フェンリル、ペットになる
「!?」
振り返る。
フィオの腕の中、子犬の全身が、眩い光を帯びていた。
子犬がフィオの手から飛び降りる。
「あっ」
サーペントの前に立ちふさがるや、その光が膨れあがった。
「っ、な……!」
白い輝きは、見る間に強さを増し、視界を染め上げたかと思えば、やがてふっと溶け消え――
光の中から現れたのは、巨大な黒い犬だった。
「ウォウ゛!」
太い吠え声が、地面を震わせる。
犬は地を蹴って蛇にとびかかると、頭をかみ砕いた。
『ピギィィィイイイイ!』
長い胴を振り回して首を引きちぎり、地面にたたきつける。
『ギ、ギ……』
サーペントは反撃もできないまま絶命し、黒い霞となって消えた。核がごとりと地面に落ちる。
「……ふぁ……」
何が起こったのか分からない。
あっけに取られるおれたちをよそに、犬はおすわりをして嬉しそうに吠えた。
「ウォン!」
巨大なしっぽがふさふさと地面をなでる。
沈黙を破ったのは、ステラののんびりとした声だった。
「……あら、まあ」
それをきっかけに、子どもたちが我に返る。
「す……すごい、すごーい!」
「もふもふ……」
アシュリーは興奮して飛び跳ね、フィオはふかふかのおなかに抱きつく。犬がふんふんと鼻を鳴らすたび、淡い金髪がなびいた。
「大きくなりましたねぇ。成長期でしょうか?」
のんきに首を傾げるステラの隣で、ノアが唖然とつぶやいた。
「ふぇ、フェンリル……」
「フェンリル?」
「うん……魔力をもつ狼で、神々の世界に住むっていわれてる、伝説の幻獣だよ……。っていっても、三百年前の文献に名前が確認されてるだけで、誰も実物を見たことはない……はず……」
「はー」と間の抜けた声がこぼれる。
伝説の魔狼か。
これまで、魔族の娘に獣人の少女、行商人を装った強盗など、一風変わった客人が訪れた我が家だが……また、すごいお客さんがきたものだ。
アシュリーが、抱き枕ほどもある黒いしっぽを抱きしめる。
「ねえパパ、この子もいっしょにくらしたい!」
「うーん」
腕を組み、小山ほどもある狼を見上げる。
「でも、これだと教会に入らないな」
と、
「ウォン!」
フェンリルは一声吠えると、みるみる小さな毛玉に戻った。
鼻を鳴らしてじゃれつくのを、フィオが抱き上げる。
「ぱぱ……」
「パパぁ……」
うるうるした瞳が、おれを見つめる。
おれはステラと目を見かわして、笑った。
「しょうがないな」
「やったー!」
「でも、もしこの子が元の住処に帰りたくなったら、ちゃんとお別れするんだぞ」
「うん!」
伝説の魔狼を飼うなんて、おそらく前代未聞だろう。
生態も何もかもよく分からないが、ひとまず互いが互いを望んでいる限りは、一緒に暮らしてみよう。
「じゃあまず、名前を決めようか」
「はいはーい! ぽち!」
「もふ太郎などいかがですか?」
「もっとかっこいいのにしようよ。その、ヴァ、ヴァリスヴェリア伯爵、とか……」
名前候補をそれぞれ列挙する。
と、フィオが小さな声で呟いた。
「りる……」
「リル?」
フィオがびくっと身を竦ませる。
なるほど、フェンリルのリルか。
おれはアシュリーたちと顔を見合わせた。
「……いいな」
「!」
呼びやすいし、なにより覚えやすい。
「わう! わう!」
リルがしっぽを振る。どうやらお気に召したようだ。
ふわふわのおなかに、アシュリーが頬ずりした。
「よろしくね、リル!」
アシュリーの顔を舐めるリルを見て、ノアが呟く。
「まさか、伝説の魔狼をペットにする日が来るなんて思わなかったよ」
アイスブルーの瞳が、いたずらっぽくおれを見上げた。
「相変わらず、ケントといると、不思議なことばっかり起きるね」
「そうだなぁ」
こうして、家族がまたひとり増えたのだった。