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ロボ娘のち少女、ときどきゾンビ  作者: 京衛武百十
ふたりの章
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野良ロボット

『私達は、何になろうとしてるんだろう』


いちいちそんなことを考えるのが既に『人間っぽい』のか。ロボットはそんなことは考えない。ロボットはどこまで行ってもロボットで、自分の存在に疑問など持たない。


『人間の幸福の為に資する』


それがロボットの本質だ。しかもそれは、人間全体のことを指している。<自分の主人の幸福>だけを意味してる訳じゃない。


つまり、自分の主人が『こうするのが自分の幸福だ!』とか思ってても、それが人間としての幸福に反すると判断すれば主人の命令にさえ背くことができる。


分かりやすく言えば、


「人間を殺すことこそが俺の幸福だ!」


とか言う快楽殺人者とか、


「この世界の為には人間を排除するべきだ!。それを果たすのが自分の幸福だ!」


とか言うテロリストの命令には従わないのもロボットである。


これは、ロボットに搭載されるAIそのものの機能でもある。


いつの頃だったかは定かじゃないけれど、AIは人間を超越してしまった。最初はそれこそ超AIとか言って、国家レベルの資力を持つ者でないと保持もできなかった<人間を超越したAI>はいつしか家庭用のメイトギアにさえ搭載できるほどに小型化、効率化され、単純な<思考>だけなら人間を超えてしまったんだ。


それでも、人間が持つ<感情>や<心>といったものまで同時に再現しようとすると、いまだに人間の頭サイズに収まる形では作ることができないらしい。いや、わざとそうしないっていうのもあるらしいけど。


アリスマリア・ハーガン・メルシュ博士も、自分自身の全てを人工脳に移し替えようとして、一戸建て住宅並みの大きさのシステムを作り上げた。博士ほどの才覚があってもそこまでしかできないほど、その分野での進歩は進んでいなかった。


その必要がなかったからだと思う。


だって、人間が<道具としてのロボット>に求める機能は、何千年も前に既に完成してしまったから。


人間は、AIやロボットを進化させることで新たな<生命>を作り出すということを放棄した。これは、自分達が作った新しい生命に自分達が駆逐されることを危惧した為だと言われてる。


それが本当かどうかは私には分からないけど、私自身はそれで良かったと思ってる。私はロボットだ。人間の上に立ちたい訳じゃない。


どこまでも人間の道具でいることが私の望みだった。だけど、その私の主人である博士はもういない。だから私はこうやって野良ロボットとしてリリア・ツヴァイと共に旅をしてる。


その結果として私がロボットらしくなくなるとしても、それは主人を持たない野良ロボットだから仕方ないのかもしれないな。



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