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異世界転移


 凄まじい風が舞い上がったかと思うと、ふわりと浮遊感があって、数秒後、足の裏が硬い地面を捉えた。


 光がおさまるのを待って、うっすらと瞼をほどく。


「おお」


 思わず感嘆の声が零れた。

 おれは、見知らぬ街に立っていた。


 石畳の左右に露天が並び、そこかしこで賑やかな客引きの声がする。

 旅人らしき、荷物を担いだ人々が、店を覗き込んでいた。


 見下ろすと、自分も彼らと同じような、ごわごわした服を着ていた。

 腰に剣がさがっていてちょっと驚くが、見れば道を行く人たちもほとんど剣を携えていた。

 これが普通なのか。どうやら転生早々銃刀法違反で逮捕されるなんていう悲劇はなさそうだ。


 胸をなで下ろしながら再び剣を見下ろすと、柄に名前が刻まれていた。


 ケント・オーナリー。


 なるほど。名前もそのままでいいと言ったが、この世界風にアレンジされているらしい。

 明らかに日本語ではないが、文字も普通に読めるし、周囲から聞こえてくる会話も理解できる。


 と、


「どいた、どいた」

「兄ちゃん、危ないよ」


 慌てて避けると、目の前を果物を積んだ荷馬車が通っていった。


「お、リンゴだ」


 どうやら、食べ物は元いた世界とそう変わらないらしい。

 馬も、おれの知っている馬と同じだ。


 ひとまず安堵する。


「でも……」


 辺りを見回す。大自然に囲まれた、庭付き一軒家を希望したはずだが……ラディエル、忘れてるのかな?


「まあ、よく考えたらゆくゆくは自給自足するにしても、当面の食料とか生活用品は必要なわけだし……とりあえず散策してみるか」


 おのぼりさんよろしく辺りを見回しながら、通りを歩く。


 ちょうど昼を過ぎたところで、街はたくさんの人で賑わっていた。


 ラディエルの計らいか、ポケットに銅貨が入っていたので、道ばたの露天で黒パンと野菜、そして野菜の種をいくつか買い求めた。


 野菜を売っている年配の女性に聞いたところによると、この街は『ヴィラリシア』というらしい。

 フェルテスという巨大な大陸の、ほぼ中央に位置している。

 人口五万人。

 この世界ではけっこう大きな規模に入るようだ。


「兄ちゃん、なんだかひょろっこいねぇ。リンゴをおまけしとくから、ちゃんと精を付けるんだよ」

「ありがとうございます」


 もらったリンゴをかじりながら歩いていると、時折『冒険者』らしきパーティーとすれ違った。


 ラディエルのいうとおり、おれの頭にはあらかじめこの世界の基礎知識がインプットされているようだった。

 脳のひだに収納されているそれを、少しずつ引き出していく。


 この世界には魔物がいて、それらを倒す冒険者――剣士や魔術士といった職業の人たちがいるらしい。


「剣とか魔術とかが、普通に生活に根付いてるのか。すごい世界だな」


 まだ魔術を使っている人を見かけていないが、どんなものなのだろう。見るのが楽しみだ。


 魔物は怖いが、冒険者のおかげで平和が保たれているらしく、街の人たちの表情は明るくて、どこか牧歌的な雰囲気が漂っていた。

 うん、毎日急かされるようにして働いていた元の世界よりも、水が合いそうだ。


 行き交う人をよく観察してみると、青い髪だったり、赤い瞳をしていたりと、元の世界ではなかった特徴が見受けられた。


 さらに散策を続けたおれは、妙な光景に気が付いた。

 きれいな花壇や噴水の陰、共用かまどの横など、そこかしこで、虹のような光がきらきらと舞っているのだ。

 色とりどりの光の粒子が寄り集まった様子は、小さなオーロラを思わせた。

 とても綺麗だが、誰も気にしていない。

 この世界ではありふれた現象なのだろう。


 本当に異世界に来たんだなぁなんて、今さらのように実感する。


「ここがギルドか」


 煉瓦造りの立派な建物を見上げる。


 ギルドとは、各町や村に置かれている冒険者の拠点で、ここでクエストを受けたり、報酬を貰ったりするらしい。


 が、


「まあ、おれには関係ないか。冒険者を目指してるわけでもなし」


 ちょっと外観を見ただけで、ギルドを後にする。


 この世界では、おれは『ちょっと野菜を育てるのが得意な一般人』だ。

 せっかく初期装備に含まれている剣も、まさに無用の長物だ。


「しかし、基礎知識をインプットした状態で転移できるなんて、便利だな」


 心の中でラディエルに手を合わせる。


 が……その基礎知識が完璧ではないことを、おれはすぐに知ることになるのだった。



  ◆ ◆ ◆




 自然を求めて公園をぶらついていると、子どもたちが木を見上げている場面に出くわした。


 つられて上を見ると、ニャーニャーとか細い声がする。

 子猫だ。

 どうやら木に登って降りられなくなったらしい。


「ミーちゃん、ミーちゃん」


 飼い主らしい女の子が、心配そうに声を掛けている。

 助けてやりたいが、大人が登るには枝が細すぎる。


 試しに魔術を使ってみようか。でもどうやって……そもそも、一般人と変わらないおれにも使えるものなのか?


 眉間にしわを寄せていると、視界の端で緑色の光がまたたいた。


「ん?」


 視線を向けると、光の粒子が、まるで誘うように光量を増した。


 そっと手を伸ばして触れてみる。

 緑のオーロラがくるくると楽しげに渦を巻いた。


「おお」


 なんとなく直感する。


 もしかして、これが魔術だろうか?

 とすると、この光は魔術の素のようなものか。


 試しに、光を両手に乗せてみた。


 集中して念じると、緑の光が手の上で渦を巻き、優しい風が舞い上がる。


 けっこう思った通りに動いてくれるぞ。


「よっ……と」


 意識を集中させながらそっと両手を差し伸べると、小さな風の渦が子猫へと漂っていった。

 ふわりと子猫を持ち上げたのを見計らって、手招きする。


 降りてきた子猫を両手で受け止めると、光は細かな粒になって溶けた。


「これが魔術か、すごいな」


 生まれて初めて魔術を使った。

 ちょっと感激だ。そしてすごく便利だ。


 子猫にケガがないのを確かめて、女の子に手渡す。


「はい」


 子猫を受け取った少女は、しかし、ぽかんとおれを見上げていた。


 周囲からどよめきが起こる。


「え、え、え、今……」

「え?」


 見回すと、いつの間にかたくさんの人が集まっていた。

 みんな顎が外れたみたいに口を開き、一様に目を丸くしている。


「ま、魔術……? いま、無詠唱で魔術を……!?」

「しかも、あんな細やかな制御を……?」


 その驚きようにたじろぐ。


「え、え、なんで? 魔術って普通に浸透してるもんじゃないの?」


 だって、魔術士とかいるんでしょ?

 普通に生活に根付いてるんでしょ?

 違うの?


 おれが戸惑っている間に、人々が血相を変えて公園を飛び出していった。


「き、聞いてください、この人、いま無詠唱で魔術をっ!」

「魔術士同盟の会長を呼んで、早く! 大賢人さまの再来よ!」


 えっ、何!? なんで!? なんでこんな大騒ぎになるんだ!?


「ちょ、待っ……!?」


 わけも分からないまま、慌てて追いかける。

 大通りに出た途端、遠く人混みから悲鳴が上がった。


「そいつを掴まえて、引ったくりよ!」

「!?」


 振り向くと、雄牛のようなガタイをしたひげ面の男が、大通りを疾走してくるところだった。

 右手には凶悪な半月刀を携えている。


 人々が悲鳴を上げて道を空ける中、小さな男の子が逃げ遅れた。

 進路上で立ち尽くしている子どもめがけて、引ったくりが半月刀を振りかぶる。


「どけ、邪魔だぁぁぁぁぁっ!」

「っ!」


 考えるよりも先に地を蹴っていた。


 右手が、吸い寄せられるように剣の柄を握る。


 子どもの前に躍り出るや、銀色にきらめく軌跡が、居合抜きの如く一閃していた。


「ぐゥっ!?」


 男が顔を歪め、その手から半月刀が弾き飛ばされる。


(……っ!?)


 決して軽いとは言えない剣を振り抜きながら、おれは驚愕していた。

 助けなくては、そう思った次の瞬間には、身体が勝手に動いていた。

 まるですべてがスローモーションに見えて……――


 はっと振り向く。


 男の手を離れた半月刀が、ブーメランのごとく回転しながら、露店の女性に迫っていた。

 それはよく見れば、リンゴをおまけしてくれた野菜売りのおばちゃんで――


(しまった……!)


 とっさに頭の中でイメージを練り上げ、左手を翳した。


 空中に漂っていた緑の粒子が収束し、蒼白になった女性の眼前で、半月刀がぴたりと止まる。


「あ、あ……」


 おばちゃんが崩れ落ちると同時、半月刀がらんと地面に落ちた。


 腕を押さえてうずくまっている引ったくりを、街の人々が取り押さえる。


「おい、なんだ、今の剣技は……!?」

「それに、あの魔術……!?」


 色めき立つ人々以上に、おれ自身が混乱していた。


「な、なんだこの能力……!?」


 自分でも分かる。今のは明らかに素人の動きではない。


(なんでだ!? どうして!? 剣なんて、竹刀はおろか、修学旅行で買った木刀くらいしか持ったことないんですけど……!?)


 戸惑うおれを置いてきぼりにして、街の人々のざわめきが、波紋のように広がっていく。


「ありゃあただ者じゃないぞ……!」

「あんな一瞬で魔術を発動させるなんて、それも無詠唱で……」

「だ、大賢人さま……!」

「大賢人さまの再来だ!」


 人々が興奮に沸き立ち、地を揺らすようなコールが始まった。


「大賢人さま! 大賢人さま!」

「あ、いや、ちょっ……!」


 目を血走らせた町人たちに迫られて、おれは踵を返して逃げ出した。


 どういうことだ!?

 のんびり自給自足のスローライフを送るはずが、いきなり変なことになってるんですけど!?


 死に物狂いで走るおれを、バッファローの群れもかくやという足音が追ってくる。


 と、横から聞き覚えのある声がした。


「新しい世界はお気に召していただけたかな、賢人くん」

「ラディエル!?」


 なんでここに!?


「いったいどうなってるんですか!?」

「魔物がはびこるこの世界で『のんびり静かに暮らす』ためには、この程度の能力は必要だと思ってな」

「過剰サービス!」


 おれの悲鳴などどこ吹く風、ラディエルはおれと併走しながら涼しい顔で説明する。


「本来魔術を使うには、いちいち呪文を媒体にして精霊と契約を結ばなければならないのだが、賢人くんに限っては、精霊と直接リンクできるようにした。

 さらには剣術、体術、召喚術、槍術、弓術etc、あらゆる能力において、最強クラスの冒険者十人分に値する。

 これで命の危機に怯えず、平和に暮らせること間違いなしだ」

「違う、おれが言った『のんびり静かに』ってのは、もう人に患わされたくないっていう意味で――!」

「野菜を育てるスキルもちゃんと付与してあるから、安心してくれ。それでは、よい異世界ライフを」

「ちょっ、聞いて、人の話を聞いて!?」


 ラディエルは軽やかに手を上げると、どこかへ消えてしまった。


 気が付くと、街の端まで来ていた。

 息を切らせて立ち止まる。


 壁際に追い詰められたおれに、目の色を変えた人たちが群がる。


「大賢人さま、どうか我々魔術同盟の研究に加わってください!」

「いいえ、ぜひ我ら町立騎士団に加入してください!」

「お願いです、精霊協会にいらしてくださいませ! 一生掛かっても使い切れない報酬を差し上げますから!」

「ううっ! 違う、おれはこんな生活望んでないんだ……!」


 自分の性格上、ここでどれかひとつでも承諾してしまえば、一生使い倒されることは目に見えている。


 もうあくせく働くことに嫌気がさして、ただスローライフを送りたい、その一心でこの世界に転移させてもらったのに……!


 助けを求めてさまよわせた視界に、緑の光が入る。

 その瞬間、おれは手を伸ばしていた。

 指先がオーロラに触れた瞬間、光粒が身体を包み、足がふわりと地面から離れる。


「おおっ……!」

「浮遊術を!?」


 とにかくここから逃げなければ。


 意識を練り、さらに上昇しようとした瞬間、すぐ近くから声がした。


「ああ、賢人くん」

「ラディエル!」


 戻ってきてくれたのか! 今からでもいいから、おれを凡庸な一般人にしてくれ!


 しかしおれが口を開くより早く、ラディエルは無表情に告げてきた。


「すまない、私としたことが、伝えるのを忘れていた。賢人くんの庭付き一戸建ては、この先の草原にちゃんと用意してあるぞ。では」

「おい、ヴィラール草原に大賢人さまの家があるらしいぞっ!」

「今すぐ馬を飛ばせ! 何としても我ら騎士団とお近づきになってもらうのだ!」

「いいえ、精霊教会にご協力してもらうのが先よ!」


 ああああ! おれの夢の庭付き一戸建てが特定されたぁぁぁぁ! もう住めないじゃないかぁぁぁぁぁ!


 おれは泣く泣く、どことも知れない明日を目指して街を飛び立ったのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 「魔物がはびこるこの世界で『のんびり静かに暮らす』ためには、この程度の能力は必要だと思ってな」「過剰サービス!」   人に煩わせられない為には、力がいることを全く理解していなかったようです…
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