買い出し? デート?
少しずつ秋の気配が深まりつつある、とある日。
「これが、アマンの街……」
にぎやかな往来に立って、ステラが呟く。
はしばみ色の瞳が、こぼれんばかりに輝いていた。
「ステラ、こっち」
「あ、す、すみません。こんなに大きな街、初めてで……」
「そうなのか?」
「ええ、里育ちでしたもので……」
ステラは恥ずかしそうにはにかんで、きょろきょろとあたりを見回す。
子どもたちと来たことはあるが、ステラを連れてくるのは初めてだ。
大通りを並んで歩く。
「これまで、留守を守っててくれてありがとうな」
ステラは「いえ」とほほ笑んで、小首をかしげた。
「でも、あの子たち、大丈夫でしょうか?」
「心配することないよ」
ノアはもちろん、アシュリーもフィオも、年齢以上にしっかりしている。
「それに、リルもいるしな」
リルは子どもたちによくなついて、危険を察知すれば即座に巨大化してとびかかる。
リルがいてくれるおかげで、心おきなく外出できるようになった。
スキル『願望反映』のおかげで野菜には困らないが、調味料や肉、日用品はどうしても必要になる。いま教会にどんな物品が足りないのかは、ステラが一番よく分かっている。
そこで、初めてステラを連れて買い出しにきたのだ。
「どのお店から見ましょうか?」
「その前に、まず、これを換金してこよう」
この前リルが倒したサーペントの核を手に、ギルドに入った。
扉を開けたとたん、酒のにおいと喧騒があふれ出す。
「まあ。ここがギルドですか」
ステラが目を見開く。
雑多な雰囲気が新鮮らしく、ステラは興味津々といった様子で、掲示板を見上げたり、併設されている食堂を覗き込む。
殺伐とした空気の中で、ステラのまわりだけふわふわと花が飛んでいて、明らかに異質だ。狼の群れに迷い込んだ、無邪気な子羊とでもいおうか、屈強な男たちが戸惑いながらスペースを譲っているのがおもしろかった。
楽しそうなステラを置いて、いつもの窓口に向かう。
「すみません」
「はい」
声を掛けると、顔なじみのギルド職員――シャルロッテが顔を上げた。
「ああ、ケントさん。本日は何のご用でしょうか」
「核の換金をお願いします」
カウンターにこぶし大の核を置く。
シャルロッテがぎょっと目をむいた。
「こ、これは?」
「サーペントの核です」
「さ、サーペントとは、あのサーペントですか? Bランクの?」
「たぶん、そのサーペントです」
「ええと……いったいどのような経緯で? クエストは受注していらっしゃらないようですが……」
まさか、幻獣フェンリルが一撃でかみ砕きましたとはいえない。
「……成り行きで」
「成り行きで!?」
シャルロッテはだいぶ驚いていたよううだが、それ以上は追及することなく、核を換金してくれた。
金貨を受け取ると、シャルロッテはそわそわと口を開いた。
「それで、あの、本日、お嬢さんたちは……」
「家で留守番させてます」
「そうですか」
シャルロッテはすんっと真顔になった。そのままいつものように仕事に戻るかと思いきや、
「どうぞ」
小さな袋を手渡された。
「?」
中を見ると、飴の詰まった小瓶がみっつ入っていた。
「お嬢さん方に差し上げてください」
「ありがとうございます」
「いえ。では」
それきり、仕事に戻る。
「あら、その袋は?」
「飴をもらったよ。アシュリーたちにって」
「まあ、なんだか嬉しいですね」
「うん」
そう大げさなことではないのだが、なんとなく許されたというか、大事な子どもたちの存在を肯定されたような気持ちになる。
核は金貨五枚になった。しばらくお金には困らなさそうだ。
ギルドを出て、市場へ向かう。
そう広くない路地は、露店と買い物客でごった返していた。
ステラが興奮した様子で袖を引っ張る。
「ケントさん、ケントさん、見てください。かわいいお皿が……あ、このお鍋、使いやすそう」
いろんなお店に目移りしているらしい。
楽しげな足取りに着いていくと、スパイスの香りが鼻をかすめた。
「まあ、調味料がたくさん。ローリエがあります。クミンも……あら、ナツメグ。ずっと欲しかったんです」
「何に使うんだ?」
「ハンバーグに入れると、お肉のくさみを消してくれるんですよ」
「へえ」
ぜんぜん知らなかった。いつも、よく言えば素材の味を活かした料理ばっかりだったからな。
「もうちょっと研究しようかな」
「あら、私は好きですよ。ケントさんのお料理」
柔らかなまなざしに、心臓が高鳴る。
礼を言う暇もなく、はしゃいだ声をあげる。
「あっ、シナモン! ずっと欲しかったんです。今度、アップルパイを作りましょう。りんごもたくさん買いましょう。余ったらジャムにすれば保存がききますし」
子どもみたいにはしゃぐ姿に、ふっと笑みがこぼれる。
連れてきて良かった。
店をまわって、食材や調味料、日用品を買い込んだ。途中、絵本も買った。アシュリーたちへのおみやげだ。
パンが詰まった袋を、ステラは大事そうに抱いている。
「すみません、買いすぎてしまって」
「いいよ。楽しそうでよかった」
「ありがとうございます。食材も調味料もたくさん手に入ったので、新しいお料理に挑戦してみますね」
よほど楽しみなのか、目をきらきらさせて張り切っている。
「他に買い忘れたものはないか?」
「あっ、最後に、お肉屋さんに寄りたいです」
「じゃあこっちだ」