温泉パニック
「ふッ……!」
おれは剣を抜くと同時に、真一文字になぎ払った。
四体が刃の餌食となって、まとめて消滅する。
振り返りざま、背後に迫っていた一体を貫き、さらに返す刀で二体を闇に葬った。
派手な立ち回りでゴブリンたちを引き付け、ノアに攻撃が集中しすぎないよう調整する。
視界の端で確認すれば、ノアは大柄な一体に苦戦していた。
「く……!」
ノアが苦しげに呻いて後退る。
そろそろ限界か。
残るゴブリンを魔術で一掃しようとした時、
「ノア!」
ノアのピンチに奮起したのか、アシュリーが叫んで、勢いよく服を脱ぎ始めた。
「待てアシュリー、なんで脱ぐ!?」
「かんじるの! パパのいうとおり、あしゅり、がんばって、いっぱいかんじるの!」
「ちょ!?」
なにを!? 精霊を!? たしかに全身で感じろって言ったけど、誤解を招きそうな表現やめて!?
アシュリーはすっぱだかで両手を広げていたが、やがて広場の一角に駆け寄り、地面にぺたりと両手を押し当てた。
「ここ!」
そこは、金色の粒子と青い粒子が色濃くわだかまっているところで。
「あ、アシュリー、待っ……」
「せいれいさん、おねがい!」
制止するより早く、ドッ、と重低音が足下を揺らした。
不気味な振動が、地の底から響き始め――
「危ない! ノア、フィオ、岩に登れ!」
アシュリーを回収して、手近な岩に避難する。
同じくノアがフィオを抱き上げて別の岩によじ登ると同時、地面に亀裂が走った。
割れ目が大きく盛り上がり、破裂する。
「!?」
砕けた岩から、水が勢いよく噴き上がった。
巨大な水柱から大量の水が降り注ぐ。
……水? いや……お湯だ、これ……
『ギィェェェェエエエ!?』
眼下でゴブリンたちが砕けた岩に挟まれ、あるいは激しい水流に流されて消滅していく。
「な、なにこれ!? なんで!? どういうこと!?」
「ほぁぁ……」
湯の雨を浴びながら、ノアはパニックに陥り、フィオはぼんやりしている。
「お、お、……おお……」
盛大に湧き出るお湯を、唖然と見上げる。
これってつまり、温泉だよな……?
アシュリーの魔術で、温泉が湧いた……
「わー! すごい、すごーい!」
小脇に抱えられたまま、アシュリーが嬉しそうに手を叩いた。
◆ ◆ ◆
突如として湧き出た温泉によって、ゴブリンの巣は一掃された。
初めてのクエスト、これにて達成だ。
一時は天井まで届くかと思われたお湯の勢いは、徐々に収まりつつあった。
アシュリーが温泉に入ってみたいというので、魔術で地面を抉って、即席温泉を作る。
「湯加減はどうだー?」
岩陰に座り込んだまま尋ねると、三人の声が聞こえてきた。
「ちょうどいいよー!」
「これが温泉……なんか、肌がぬるぬるする……」
「ふぁ……きもち、いい……」
そうかそうか。
満足しながら、魔術で熱風を起こして、アシュリーたちの服を乾かす。
……魔術は魔物にしか使わないって掟を立てたけど、これくらいはいいよな。
アシュリーたちが風邪を引いたら困るし。うん。
寄りかかった岩越しに、アシュリーたちのはしゃぐ声が聞こえる。
それにしても、すごいな。
ノアは今まで魔物を倒したことはないと言っていたけれど、ゴブリン相手に渡り合ったし、アシュリーにいたっては温泉を掘り当ててしまった。
二人がもともと持っていた才能なのか、それとも……――
「パパー!」
ざばっ! と水音がしたかと思うと、アシュリーが首にしがみついた。
「うおっ!?」
「パパもいっしょにはいろー!」
「ちょ、アシュリー、待っ……!」
体勢を立て直そうとするも、バランスを崩してお湯の中に転げ落ちる。
「うぶっ!」
鼻にお湯が入って痛い。
一緒に沈んでじたばたしているアシュリーを抱えると、なんとか膝立ちになって浮上した。
「うっ、げほっ、げほ……! 大丈夫か、アシュリー?」
咳き込みながら、目を開く。
――すぐ間近に、可愛いへそがあった。
「あ……?」
白い肌をたどって、視線を上げる。
目の前に、ノアが立ちすくんでいた。
清らかな線を描く腰のくびれ、ほっそりと伸びた四肢。
銀の髪が、胸の淡いふくらみへと流れ、きめ細かな肌は陶器のように白く透き通っている。
彫刻のように可憐な姿に、おれは一瞬我を忘れて見惚れ――
「う、う、う」
ノアの白磁の頬に、みるみる朱がのぼり、
「うわああああああああああああああああっ!?」
「ごめっ、ノア、ごめんっ――うぶっ!」
謝るより早く、柔らかな素足に踏まれて、再び水中に沈む。
「ぱ、パパーっ!」
「ばかっ! ばかばか! 変態! 信じらんない! のぞき魔! ロリコン――ぼくはロリじゃないっ!!」
いやどういうキレ方!?
その後、我に返ったノアに引き上げられて、おれは一命を取り留めた。
「ご、ごめんなさい、つい……」
「いいよ、おれも悪かった」
精一杯顔を背けながら謝る。年頃だもんな、あれが正しい反応だよ、うん。むしろ将来悪い男に引っかからないよう、その調子でしっかり育ってくれ。
◆ ◆ ◆
服を乾かし、核を回収すると、ダンジョンを出る。
村に戻ったおれたちを、村人が総出で出迎えてくれた。
「ありがとう、ありがとう!」
「これでまた観光客が戻ってくるよ……!」
「お役に立てて光栄です。それで、あの、……実は、洞窟の奥に、温泉が湧きまして……」
「「「「温泉!?」」」」
怒られたらどうしようと心配しつつ報告したのだが、どうやら杞憂だったようだ。
村人たちが俄然沸き立つ。
「これでますます観光客が増えるぞ!」
「宣伝文句は秘境の温泉で決まりだな!」
「新しい名物を考えよう、温泉卵とかどうだ!?」
商魂たくましい村で良かった。
これなら復興まで時間は掛からないだろう。
村長さんがおれの手を握った。
「これでまた村が賑わいます、ありがとうございます」
「あ、温泉を湧かせたのは、おれじゃなくて、この子で」
「おじょうちゃんが?」
目を丸くする村長に、アシュリーが「えへへ」と照れ笑いする。
「そりゃまたすごいのう」
「あのね、パパがおしえてくれたんだよ!」
「そうかい、そうかい。お父さんは、まるで大賢人リュカさまだねぇ」
村長がどこまで信じてくれたかは分からないが、アシュリーは胸を張った。
「そう、せかいいちの、じまんのパパなの!」
ノアとフィオも、心なしか誇らしげにしていた。
初めてのクエスト、ひとまずクリアだ。
◆ ◆ ◆
辺境の村に、明るい笑い声が響く。
村人たちに囲まれるケントと少女たちを、こっそりと見守る影があった。
サラジーン一行である。
クエストが失敗したら嘲笑ってやろうと後をつけ、一部始終を見てきたのだが――
「あ、あの男、無詠唱で魔術を使ったぞ……?」
「あんな小さな子どもまで……」
仲間の声を遠く聞きながら、サラジーンは呆然と呻いた。
「な、な、な……なんなの、あいつら……!?」
◆ ◆ ◆