旅の一幕
日が沈むころ、一日目の目的地である町についた。
宿でチェックインする。
「ほれ、部屋のカギだよ。風呂は一階にあるからね」
「ありがとうございます」
こういった宿泊施設の風呂はだいたい共用だが、銭湯のように広くはなく、受付に言えば貸し切りにしてもらうこともできる。
部屋に荷物を置くと、食堂でごはんを食べた。
大きな川が近く、川魚を使った料理に、アシュリーは目を輝かせっぱなしだった。
「おいしーねー!」
おなかいっぱいになって、部屋に戻る。
アシュリーはふたつ並んだベッドに勢いよくダイブした。
「わー! ふかふか!」
しばらくころころと転がっていたかと思うと、おもむろにリュックからおふろセットを引っ張り出した。
アヒルのおもちゃを頭に乗せて言うことには、
「パパー、いっしょにおふろはいろー!」
「ぶっ!?」
飲みかけていた水を思わず噴き出す。
「あ、あー……おれは少しやることがあるから、一人で入ってこられるか?」
お風呂はいつもステラに任せていた。
年頃のノアは別にして、アシュリーやフィオはまったく気にしていないようだが……おれとしては、女の子と一緒にお風呂という状況は、どうしても引っかかるわけで……
けれどアシュリーは、ぷっと頬を膨らませた。
「やだ! パパといっしょにはいりたい!」
「で、でもな」
「いっしょにはいる~っ!」
アシュリーはベッドの海で大暴れだ。
いつも聞き分けがいいのに、駄々をこねるのは珍しい。
そんなに一人で入るのがいやなのか……
「わかった、わかった。一緒に入ろう」
「わーい!」
アシュリーはベッドから飛び降りると、すぽぽぽーん! と脱ぎ散らかし――
……すぽぽぽーん?
顔を上げる。
視界に飛び込んできたのは、すっぽんぽんで部屋を出ようとしているアシュリーの姿だった。
「ちょぉぉぉぉ!?」
全裸のアシュリーを小脇にかかえて扉を閉める。
「なんで脱いだの!?」
「? だって、おふろにはいるから」
「うんうん、そうだな。でも風呂場がちょっと遠いから、脱衣所にいってから脱ごうな。みんなびっくりしちゃうから」
「わかった!」
額の汗を拭う。天真爛漫さはアシュリーの長所だが、時々警戒心がなさすぎて心配になる。
アシュリーに服を着させて受付にいくと、ちょうど空いたところだというので、貸し切りにしてもらった。
脱衣所に着くなり、すぽぽぽーん! という既視感満載の効果音とともに、アシュリーが一瞬で全裸になり(これはもう才能だと思う)、風呂場に飛び込んだ。
「パパー! あたまあらってーっ!」
「はいはい」
旅先でテンションがあがっているのか、いつも以上に全力だ。
脚の間に座らせて、髪を洗う。
泡でツノを作ってやると、手を叩いて大喜びだった。
「流すぞー、口と目ぇ閉じてろよー」
「うぶぶ」
身体を洗って、泡を流し、並んで湯船に浸かる。
「きもちいいねー!」
「そうだなぁ」
温かい湯に、旅の疲れが癒えていく。
「パパー、髪かわかして!」
「はいはい」
柔らかな髪を、魔術で乾かしてやる。
……魔術は魔物を倒す時にしか使わないとは決めているが、アシュリーに風邪を引かせてはことだ。
ベッドに入ると、アシュリーが待ちかねたようにやってきた。
「ねえパパ、いっしょにねてもいい?」
「ああ」
布団を持ち上げると、アシュリーは大喜びで潜り込んだ。子犬みたいにもぞもぞと動き回っていたが、お気に入りのポジションが決まったのか、丸くなるなりすやすやと寝息を立て始める。
「早いな」
寝つきのよさに笑ってしまう。
前世では知るよしもなかったが、子どもの体温は高いらしい。
おれはおなかのあたりに心地いいぬくもりを感じながら、夢の中に落ちていった。
 




