俺、危機である
その日の夜は、遅くまで話し込んでしまった。
それより、将来が心配だ。
アリの世界に転生してきて、間もなく新しい女王へと世代交代して、コロニー(巣)がなくなるなんて考えていなかった。
時間がない。
ー翌朝ー
俺は、昨日ベテラン先輩と約束した通り卵達のいる、コロニーへ向かった。
早い時間に来たつもりだったが、先輩はもうすでに、仕事を始めている。
「おう!新人君!今日も気合い入れて頑張ってよ!」
「はい!頑張ります!まず、何したら良いですか?」
そんな質問にも困った顔一つせず、一つ一つ丁寧に教えてくれた。
人間の世界だったら、自分で見て覚えろだの
聞く前に自分で考えろだの言われていたような気がした。
でも、ここでは違う。
アリ達は、自分達の集団を良くしようとしている。
俺は、黙々と作業を進める。
幼虫達の時よりは、精神的には楽である。
しかし、卵ちゃん達は、ずっと見ていなくてはならないため、気が遠くなる。
一匹一匹幼虫と同じように大きさが違っている。
ほとんど同じアリなのに大きくなったら色々な道を歩むんだ。
不思議なものだ。
子育てしているアリ達もこんなことを思って愛を注いでいるのだろう。
今日のところはこれで終了だ。
だが、ベテラン先輩に明日の仕事も任されてしまった。
正直、この仕事は精神的につらかった。
元人間の俺からすれば、アリの幼虫達に口移しでエサを与え、一日中アリの卵達と向き合い、苦痛の他何物でもなかった。
その中で一つ気になることがあった。
昨日今日で何百匹の卵幼虫を見て一際目立って大きい幼虫がいた。。
それは、個体差と呼べるレベルではなく、明らかに他と違っていた。
これはもしかしたら、新たな女王の卵かもしれない。この幼虫が成長すれば、このコロニーももう終わりだ。
俺がここで殺すこともできる。
しかし、そんなことをしてもこのコロニーに混乱を招くだけだろう。
ベテラン先輩は気づかなかったのだろうか。
それは明日聞くことにして今日は休もう。
最近まともに休めていない。
自分のコロニーに戻ってからもずっと考えていた。
今新たな女王が幼虫ということを考えると、残された時間は多く見ても2ヶ月くらいだろう。
俺は、どうすれば良いのだろう。
転生してから2ヶ月で死ぬなんてどれだけ自分は不幸なんだ……
自分を慰めるような考えが頭に浮かんだがすぐさまかき消した。
この力を使って生き残るしか無い。
ー翌朝ー
体がアリだからか、それとも能力のおかげかわからないがいつも体力の回復が早い。
また、約束通りの仕事へと向かう。
今日は女王の様子を見ることとベテラン先輩に聞きたいことがある。
「おはようございます!ベテラン先輩!皆さん早いですね。」
「その呼び方止めてよ!早く慣れてね!」
アリの世界でも挨拶は当然のように行われている。
アリ達は、仕事中は基本的にしゃべらない。
それは、一人一人が組織の一部として働いているという意識が強いからだろう。
これも働いていないアリがいてこそなのかもしれない。
昨日見つけた卵の他にもう一個大きい卵を見つけた。
これは、女王アリと一緒に羽ばたいていく雄アリなのだろう。
していることは単純だが、素人の俺には重労働だった。
それも同時に、女王アリ達も見なければならない。
「ベテラン先輩!先輩って大きい卵を見たことありますか?この位の大きさの。」
俺は、6本脚を使って大きさを表現していた。
「ええ、見たわよ。それがどうしたの?」
「女王様の卵だったら……
先輩は俺が話しているのを遮って話し始めた。
「ええ、もちろんそれもわかってる。それでも私達の仕事は卵ちゃん達を元気に育てることよ!今のことだけ考えればいい
その時のことはその時考える、それでいいじゃない!
だから私は、卵ちゃん達を愛情たっぷりで育ててみんなが元気に働いているところを見いたのそれだけよ。」
その言葉には決して人間にはない、生き物としての重みがあった。
たぶん他のアリに聞いても同じ返事が返ってくるだろう。
アリ達は自分達が置かれている状況を良く理解している。
俺はどうだろうか。