とある昼下がりの事件
更新が大変遅くなりまして申し訳ございません。
第二章のスタートです。
これからも、五人の生活を温かく見守っていただけましたら嬉しいです。
のどかな昼下がり。
降り注ぐ陽光に森の木々がみずみずしく輝き、湖畔を渡った風が、開け放した窓から吹き込んでくる。
食堂の椅子に座って、古ぼけた本のページをめくっていると、手元にティーカップが差し出された。
「どうぞ」
顔を上げる。
目が合うと、ステラはふんわりとほほ笑んだ。
「お庭で育ったハーブをブレンドしました、特製ハーブティーです」
栗色の髪は柔らかく肩に流れ、はしばみ色の瞳は温かい光を浮かべている。
服装は質素だが、しとやかな所作からは上品さが立ち上っていた。
「お口にあうといいのですが……」
「ありがとう」
礼を言って、一口含む。
ふくよかな香りが鼻に抜けた。
「うん、おいしいよ」
ステラは嬉しそうに笑った。
文字を追いながら繊細な味を楽しんでいると、アシュリーが皿を運んできた。
「ぱぱ、くっきーもどうぞ!」
星、ハート、猫……皿の上に、いろんな形をしたクッキーが並んでいる。
「このくっきーね、あしゅりがつくったんだよ!」
「おー、上手にできたなぁ」
頭をなでると、アシュリーは子犬みたいに目を細めた。
大きな瞳はルビーのようで、赤髪は鮮やかに艶めいている。
出会ったときより、少し背が大きくなったようだ。伸び盛りだもんな。
と、向かいに座っていたノアが図鑑を指さした。
「ねえ、ケント。今度、クレソンも育ててみようよ。水辺での栽培に適してるんだって」
いつもは切れ長のアイスブルーの瞳が、きらきらと輝いている。
ひとつに結んだ銀色の髪は絹のようで、白磁の肌はまるで陶器だ。
「クレソンってなんだっけ?」
「葉野菜の一種だよ。苦いけど、栄養価が高いんだ」
ノアは勉強熱心で、知識も豊富だ。
そのうえ、教会の修繕や畑の世話も積極的にやってくれるので、頼もしいことこの上ない。
次に育てる野菜を相談していると、フィオがやってきた。
小さな身体を、淡い金髪がふんわりと覆っている。
頼りなげな、けれど聡明な翡翠色の瞳がおれを見上げた。
「どうした、フィオ?」
優しく尋ねると、フィオは小さな手を差し出した。
「ぱぱ、これ……」
「おお、咲いたのか」
一週間前、コスモスの種を花壇に植えたのだ。
フィオは花が咲くのを楽しみにしていて、毎日水をやっていた。
「よかったなぁ。フィオのきもちが届いたんだな」
フィオは白い頬を嬉しそうに染めた。
その頭上では、リスがどんぐりをかじっている。
けがをしているのをフィオが助けて以来、時々遊びに来るようになったのだ。
愛らしいピンクの花を、ステラが一輪挿しに飾ってくれた。
「わあ、きれいだねー! 次はなんのお花うえる?」
「パンジー……」
「パンジーは強くて育てやすいみたいだから、いいかもね」
にぎやかな子どもたちを、微笑ましく眺める。
おれが異世界に来て二か月がたつ。
こうしてのんびり過ごしていると、前世で社畜をやっていたのがウソのようだ。
人里離れた森ではじめたスローライフ。
湖畔にぽつんとたたずんでいた教会は、修繕も終わり、塗装もしてすっかり蘇った。
庭は咲き乱れる花々と野菜で、カラフルに彩られている。
「あ、そういえば、この前植えたトマトが熟してたよ」
「じゃあ、今夜は丸ごとトマトパスタにするか。久しぶりにおれが作るよ」
「まあ、よろしいのですか?」
「わああああ、やったー! あしゅりもてつだうーっ!」
「ぱすた、すき……」
アシュリーは魔術士、ノアは剣士、フィオは召喚士になるという夢を抱いている。
学園が復興するまで、大切に守り育てなければ。
色とりどりの野菜がなった畑を眺めて、ステラがふと首をかしげる。
「でも、本当に不思議ですね。季節外れの野菜まで実るなんて……」
「そ、そうだなぁ」
おれが転生時に、唯一もらったスキル『願望反映』。
『育てた対象がすくすく育つ』というこのスキルのおかげで、スローライフは順調……なのだが、おれはなんとなく、このスキルのことをステラたちに打ち明けられずにいた。
ギルドの職員に聞いたところ、過去にほとんど例のないスキルらしく、職員も驚いていた。
さらにこのスキル、野菜だけでなく、育てた対象――つまり、子どもたちの才能が花開くという、思いがけないおまけがついてきたのだ。
もしこのスキルのことが誰かに知られて、何かの弾みで目をつけられれば、この穏やかな生活が乱されかねない。
なにより、みんなを巻き込みたくない。
そんなわけで、スキルに関しては内緒にしている。
……いや、別に言ってもいい気もするのだが、正直なところ、打ち明けるタイミングを逃したという部分が大きい。
機会をみて、いつか言ってみるか……
そんなことを考えていると、フィオの様子がおかしいことに気づいた。
じっと窓の外を見つめている。
「どうした、フィオ?」
反応がない。
どうやら森を見ているようだ。
「森に、何かあるのでしょうか?」
ステラが呟いた瞬間、フィオが立ち上がった。
食堂を飛び出す。
「あっ」
「フィオ!?」