魔族(小)、襲来
さて、何かと便利なスキル『願望反映』だが、野菜がすくすく育つのはもちろんのこと、成長を止められることも判明した。
つまり、熟した野菜がベストな状態なまま保たれる。
文字通り、おれの願望を反映してくれるわけだ。
あと、うろ覚えの知識で大豆を仕込んだら、味噌ができた。醤油もできた。普通に作ったら一年以上掛かるはずなのに。『願望反映』すごい。使い勝手が良すぎる。スローライフの強い味方。
瓶に詰めた醤油を、ステラたちがこわごわ覗き込む。
「これが、オショーユですか……」
「……くろい……」
「なんか不気味なんだけど」
ノアたちが未知の調味料に尻込みする中、恐れ知らずの切り込み隊長、アシュリーがちょんんちょんと指を付けて、口に含んだ。
「しょっぱーい!」
「で、こっちが味噌だ」
大豆を仕込んでいたツボを開ける。
「ミソ……」
「ちゃいろい……」
「なんか、変わったにおいがする」
これもアシュリーが指で味見。
「しょっぱーい!」
これで慣れ親しんだ日本料理が作れる。
がぜん楽しくなってきた。
さっそく米を洗って、火に掛ける。
「よし、この間に、ナスの味噌汁を作るぞ」
「ケントさん、作り方を教えていただけますか?」
「おう」
ステラに手順を教えながら、久々の和食作りに勤しむ。
台所に、ふっくらと甘い米のにおいが漂い始めた。
ああ、平和だなぁ。
「で、沸騰する直前に火を止めて――」
異世界初味噌汁がいよいよ完成しようとした時、どぉぉぉぉおん! と凄まじい衝撃が地面を揺らした。
「なんだ!?」
どうやら外からだ。
火を止めて、慌てて飛び出す。
「うわ、なんだこれ」
畑の横。
地面が円状にえぐれていた。
もうもうと立ちこめる砂埃、その中心に、小さな影が立っている。
高らかな哄笑が響く。
「ふはははは! 我が名はベアトリクス! 魔王軍の四天王、ディムタール様の配下! この地に大賢人が再来したと聞いて来た!」
砂埃の中から現れたのは、年端のいかない少女だった。
ただし、その背中にはコウモリのような翼が生えている。
さらに、頭には二本の角を戴き、黒くしなやかな尻尾が揺れていた。
ノアが叫ぶ。
「デーモン!」
「魔物か?」
「ううん、魔族だよ。まだ子どもみたいだけど」
魔族はAランクの魔物よりさらに高位にあたる。
魔族になると知性を有し、意思疎通ができると聞いたが、どうやらその通りだ。
まだ子どもなので、リトル・デーモンといったところか。
小悪魔の両眼がぎらりと光った。
おれに向けて、尖った爪を突きつける。
「キサマが大賢人か! オレサマと勝負しろー!」
ふんぞりかえる小悪魔に、おれはくるりと背を向けた。
「もうすぐ米が炊きあがるから、また後でな」
「ふぁ!?」
ステラたちが慌てて追ってくる。
「け、ケントさん、よろしいのですか?」
「ああ」
言葉が通じるなら話は早い。
今は異世界初の和食が完成しようかという大事な時だ、ちょっと待っててもらおう。
「おいっ! オレサマを無視するなー! おいってば! ねえ!?」
小悪魔は地団駄を踏んだ。
キーッ! と歯ぎしりする音が聞こえてくる。
「オレサマを怒らせたな!? 我が恐るべき力の一端、見るがいい!」
小悪魔が畑へと手を向けた。
轟音と共に、手のひらから黒い炎が迸って、畑の一部をえぐる。
昨日植えたばかりの野菜の苗が吹っ飛んだ。
「あっ!」
「わーははははは! どうだ、思い知ったか! このベアトリクスさまの前に、大賢人といえども無力――」
高笑いする小悪魔に、おれは無言で歩み寄り、その脳天にごいん、と拳を落とした。
「ふぎっ!?」
小悪魔は涙目で頭を押さえる。
「な、なにをするんだーっ!」
「それはこっちの台詞だ」
声に孕む怒気を感じ取ったのか、小悪魔がびくっ! と縮み上がる。
おれは切り株に立てかけてあった鍬を取り上げた。
「おまえが壊した畑、一緒に耕してもらうぞ」
「ケッ、オレサマはデーモンだぞ! 誰がそんな――」
おれは腕を突き出すと、小悪魔めがけてデコピンを放った。
暴風が渦巻き、小悪魔が盛大に吹っ飛ぶ。
「ぴゃああああああああああああああああああああ!?」
「耕すんだ。いいな?」
鍬を手に仁王立ちになったおれを見上げて、小悪魔は涙目で頷いた。
「は、はひ……」
◆ ◆ ◆
数分後、おれは小悪魔と共に畑を耕していた。
「ひっく、ひっく……」
「もっと腰を入れて。一振り一振りに心を込めて」
「ぴぇぇ……」
小悪魔が世にも情けない悲鳴をあげる。
可哀想だが、だめなことはだめだ。
並んで畝を作りながら、滔々と言い聞かせる。
「いいか、べリ、ベ、ベドアリクス」
「ベアトリクスだ!」
「ここにある野菜はな、みんなで大切に世話をして、やっと実がなったんだ。たとえばおまえだって、一生懸命作った工作が壊されたら、哀しいだろ?」
「う゛ん」
「自分がされて嫌なことは、人にもしちゃだめだ」
「う゛ん」
「もう二度としないって、約束できるな?」
「う゛ん」
小悪魔はしおらしく頷き――
「と見せかけて、隙ありっ!」
繰り出された鍬を、瞬時にたたき落とす。
そのままデコピン(弱)をお見舞いした。
「゛にゃあああああああ!?」
「鍬は武器じゃない。愛を込めて土を耕すための道具だ。分かったな?」
「ぴぃ」
鍬を手渡し、再び土を耕す。
「ひっく、ひっく……お、オレサマは強いんだぞ、リトルデーモンなんだぞ……お、怒らせたら、怖いんだからなっ……お、おまえなんか、ひとひねりで……っ」
「口を動かす暇があったら手を動かしなさい」
「ぴぇぇん……」
遠く見守っているノアたちが、小さく呟くのが聞こえてきた。
「ケントって、スパルタだったんだね」
「うん……」




