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ローザの胸の内

「ベアちゃんがからまっちゃった!」

「え?」


 見ると、ベアトリクスががんじがらめになっていた。


「ぴぃぃぃ……」

「動くなよ、今助けるから」


 いったいどうしたらこんなに複雑に絡まるのだろう。


 こんがらがった縄をナイフで切る。


「ぁぅ……」


 ぐすぐすと目をこするベアトリクスに、ローザが鼻を鳴らした。


「あんたってば、ほんとどんくさいわね」

「ご、ごめんなさい」


 うなだれるベアトリクスに笑いかける。


「いや、ちょうどよかったよ」

「え?」

「これで、新しい遊具を作ろう」


 ノアに、倉庫から木切れをもってきてもらって、縄をしっかりとくくりつけた。


 木の枝に結び付けて、ブランコの完成だ。


「わー! パパ、おしておしてー!」


 ご希望どおり背中を押すと、ブランコが空へと弧を描いた。


「きもちいー!」

「ふぃお、も……」

「お、オレサマもっ……!」


 かわりばんこでブランコをこぐ。


「なにあれ、くだらない」

「ローザも乗るか? きっと楽しいぞ」

「いい。あんなの乗らなくたって、飛べるし」

「なるほど、それもそうか」

「…………」


 余った縄の切れ端に目をやって、ローザが呟く。


「おにーちゃんって、お人よしだよね」

「そうかもな」


 ローザはふんと鼻で笑った。


「変な人間」


 そのあとも、アシュリーたちは鬼ごっこやかくれんぼをしたり、どんぐりでおはじきをして遊んだ。


「ねえ、ローザちゃんもあそぼーよー!」

「どんぐり、あげる……」

「いらないわよ」


 ローザはついに参加することなく、アシュリーたちと楽しそうに遊ぶベアトリクスを、ただ座ってみていた。


 日が暮れはじめる。


 ベアトリクスが空を見上げた。


「オレサマ、そろそろ帰らなきゃ」


 フィオが、包みを差し出す。


「べあちゃん、これ……」

「えっ」


 驚くベアトリスに、ステラがほほ笑みかける。


「みんなでマフィンを作ったんです。よかったらどうぞ」

「あ……」


 ベアトリスの頬が染まった。


 綺麗にラッピングされたマフィンを、そっと受け取る。


「あ、ありがと……」

「ローザちゃんもどうぞ!」

「…………」


 ローザは黙って、差し出された包みを見下ろしている。


「もしかして、甘いもの苦手だったか?」


 ローザは鼻にしわを寄せていたが、おれが問うとぱっと笑顔を浮かべた。


「ううん! ありがとう、おにーちゃん! 大事に食べるね!」


 包みを受け取って、くるりと踵を返す。


「行くわよ、ベアトリクス」

「あ、う、うん」


 ローザに続いて飛び立とうとする、その背中に声をかける。


「ベアトリクス」

「?」

「もっと気軽に遊びに来てもいいんだぞ」

「あ……で、でも……」


 アシュリーが元気よく手をあげる。


「ワルルペソコポ、とってもおいしかったよ! ありがとー!」

「また一緒にごはんを食べようね」

「まってる……」

「…………」


 ベアトリクスはマフィンの包みを抱いたまま声を詰まらせていたが、やがて翼を広げて飛び立った。


「ふん、じゃあな!」

「ローザちゃんも、またきてね!」

「うんっ❤」

「またねー!」


 アシュリーたちが手を振る。


 茜色の空に、二つの影が遠ざかっていった。



 ◆ ◆ ◆



 空の端が紺色に染まっている。


 風を切って飛びながら、ローザは唇を噛んだ。


「なんなのよ」


 喉の奥で、獰猛にうなる。


 さっき見た光景を思い出す。


 まるでこの世には悲しいことなんてないみたいな顔で、楽しそうに遊ぶ人間の子どもたち。赤の他人のくせに、幸せそうにそれを見つめる大賢人。そして、見たことのない、ベアトリクスの嬉しそうな表情――


 胸が重たく騒いで、爪を噛む。


「なんなのよ……っ、人間なんて……!」

「ローザ、待って!」


 ベアトリクスが追ってきた。


 一生懸命に自分を追いかけてくるその姿にすらいらついて、マフィンの包みを握る手に力を込める。


「なによ、こんなもの!」


 きれいなリボンで彩られたそれを投げ捨てると、ベアトリクスが「あっ!」と声を上げて受け止めた。


「なんで捨てるんだ! せっかくアシュリーたちがくれたのに……!」


 戸惑うベアトリクスを、ローザは腕を組んで見下ろした。


「……ベアトリクス。あんた、自分が魔族だってこと、忘れてない?」

「えっ」

「トモダチってなによ。あたしたち魔族の使命は、人間を下して、この世界を支配することでしょ?」

「で、でもオレサマ、あんなふうには仲良くしてもらったの、初めてで……」


 今にも泣きだしそうな顔に、また胸が騒ぐ。


 ちくちくと走る痛みを振り切るようにして、ローザは指を突き付けた。


「あんた、だまされてるのよ。人間と魔族が仲良くなれるわけないじゃない。あいつらだって、どうせあんたを裏切る。そうに決まってるわ」


 ベアトリクスは悲しそうに眉を下げていたが、ためらいがちに口を開いた。


「ローザ、もしかして、あの時のこと……」

「うるさい!」


 ベアトリクスがびくっと身をすくませる。


 ローザは傲然と腕を組んだ。


「いいわ。あたしがあんたの目を覚まさせてあげる。人間は魔族とは違う、所詮は下等生物だってことを思い知らせてやるわ! あははは! あーははは!」


 ローザは牙をむいて哄笑をあげ――ベアトリクスが、その腰のあたりを指さした。


「……あの、ローザ、ポケットから、ドングリこぼれおちてるけど……?」

「えっ、あ、いっ、いつの間に!? あっ、こっちにも! いやーっ! 信じらんない! これだから人間はっ!」


 人間界の上空、ヒステリックな叫びがこだましたのだった。




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