは騎警隊副隊長だ。馬を仕入れるルートについて詳しいかもしれない。


 さっそく街に降りてスイレンに掛け合ったところ、いい商人を紹介してもらえた。


 こうして教会に、鹿毛の馬が仲間入りした。


「おお~」


 優しい目をした、おとなしい馬だ。


 フィオはさっそく仲良くなっていた。


 馬を馬車につなぐ。


 ずいぶん時間がかかってしまったが、準備は万全だ。


 荷台に荷物を積み、乗り込んだ。


 リルもフィオに抱っこされての参加だ。


「しゅっぱーつ!」


 アシュリーの元気な声を合図に、手綱を振る。


 五人を乗せた馬車は、ごとごとと道を行く。


「乗り心地はどうだ?」

「たのしいー!」


 途中、立ち寄った町で買った珍しいおやつを食べたり、泥にはまった馬車をみんなで押したり、森で野宿したり、時々ハプニングをはさみつつも、旅は順調に進む。


 そして、三日目の昼。


 エルドラドに到着した。


「わー!」


 街をつらぬく石畳の道、そこかしこから湯気があがり、観光客らしき人々が楽しそうな顔で行きかっている。


 アシュリーとリルがくんくんと鼻を鳴らした。


「へんなにおいー!」

「硫黄のにおいだな」

「イオー?」

「温泉のもとだよ」

「すごい、パパってなんでもしってるねー!」


 思えば、温泉なんて何年ぶりだろう。


 ゆっくりと石畳の道を行き、停車場に馬車を留める。


 公営厩舎に馬を預けると、宿に向かった。


 古めかしい建物を見上げる。


「これが今日泊まる宿だな」

「おっきいねー!」


 重厚な佇まいだが、白壁と黒い瓦が、どこか懐かしさを感じさせる。


 中に入ると、よく見慣れた日本風の内装が、おれたちを出迎えた。


 あまりに前世の記憶に近くて驚く。


「なんか、懐かしいな」


 受付で出迎えてくれた女性は、きれいな着物をまとっていた。


 この世界にも着物があったのか。


「わぁ、おねえさん、きれいー!」

「ありがとう」


 女性はそう笑って、フィオに抱っこされたリルに気づいたようだった。


「まあ、わんちゃん」

「犬もいるんですが、大丈夫でしょうか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 ほっと胸をなでおろし、チェックインの手続きにはいる。


「なるべくいい部屋でお願いしたいんですが」

「かしこまりました」

「あと、もう一部屋別でとりたくて……」


 アシュリーが首をかしげる。


「? なんで?」

「おれが泊まるんだよ」


 とたんに非難の嵐が巻き起こった。


「えーっ、やだー! パパも一緒がいいーっ!」

「同部屋でもお気になさることありませんのに」

「ケントって、変なところ律儀だよね」

「うーん、でもなぁ……」


 普段からひとつ屋根の下で暮らしてはいるし、旅先で一緒に寝たりはしているけど、やっぱり気が引けるというか……


「やだやだやだー! 一緒がいいー!」


 いつもは聞き分けのいいアシュリーだが、こういうときには駄々っ子になる。フィオもほっぺを膨らませて無言の抗議を示している。


 両腕にぶら下がられて困っていると、受付の女性が、部屋の間取り図を出してくれた。


「こちらの【菖蒲の間】ですが、奥にも一部屋ございますので、ご家族でお泊まりになっても大丈夫かと思いますが」

「それなら、良いのではないですか?」


 ステラが微笑みに促されて、うなずく。


「じゃあ、お願いします」


「かしこまりました。お部屋はこの先を右に曲がって、突き当りになります」


 館内は焼き物の花瓶や掛け軸らしきものが飾られ、よく手入れされていた。


「すごい、すごい! 床がぴかぴかだよー!」

「このドア、木と紙でできてる……魔物に襲撃されたらどうするんだろう」


 やはりこの世界では珍しいらしく、大はしゃぎの子どもたちのあとについて歩く。


 部屋につくと、土足禁止の注意書きがあった。


「へえ、靴を脱ぐんだね」


 靴を下駄箱に入れて、室内に入り――驚いて立ち止まる。


「畳か」


 この世界にも畳があったのか。


「まあ。異国情緒豊かな宿ですね」


 畳に襖、座布団。ちゃぶ台の上には、茶菓子と急須が置いてある。


 前世では見慣れた光景だが、ひどく懐かしい。


「ふぁぁぁ……!」

「わっ、なに、この部屋! ベッドがないけど、どこで寝るんだろう」

「たぶん布団なんだろうな」

「探検だー!」


 子どもたちは大興奮して、押入れの布団に挟まってみたり、おちゃっぱをかいでみたりと、大忙しだ。


 奥のふすまをひらいてみると、なるほど、もうひとつ小さな部屋があった。これなら大丈夫そうだ。


 荷物を置いて一息つく。


「にがい……」

「ぁぅ……」


 緑茶は、子どもたちの口には合わなかったようだ。


 ステラがぽんと手を合わせる。


「さて、せっかくなので、観光してみませんか?」





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