アリと人間とゴキブリ
「私達には、女王様がいる。そして、私達はみんな女王様の子供なんだ。言ってしまえば、みんなクローンなんだ。でも、この巣がもっと大きくなったら、新しい女王様とオスの羽を持ったアリ達が、飛びだって新しい巣を作るんだ!それで、また大きな巣とたくさんの働きアリを従えてまた、同じようにしていくんだ、まあ見たことはないんだけど。
でも、いつか女王様が飛び立っていったらみんなどうなってしまうのかな?」
と、長い前置きを言って悲しそうにした。
俺もそう思った。人間の社会でも、会社は、多くの人を働かせ、多くの希望を与え…
会社を大きくしていく。でも、自分達は、希望に我を失いまた、大きなことに手を出す。
終いには、失敗を隠し責任も取らず、逃げていく。何も説明も無しに、突然。
まさに、アリの女王のように。
人もアリもたいして変わらない。
大きく息を吸い込んで先輩はまた、話し始めた。
「アリでも働かないアリがいると言っただろ?ああ、その通りだ。だいたいの働きアリ達は、毎日せっせと働いている。でも、働かないアリ達もサボっている訳じゃないんだ。
働いてないのは、2割ほどで、働いているのはあとの8割だ。もし、その8割が毎日働いているから疲れて働けなくなったら、どうする?そうしたら、みんなエサがなくなって、みんな死んでしまう。そうならないように、働けなくなったアリがいると働いていなかったアリ達が働き出す。そうして、ずっとみんなが働き続けられるようにしているんだ。みんながみんな働いているのもいいけど、みんなが働き続けているほうがいいと思うな。」
先輩は、言い終えた後深い息をして清々しく、笑った。
俺は、深く納得した。あのアリ達は、サボっている訳じゃなかったんだ!なぜだか、心がスカッとした。
俺は、頷きながら
「ありがとうございます!いいことを聞かせてもらいました。明日もそう思って頑張って働きます!」
と、叫ぶように言った。
すると先輩は、
「どうってことないよ、まあ頑張って!アリ仕事。」
と、何でもないよというふうに言った。
じゃあと言って先輩と別れた。
その頃には、時間が随分経っていた。
俺は、一人になってから先輩の言ったことについてもう一度考え直してみた。
人間もたいして変わらないと改めて思った。
アリは、恋はしない。
アリは、人のように寝ない。
アリは、本を読まない。
でもアリは、不満を言わない。いつでも、働く。
なぜ働くかなんて、考えずに。
人間だって、大して変わらない。
なぜ働くかなんてわかって働いている人なんてそんなにいない。
人間も同じように働き、色々な物を食べ、
また、毎日を過ごしていく。
それに意味はない。
人間だって一緒だ。
でも明らかに何かが違っていた。
ー翌朝ー
アリは、特に寝ない。
アリの朝はとても早い。ただそれだけが不満だった。まあ、どうにもならないのだが。
いつもと同じように、たくさんのアリ達が動き出した。また、同じように働かないアリもいた。
今日の仕事も、兵士として巣を守ることだった。
どうも今日は、狩りがあるらしい。
良く分からないが、何かの虫の巣が壊滅して、食料の宝庫となっているらしい。
ほかの兵隊アリ達が、道を進んでいく。
「後についてこい!それだけだ!」
アリは、歩いているとそこに跡を付けて行く。俺は、素直に従って歩いて行った。
しばらく、何もない道路を歩いていく。
人間からしたら、どうってことない距離だろう。
やっとついたようだ。
先頭が止まった。
「ここですか?何を捕るんですか?」
俺は、居てもたっても居られず質問した。
聞かれた兵士は、間をあけて言った。
「それは、“ゴキブリ”だ!」
俺は、何が何だか解らなかった。
“まず、アリはゴキブリを食べるのか?
ゴキブリは食べられるのか?食べても問題はないのだろうか?殺虫剤とかは大丈夫なのか?”
とにかく頭が?で一杯だった。
思わず、
「そのゴキブリは、人間に殺されたんですか?」
と聞いてしまった。
兵士は、
「ああ、このゴキブリ達は雨で食べ物が得られず死んだそうだ。」
と答えた。
狩りと聞いて楽しみだった気持ちがバッサリ切り崩されたが、ゴキブリだということを考えたら体の固まりがほぐした気がした。
「さあ始めるぞ!できるだけ多く運べ!」
と隊長らしきアリが叫んだ。
その瞬間、まわりのアリ達が作業を始めた。
運ぶためには、ゴキブリの身体を小さくしたりしなければならない。
その上アリ達は食べ物を運ぶ時に、それを、小さくして口に溜め込んで運ぶのだ。
良く考えてみると、ゴキブリなのだ。
あの、ゴキブリなのだ。
否、良く考えなくてもゴキブリなのだ。
頭がまだ、追いついていなかった。
「お~い!一緒に運んでくれ!そこの新入り!」
明らかに俺を呼んでいる。
しかし、聞こえてない振りをしてごまかした。
「お~い!聞こえてるんだろ!早く運んでくれ!」
まるで心を見透かされたみたいに呼びかけられた。もう、後戻りはできない。
仕方なく、行くことにした。
これも、アリになった宿命だとそう自分に言い聞かせた。