収穫祭
 
そして、昼。
 
「お待たせしました。栄養たっぷりラタトゥイユオムレツにポテトグラタン、トマトソースのニョッキに、特製ポトフ、デザートはフィオのうさちゃんリンゴです」
「おおーっ!」
 
食卓に、色とりどりの料理たちが並ぶ。
新鮮な野菜に、アマンで買ってきたベーコンやソーセージもたっぷり入っている。
 
みんなで両手を合わせ、声を上げた。
 
「いただきます!」
 
ポトフを一口頬張って、くぅっと唸る。
 
おいしい……! 噛めば噛むほどうまみと甘みが溢れ出す。これぞ自然の恵み!
自分の手で育てたのだと思うと、嬉しさも倍増だ。
 
「おいしー!」
 
アシュリーたちも大喜びだ。
フィオはオムレツが気に入ったのか、黙々と口に運んでいる。
 
「フィオ、いっぱい食べて偉いなぁ」
 
そう褒めると、フィオはハムスターみたいに膨らんだ頬を嬉しそうに染めた。
 
もともと食が細かったフィオだが、ここのところよく食べるようになって、笑顔も増えた。
 
食堂に、明るい声が満ちる。
こうしていると、この子たちが元気にすくすく育ってくれれば、他に何もいらないなぁなんて思ったりする。
 
と、ステラが小首を傾げた。
 
「それにしても、こんなに一度に採れるなんて、不思議ですね。季節外れの野菜まで……土壌がいいのでしょうか?」
「あー、そ、そうかもなぁ」
 
……おれのスキルのことは、まだ黙っておこう。
 
 
◆ ◆ ◆
 
 
その夜、アシュリーとノアとフィオは三人で仲良くお風呂に入って、眠りについた。
 
トイレに寄った帰りに、そっと子ども部屋を覗く。
 
フィオはうさぎのぬいぐるみを抱いて丸まり、ノアは仰向けで規則正しい寝息を立てている。
アシュリーの布団は、妙にこんもりと盛り上がっていた。
またおれの服で巣を作っているのだろうか。
みんなお腹いっぱい食べて、ぐっすり眠っているようだ。
 
そっと扉を閉めて、食堂に戻った。
 
読みかけの本を開く。
恒例の読書タイムだ。
なにせ知らなければならないことが山ほどある。
 
ステラが入浴中なので、自分でお茶を淹れてみたが、あまりおいしくない。
今度お茶のいれ方を聞いてみよう。
 
文字を追いながら要点を抜き出していると、廊下から素っ頓狂な悲鳴が響いてきた。
 
「ひゃあああああああああああああああ!」
「!? なんだ!?」
 
おれが立ち上がるのと同時に、食堂の扉がばーん! と勢いよく開いた。
 
「ケントさんっ、ケントさんっ!」
 
現れたのは、泡まみれのステラだった。
その姿は、素肌にバスタオルを巻いただけで――
 
「ぶっ!」
「た、たす、助けてくださいぃぃっ……!」
 
ほとんど全裸のステラが、腕に縋り付く。
 
ちょ、待っ、あた、当たってる……! 柔らかくて弾力のあるものが思いっきり当たってます、ステラさん……!
 
「す、すてら、ど、どどどどどどどうしたたたたたたた!?」
 
おれの動揺にも気付かず、ステラは涙目で訴える。
 
「む、虫っ、おふろに、虫がっ……!」
「お、おう……!」
 
すっかり動転しているらしい。
しっかり者のステラにこんな一面があったとは、意外だ。
 
子どもたちを起こさないよう足音を殺しつつ、風呂場へ急ぐ。
ステラもこわごわついてきた。
 
浴室を覗き込むと、なるほど、壁に一匹の虫が貼り付いていた。
黒くて平べったい、俗に言うGだ。
おまえ、この世界にもいるのか。
そして同じように嫌われているのか。因果な運命だな。
 
おれはGをそっとぼろきれにくるんだ。
 
「森へお帰り」
 
窓の外に逃がすと、Gは元気に飛び立っていった。
 
「あ、ありがとうございます……」
 
安心して気が抜けたのか、ステラはへたり込んでいる。
 
「大丈夫か?」
「は、はい、すみません……」
 
ステラの手を取って立ち上がらせようとした瞬間、足がつるりと滑った。
 
「うおっ!?」
「きゃ!?」
 
もつれ合うようにして倒れ込む。
 
「いててて……わ、悪い、大丈夫か……」
 
 
目を開いて、ぎょっと硬直する。
気が付くと、おれは完全にステラを押し倒していた。
そのうえ、ステラの胸に巻いたバスタオルがはだけて、際どいところまで見えたりして――
 
「おおおおおおっ!? ごめんっ!?」
 
慌てて起き上がろうとするが、手足が泡にとられて余計に密着してしまう。
 
「うわっ!」
「ひゃ、ぁっ、だ、だめです、ケントさん、そんなっ……!」
「ご、ごめんっ、床、すべ、滑って……っ!」
 
四肢が複雑に絡み合う。
待って待って、今おれたちどうなっちゃってんの!?
 
服越しに伝わってくる感触に、頭がオーバーヒートする。
ほ、細い! 柔らかい! あとすごいいいにおいするぅっ……!
 
「っ……」
 
耳に、震える吐息が触れた。
消え入りそうなささやきが、鼓膜を震わせる。
 
「っ……でも、……ケントさんになら、私……」
「え……?」
 
まつげが触れそうな距離。
潤んだまなざしが、おれを見つめる。
 
「ステラ……?」
「ケントさん……」
 
頬に、白い指がそっと触れ――その時、窓の外からぶぅぅぅぅんと不穏な羽音が近付いてきて、黒い影が俺たちの前を横切った。
 
――Gの再来だ。
 
「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ぶっ!」
 
ステラは手近にあった桶を取るや、思いっきり振り抜いた。
渾身の一撃を横っ面に喰らって吹っ飛ぶ。
 
「うう……」
 
無様に横たわったおれをよそに、桶をかわしたGは、再び窓から飛び立っていった。
 
「ああっ、ごめんなさいごめんなさいっ! ごめんなさい、ケントさん! 死なないでーっ!」
「大丈夫、死なない、死なないから……」
 
デススクリューを繰り出したとは思えないほどたおやかな腕に抱き起こされながら、今度Gホイホイ的な何かを買ってこようと、おれは硬く心に決めたのだった。
 
 
 
 
 




