秋の風とハンモック
馬車を乗り継いで教会についたのは、六日目の朝だった。
「ただいまー!」
懐かしの我が家に、アシュリーの元気な声が響き渡る。
「おかえり……」
「お疲れさまです、お怪我はありませんか?」
ステラたちが笑顔で出迎えてくれた。
ちょうど朝食をとるところだったのか、トーストの焼けるいい香りが鼻腔をくすぐる。
「ウスベニグモ、持って帰ってきたぞ」
テーブルの上にぱんぱんになったリュックを降ろすと、ノアが髪の毛を逆立てた。
「蜘蛛を!? 糸じゃなくて!?」
「ああ。糸にする時間がなかったから、本体ごと持ってきた」
「待って、本体ごと!? どういうこと!? どういうこと!?」
さっそくリュックを開こうとして、ノアがおれの背中にしがみついていることに気づく。
「ノア、見ないのか?」
「見ない! 見るわけない! やだやだ! こないでー!」
見たくないというのなら仕方ない。
おれはリュックの蓋を開いた。
ステラが「あら」と目を丸くする。
「くもって、こっちの?」
「ふわふわ……」
「ノア、みてみて、かわいいんだよー!」
「ぅぅ……?」
ノアは半分目をつぶりながら、おっかなびっくり顔を出した。
おそるおそるのぞき込み、
「雲じゃん!?」
「雲だよ」
ノアはほっと胸をなでおろしている。
「なぁんだ、びっくりしちゃったよ。それにしてもこれ、きもちいいね」
ぽんぽんと雲を叩くと、雲が応えるようにバウンドした。
「わあああああ!? 動いたああああああああ!?」
「ひゃあああああああああああ!?」
「ふぁ……」
びっくりするノアにびっくりして、アシュリーとフィオがひっくり返る。
「うぉっ!」
二人が頭を打つ寸前で、どうにか支えることに成功した。
ノアは涙目で雲を見つめている。
「い、い、い、生きてるのっ!?」
「それが、よく分からないんだよな」
生物かどうかと言われたら微妙だが、意志があるのは間違いない。なにしろ自分で移動できるのだ。
「これが、幻のS級レアアイテムにして、【気が付くとなくなっている謎の糸】の正体なのですね」
納得するステラに尋ねる。
「これ、縒って糸にできるかな?」
「ええ。たしか、倉庫に糸車がありましたので、やってみましょう」
古ぼけた糸車を引っ張り出してきて、きれいにする。
雲は糸車によじ登ると、自ら所定の位置に収まった。
「まあ、いい子ですねぇ」
嬉しそうに弾む雲を、ステラが紡ぎ始める。
からからと乾いた音が響く。ピンクの綿が糸になっていく様子を、子どもたちはじっと見入っていた。
「うまくできそうか?」
「ええ。なんだか、自分から糸になってくれて……手を離しても大丈夫そうです」
ステラはおどけて手を離し――糸車が勝手に回って、糸を縒っていく。
「あら、まあ」
糸を縒るのは雲に任せて(?)、みんなで朝食を食べた。
軽快に回る糸車を、ステラが感心しながら見ている。
「助かりますねぇ」
そして、数時間後。
ピンクの綿は、すっかり糸になっていた。
「よし、これでハンモックが作れるぞ」
「やったー!」
さっそくハンモック作りに取り掛かる。
木材を切り出して磨き、ニスを塗る。
乾くのを待っている間に、森の入り口に、ちょうどいいスペースを見つけた。
糸を編んで網にし、木材にくくりつける。
ノアと協力しながら、五人分のハンモックを吊るした。
「おおー」
色づき始めた森と、五つのハンモック。まるで童話の世界のようだ。
アシュリーがさっそくよじ登った。
「わあ! ふわふわ! たのしい!」
フィオとリルを抱き上げて乗せてやると、たちまちその表情がとろけた。
「ふぁ……」
「うわ、これ、すご……え、なにこれ、すごい……」
「あら。なんだか、体が軽くなったみたいです」
ノアとステラも驚いている。
自分も乗ってみた。
ふわふわと、綿のような感触が身体を包む。
まるで雲に乗って空を漂っているようだ。
「きもちいいねーっ!」
「これは素敵ですねぇ」
「わん!」
リルもお気に召したようだ。
ハンモックに揺られながら、流れる雲を見上げる。
心地いい浮遊感に包まれて、時間がゆったりと過ぎていく。
ああ、幸せだなぁ……いつまでもこうしていたい。
ふと、ノアが呟いた。
「でもこれ、『幻のS級アイテム』なんだよね」
「そうだな」
「気づくと、いなくなってるかもね」
「そうだなぁ」
クモの糸が、ふよんふよんとご機嫌に波打った。
梢の間から、流れる雲を見上げる。
「まあ、いいんじゃないかな?」
いたいだけいてくれればいいし、飽きたら好きなところに行ってもいい。その時はその時だ。みんながみんな、生きたいように生きればいい。
風の向くまま気の向くまま。
そんな生活も、悪くない。