初めてのクエスト
翌朝。
おれは太陽が昇るのと同時に、ヤギの飼育小屋作りに取りかかった。
木材を切っていると、フィオがやってきた。
「おはよう、フィオ。よく眠れたか?」
フィオは頷いた。
顔色はすっかりよくなっている。
胸をなで下ろしていると、フィオがててっと駆け寄ってきた。
手を広げて伸び上がる。
「ん?」
かがみ込むと、頭を撫でられた。
「ぱぱ、いいこ、いいこ」
……どうやら昨夜のおれは、よっぽど弱っていたらしい。
こんな小さな子に心配をかけていることが恥ずかしくもあり、一生懸命に頭を撫でてくれる小さな手が嬉しくもあり……なんだかむずむずする。
こうして誰かに気遣ってもらうのなんて、いつ以来だろう。
「ありがとな、フィオ」
そのあと、フィオと一緒にリスの様子を見て、ヤギを柔らかな草の生えているところに連れて行き、畑に水を遣った。
完成した小屋を、ヤギはどうやら気に入ってくれたようだった。
……しかしこのヤギ、こうしている間にもおれの魔力を吸い続けてるんだよな。
最終的にはどうなってしまうのだろう。
教会に戻ると、みんなで朝食を食べた。
食器を片付けながら、ステラに告げる。
「今日は、アマンに行って、クエストを受けてくるよ」
昨夜考えて決めた。
クエストをこなして、報酬をもらう。
おれにとって初めての冒険だ。
「あら、それではお弁当を作らないと」
「いいよ、アマンで何か適当に買っていくから」
食堂で準備を整える。
「カンテラの油が残り少ないので、街で買い足してくださいね。それと、夕方から天気が崩れるようなので、雨具を忘れずに……」
「ああ。ロープってあったっけ?」
「はい、倉庫から持ってきました。長さは足りますか?」
「うん、大丈夫そうだ。助かる」
荷造りをしていると、アシュリーが隣にやってきた。
大きなリュックを背負い、ステラにぺこりと頭を下げて言うことには、
「いってきますっ!」
「だめよ、アシュリー。お留守番してないと」
慌てて止めるステラに、おれは笑って手を振った。
「いいよ。ノアとフィオも、今日はおれと出かけような」
ノアが洗い物の手を止めて振り返る。
「え? いいの?」
その声はちょっと嬉しそうだ。
フィオはテーブルの上に黙々とドングリを並べている。
「ですが……」
「大丈夫、絶対に危険な目には遭わせないから」
「いえ、それはまったく心配していないのですが」
あ、そうなんだ。
「けれど、あの、ご迷惑をおかけするのではと……」
「そんなことないよ、むしろ、三人がいてくれた方が助かる」
今日はごく簡単なクエストを受けるつもりだし、正直、この世界の常識に疎い自分だけでは、何かと不安だった。
――それに、いくつか確かめたいこともある。
荷物を背負って、ステラに笑いかける。
「ステラは留守を頼む。それで、今日は家事も作業も、一切禁止な」
「え?」
「隈が」
「くま……?」
ステラは不思議そうに繰り返して、それからおれの言った意味に気付いたのか、恥ずかしそうに目の下を擦った。
いつも遅くまで起きて、繕い物や料理の仕込み、掃除、他にも細々とした片付けをしてくれているステラに、今日は何も気にせず休んでほしかった。
「たまにはゆっくり休むといいよ」
そういうと、ステラははにかんだ。
「お言葉に甘えて」
「それじゃあ、行ってきます。戸締まりには気を付けて」
アシュリー、ノア、フィオを連れて、街まで降りる。
アシュリーは大人数でのお出かけが嬉しいらしくひどくはしゃいでいて、ノアがそれを慌てて止めて、フィオがちょうちょを追いかけて迷子になりかけたりして、道中は賑やかだった。
アマンに入ると、ノアとフィオが歓声を上げた。
「わー……」
「すごい、都会だね!」
クエストを受けるためには、まずは冒険者登録が必要だ。
三人を連れてギルドに向かう。
……たぶん、ステータスとか見られるんだよな。
変なこと書かれてないといいけど……おおごとになりそうな気配がしたら、とっとととんずらしよう。
ちょっと緊張しながら、煉瓦造りの建物に入る。
アシュリーたちを連れて、以前にもお世話になったシャルロッテの元へ。
「こんにちは」
「ようこそ、アマンのギルドへ――幼女が!!!!!! 三人!!!!!!」
……やっぱり、子どもは連れてこない方がいいのだろうか……?
シャルロッテはアシュリーたちをちらちらと気にしながら、手続きを進める。
「それで、本日は何のご用でしょうか?」
「冒険者登録をしたいんですが」
「かしこまりました。こちらの石板に手のひらをかざしてください」
言われた通り、石の板に手を向けた。
緊張の一瞬。
「ケント・オーナリーさんですね。初回登録時の職業は、自動的に『駆け出し冒険者』となります。
ケントさんの現在のレベルは3。
今後、クエスト達成や討伐した魔物の数によってレベルが上がり、レベルに応じて職業やスキルが選択できるようになりますので、ご要望の際はギルドにお越しください」
ひとまず胸をなで下ろす。
どうやらステータス上は普通らしい。
万が一レベル99だの、職業大賢人だのと出た日には、引っ越さなければならないところだった。
「パーティー登録はどうなさいますか?」
「登録するとどうなるんですか?」
「パーティーごとのランクが付与されます」
「あー、いや、今回はいいです」
アシュリーたちはまだ学生の身分だから、冒険者登録はできないだろうし、しばらくはおれ一人で活動することになる。
「ちなみに、冒険者以外がクエストに同行したり、魔物を倒したりすると、何か罰則とかあるんですか?」
「いえ、特にないですが、冒険者登録をしていないと、スキル解放等の制度を受けられないので、あまりメリットはないですね」
なるほど。
とりあえず、アシュリーたちを連れて行っても問題ないということが分かっただけで十分だ。
何事もなく手続きを終え、掲示板の前に立つ。
掲示板には、さまざまなクエストが貼られていた。
それらの紙を見上げて、ノアが首を傾げる。
「どんなクエストがいいの?」
「難易度は低いほうがいいな。あと、報酬が高いやつ」
「うーん、難しいね……これは? 難易度はCだけど、ケントなら大丈夫じゃない?」
「いや、できたらEか、Dまでがいいなぁ」
ノアは真剣に条件を見比べ、アシュリーは併設された食堂から漂ってくるステーキの香りに気を取られ、フィオはぼーっと突っ立っている。
と、
「しつれいしやーッす」
若い職員がやってきて、新たなクエストが張り出された。
「あ。これは?」
「お、いいな」
ノアが指した羊皮紙を手に取る。
内容は、とある村の近くに巣くってしまった魔物の討伐だ。
ちょっと遠いが、難易度はDと低く、報酬も悪くない。
これを窓口に持っていって受注の申請をすれば、手続き完了だ。
窓口に向かおうとした時、甲高い声が掛かった。
「お待ちなさい!」
振り向くと、見慣れない男女四人組が立っていた。
先頭でふんぞり返っている少女が、傲然と手を差し出す。
「そのクエスト、こちらに譲っていただけるかしら?」
輝くような金髪に、整った顔。
はきはきとした口調。
高飛車に顎を突き上げた姿からは、眩いばかりの自信が溢れ出ていた。
「ええと……すみません、どなたですか?」
少女は豊かな髪を払って、ふん、と鼻を鳴らす。
「まさか、わたくしの名をご存知ないの?」
「はい」
少女はやれやれと首を振った。
「無知な冒険者もいたものですわね。ならば教えて差し上げますわ。
わたくしの名はサラジーン。アマンの英雄、フェルテス大陸の救世主と名高い、勇者サラジーンですわ!」
「お嬢、誰もそんなこと言ってねぇぜ」
「お黙りなさい!」
仲間の男をぴしゃりと制止すると、サラジーンはフィオたちに目をやって眉をひそめた。
「あなたまさか、子連れでダンジョンへ赴くおつもり? 冒険は遊びではなくてよ。遠足とはき違えてもらっては困りますわ?
クエストとは、神がお与えになった試練。選ばれし冒険者が、より輝くためにあるもの。よって、そのクエストはわたくしたちが――」
「くえすとしんせーおねがいします!」
元気のいい声に振り返ると、アシュリーが伸び上がって、窓口に用紙を差し出していた。
「あ」
「幼女!!!!!!」
シャルロッテはヨダレを垂らさんばかりの勢いで用紙を受け取って、ハンコを叩き付けた。
……受理されちゃったよ。
サラジーンはレースのハンカチをくわえて、キイイイイッ! と高周波を発する。
「覚えてらっしゃい、駆け出し冒険者風情が! どうなっても知りませんわよ!」
そのまま仲間を引き連れ、足音荒くギルドを出て行く。
「……なんだったんだ」
出だしから変な人に絡まれちゃったな。
ともかく、こうしておれたちは初めてのクエストに挑むことになったのだった。




