ゴブリンを倒そう
目的地は、アマンの南にある、小さな村。
近くの洞窟にゴブリンが棲み着いて、困っているらしい。
乗合馬車に乗って街道を南下し、荒野の駅で降りた。
ここから先は徒歩になる。
「フィオ、大丈夫か?」
フィオは頷いて、黙々と歩き続ける。
抱っこしてやることもできるが、甘やかしたくなるのをぐっとこらえた。
このクエストでは、資金稼ぎの他に、二つ目的があった。
ひとつは、三人それぞれの弱点と課題を洗い出して、教育方針を定めること。
そしてもうひとつは、フィオのフィジカルとメンタルの強化。
召喚には、魔力量がものを言う。
まずは心身を少しずつ鍛えて、魔力の底上げをはからなければならない。
フィオは弱音を吐かず、ノアに手を引いてもらったりアシュリーに励まされたりしながら、石だらけの道を行く。
様子を見て、適度に休憩を取る。
途中、ギルドの食堂で買ったサンドイッチを食べた。
「ノア」
ノアが振り向くより早く、空中にドングリを投げて、受け止める。
「何粒だった?」
「……見てなかった」
悔しそうなノアに、思わず笑ってしまう。
そうして歩くこと一時間。
「こりゃひどいな」
着いた村は、ひどく寂れていた。
何度かゴブリンの襲撃に遭ったのか、畑は荒れ、ところどころ家屋が壊れている。
おれたちを出迎えた村長が、力なくうなだれた。
「昔は民芸品で賑わっていたのですが、ゴブリンが出るようになってからというもの、観光客は離れ、行商人も寄りつかなくなってしまって……」
「元気を出してください。ぼくたちが必ず魔物を倒してみせます」
ノアが頼もしく宣言するが、村人たちは心配そうだ。
なにせ救世主が来たと思ったら、少女三人と若造のパーティーだ。
そりゃあ不安にもなるだろう。
ここは誠意とやる気を見せなければ。
おれはとっさに「弊社の総力を挙げて対処させていただきます」と深々と頭を下げて、村人どころかノアにさえ怪訝な顔をされたのだった。
◆ ◆ ◆
陰鬱な森を進んだ山のふもと、洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「ここか」
カンテラをかざして覗き込む。
中は暗く、じっとりと嫌な雰囲気が漂っていた。
難易度は低いとはいえ、なにしろ初めてのダンジョンだ、さすがに緊張する。
「わー、まっくらだねー!」
「ぁぅ……」
あとずさるフィオの手を握ってやる。
「大丈夫、大丈夫。怖くないから」
そうだ、おれが尻込みしている場合ではない。
カンテラを掲げたノアを先頭に、中に入った。
「ノア、足下気を付けろよ」
「うん」
「アシュリーはおれに捕まってて」
「はーい!」
アシュリーはおれの腰にぎゅっと抱きついた。
背中にぐりぐりと顔を擦り着ける。
「えへへ。パパのにおい、好き~!」
うん、平常運転だ。
こういう時、アシュリーの明るさには助けられる。
足場は悪く、ところどころ濡れていた。
先頭を歩くノアの背中は強ばっている。
「そういえば、ノアは魔物と戦ったことあるのか?」
「あるよ、実習で。その時はスライムだったけど……歯が立たなかった」
「じゃあこのクエストが、ノアにとって初めての実戦になるんだな」
「うん。だから、わくわくするし……それに、少し……」
しぼんだ言葉尻を引き継いで、「大丈夫だ」と声を掛ける。
「おれがついてる」
「……うん」
ノアの歩みが力強くなる。
今回討伐するゴブリンは、魔物の中では低級だ。
強さとしては、スライムと同等、あるいはやや上回る。
本当は不安の方が大きいだろう。
それでもノアは、一緒に来てくれた。
心細さを感じさせないよう、おれがしっかりしなければ――
「ん?」
立ち止まって、振り向く。
「どうしたの、パパ?」
「いや……気のせいか」
背中に視線を感じたのだが、思い過ごしだったらしい。
アシュリーたちがつまづかないよう目を配りながら、洞窟を進む。
角を曲がった瞬間、小柄な影が飛び出してきた。
『ギィィイイイイイ!』
金属音に似た不愉快な鳴き声、尖った耳に、土気色の肌。
「ゴブリン……!」
ノアが剣を引き抜く。
ゴブリンは手にした短剣で斬りかかってきた。
ノアの剣がそれを受ける。
「く……!」
ゴブリンはノアに飛びかかっては、俊敏に離れる。
ノアは攻撃を防ぐことはできるものの、反撃のチャンスを掴めないようだ。
おれはいつでもサポートできるよう魔術のイメージを練りつつ、密かにポケットに手を突っ込んだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
ノアが息を切らせて剣を構え直す。
フォームは美しく、集中力もある。
たぶん教科書通りだ。
今のノアに足りないものがあるとすれば――
『グギィィイイイイイイ!』
ゴブリンが再び突っ込んできた。
ノアが身構える瞬間を見計らって、おれはどんぐりを空中に放った。
「ノア、これ何個だ?」
「ちょ!? 今それどころじゃないんだけど!?」
「正解は三個でした」
「くぅっ……!」
洞内に、金属のぶつかり合う音が響く。
両者が激しく切り結ぶ中、再びドングリを投げる。
「今のは?」
「六個!?」
「残念、五個だ」
「なんなの、もう!」
ノアが憤然と眉を吊り上げながら、ゴブリンに向かって大きく踏み込み――
『ギエエエエエエエエエ!』
「あっ」
力任せに突き出した剣が、ゴブリンを貫いていた。
「や、やった……!? 見た、ケント!? 見た!?」
「ああ、よくやったな」
ほとんどまぐれ当たりだが、今はそれでいい。
ノアは、初めて倒したゴブリンの核を拾って嬉しそうに眺めている。
「頼りにしてるぞ、ノア」
頭を撫でると、ノアは頼もしく頷いた。
「うんっ!」
時折飛び出してくるゴブリンを、ノアは時間を掛けながらも着実に倒していった。
さっきの一撃でコツを掴んだのか、それまで型にはまっていた攻撃が、徐々に幅を広げてきたのが分かる。
このクエストを選んで正解だった。
ノアの練習台にちょうどいいし、核稼ぎにも最適だ。
ノアが目に見えて上達したのを見て、アシュリーがうずうずと飛び跳ねた。
「ねえパパ、あしゅりも! あしゅりも魔術おしえて!」
「そうだな」
辺りを見回すと、地面がうっすらと光っている箇所を見つけた。
全身からわくわくオーラを放っているアシュリーを、そこへ連れて行く。
「アシュリー、ここで思いっきり息を吸ってみるんだ」
「うん!」
「よし、次はゆっくり吐いて。吸って。吐いて。……どんな気分だ?」
「きもちいいー!」
アシュリーは元気よく答えてから、こてんと首を傾げた。
「……魔術は?」
気付いたか。まあ、別にはぐらかそうとしたわけではない。
「いいか、アシュリー。このにおいを覚えるんだ」
「におい?」
「そう」
おれは金色に光っている土を、かかとで軽く掘り返した。
黄金の粒子が舞い上がる。
「ここは、どんなにおいがする?」
「土のにおい!」
「そうだな」
今度は、緑の粒子が立ちこめている場所に連れて行く。
「ここは?」
「くうきのにおい!」
謎の問答を繰り返すおれたちを、ノアとフィオが不思議そうに見守っている。
「それはな、アシュリー。精霊の気配だ」
一緒に暮らしていて気付いたのだが、アシュリーは五感、特に嗅覚が優れている。
アマンの街では噴水を探し当て、雨を予測したこともある。
おそらく無意識のうちに、精霊の気配をたどっているのだろう。
「魔術を使うには、まず精霊がたくさんいる場所を探すんだ。耳で、鼻で、肌で……全身で、精霊の気配を感じるんだ」
アシュリーは真剣な顔で鼻を突き上げ、くんくんとにおいを嗅いだり、岩肌を撫でたりしている。
好奇心旺盛な子犬みたいな仕草に笑う。
今はまだ分からないだろうが、これから少しずつ覚えていけばいい。
ノアが討ち漏らしたゴブリンを倒しながら進むと、やがてドーム型の広場に出た。
「ここが本丸か」
武器を携えたゴブリンたちが殺気を放つ。
その数、およそ三十体。
巣というわりには数が少ないと思っていたが、ここに戦力を集中させていたらしい。
アシュリーをフィオを背に庇い、ノアと並び立つ。
「無理するなよ、ノア」
「うん」
ゴブリンたちがじりじりと輪を狭める。
『ギギギギィィイイイイイイイ!』
先頭の一体が雄叫びをあげるなり、一斉に飛びかかってきた。