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ロボ娘のち少女、ときどきゾンビ  作者: 京衛武百十
ふたりの章
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ヒモ

プリシラHUK577の<家>には、一般の住宅には比較的珍しく、ロボット用のメンテナンスルームが完備されてた。だから、殆どの住宅に標準装備されてるアミダ・リアクターと合わせ、この集落から出なくても、まったく困らないだろうな。


彼女らが飲んでる<お茶>は、家庭菜園で取れたハーブだそうだ。


近くの川で魚を採ってきて集落内に作った池で養殖し、集落内に紛れ込んでくる例のダンゴムシに似た節足動物や小動物らを捕らえて、CLS患者らの食事にしてるらしい。それでもう何も不自由もない。まさに悠々自適の生活って感じだった。


あとは、自分達が住んでいる家のメンテナンスさえしていればいんだもんな。


人間はこういう生活を羨むだろうか、


もっとも、人間だって自分は働かずに生活しようと思えばできるけど。ロボットに畑でも作らせればいいんだから。


個人所有のロボットを企業に勤めさせることはできなくても、畑を作ってそこで採れた作物を売るだけなら別に何の問題もない。そういう意味では漁業とかもそうか。漁獲権さえ持ってればメイトギアやレイバーギアに漁をさせてっていうこともできる。


でも、意外と、そうやってロボットに依存しきって<ヒモ>のような生活をしている人間は、全体から見るとほんの僅かな数だったりする。私が知るデータでは、0.1パーセント未満だとか。


今、人間は、生活の為という以上に、自己の確立や、社会との関係性の構築、生き甲斐といったものを求めて仕事をするというのが主になってるそうだ。


何故なら、かつて<奴隷>や<社畜>と呼ばれた人達が担っていた人間社会の構造的な歪みや矛盾の殆どを、ロボットが担っているから。


だから人間自身は必死にならなくても、穏やかに生きていくだけなら生きていけるようになったというのもあるらしい。


一部の人間は、『そうやって必死にならなくなったから技術の発達が停滞してる』と主張してるらしいけど、それでも大半の人間達は今のライフサイクルは変えたくないと望んでるそうで、人間の健康寿命が六十年やそこらだった頃のような忙しなくて世知辛い生き方はもうお断りなんだって。


もっとも、それでも人間社会というのはいろいろ大変で、苦労は尽きないとは言う。


つまりその時代時代でいろいろと苦労の種類が違うってことなんだろうな。


私達ロボットは、感情を持たないし、機械の体は苦痛も感じないから、人間の言う<苦労>というものを完全には理解できない。


だけどそれでいいんだと思う。ロボットにそれが理解できてしまったら、ロボットが苦痛を感じてしまったら、人間に反抗することだってあるだろうからね。



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