家族の絆
「ノア……!」
男に体当たりを喰らわせたノアは、すらりと剣を抜き放った。
「くそっ……!」
怯む男に、ノアが踏み込む。
繰り出された剣を、男はかろうじて短剣で受けた。
金属のぶつかり合う音が響く。
「っ、なんだ、このガキ……!?」
隙のないノアの猛襲に、男が顔を歪める。
「ケントさん!」
「パパ……!」
ステラたちも駆け付けた。
脂汗を浮かべたおれの顔を見て、ステラはすぐに察してくれたようだった。
傷口から毒を吸い出し、強く押さえて止血する。
かすむ視界の中、男が力任せに短剣を振り抜いた。
「っ、く……!」
ノアの手から剣が弾かれる。
男が反撃に転じようとした瞬間、フィオが魔方陣を広げた。
「ちょうちょさん、おねがい……!」
魔方陣が光を帯びる。
フィオの祈りに応えて、大量の黄金蝶が舞い上がった。
「この、邪魔だ……!」
視界をさえぎるようにまとわりつく蝶を、男はうっとうしそうに振り払う。
その隙にノアが再び剣を取った。
剣戟の音が響く。
「ふっ……ふーっ……!」
フィオの顔色は青ざめ、額に玉のような汗が浮かんでいる。
おれは歯を食い縛り、肩の傷を押さえるステラの手を押した。
「ステラ、いい……」
「動いてはだめです、毒が……!」
刹那、糸が切れたようにフィオが崩れ落ち、黄金蝶がかき消えた。
その身体を抱きとめ、ステラに託す。
「ケントさん!」
「パパ!」
縋り付く二人を振り切って立ち上がった。
「く、ぅっ……!」
男の野蛮な剣に押されて、ノアがふらつく。
おれは重たい足を引きずって、踏み出した。
「はー……はーっ……」
頭に厚い靄が掛かっている。
魔術は使えない。
震える指を叱咤し、剣を抜いた。
心臓のひと打ちごとに毒が回り、四肢が痺れていく。
それでも剣を構え、吠えた。
「おれが相手だ……!」
男の殺意を帯びたまなざしが、こちらに向けられる。
おれは膝を矯めて剣を引き――
アシュリーが叫んだ。
「だめ、パパ、だめーっ!」
悲痛な絶叫が弾けると同時、室内に暴風が吹き荒れた。
「うわっ!?」
「ッ、く……!?」
耳元で風が唸る。
視界の端で皿が割れ、椅子が宙を舞い、男が壁に叩き付けられるのが見えた。
ごうごうと、凄まじい風が逆巻く。
「パパ、助けてぇ!」
アシュリーの悲鳴が耳朶を打つ。
魔術がアシュリーの制御を離れ、暴走している。
「く……!」
おれは神経を研ぎ澄ませ、必死で魔術のイメージを練り上げた。
荒れ狂う風の渦を、力尽くでねじ伏せる。
部屋を支配していた暴風が凪いだ。
「ひ、ひ……」
床を這って逃げようとしている男、その背中を踏みつけ、首の横に剣を突き立てた。
「ヒッ!」
「はぁっ……はーっ……!」
冷たい汗が、こめかみを伝う。まだ手が震えていた。
「ケント……!」
ノアが首にしがみつく。
アシュリーとフィオも、腰に抱きついてきた。
その頭を撫でながら、おれは噛み締めるように呟いた。
「助かった、ありがとう」
◆ ◆ ◆
「やあ、テントくん」
「ケントです」
通報を受けて駆け付けた騎警隊副隊長――スイレンを、教会の外で出迎える。
包帯を巻いた肩が痛むが、ステラが的確に処置し、解毒薬を飲ませてくれたおかげで、おれは普通に歩けるまでに回復していた。
三人の部下を連れてやってきたスイレンは、縄を掛けられて悄然とうなだれている男を見遣った。
「あいつは巷を騒がせていた強盗でね。なかなか尻尾をつかめなかったんだ。ご協力感謝するよ」
「いや、これはこの子たちの手柄で、おれは何も」
「そうか」
スイレンは目を細めて、子どもたちの頭を順ぐりに撫でた。
「君たちの噂は聞いているよ。お手柄だ、小さな可愛い英雄たち。大陸の未来は明るいな」
スイレンは部下と共に、強盗を引っ立てて去って行った。
それを見送って、食堂へと戻る。
「さて、まずは掃除かな」
食堂は壊滅状態だった。
割れた皿があちこちに飛び散り、窓は割れ、テーブルは脚が折れている。
アシュリーがしょんぼりと俯いた。
「パパ、ごめんなさい」
「いいよ。守ってくれて、ありがとうな」
アシュリーの頭を撫でる。
「ステラ、ノア、フィオ」
他の三人も呼び寄せると、まとめて抱きしめた。
「ありがとう。みんな、おれの誇りだよ」
誰かが、ぐすりと鼻を鳴らした。