アリと死と
また、一日をあの女神様のために浪費してしまった。卵問題がどうにかなった事は喜ぶべきだか心の中に後味の悪い物が残った気がする。結局、神様たちは俺にどうしてほしいのだろう。俺が卵を産む必要がないのか、ただ女神の勝手な気まぐれなのか俺には全く分らない。
予定通り俺は、この女神を紹介する為にもみんなを集めていた。
そんなことを忘れかけていた。
「女神様!早く行きますよ。遅刻しますよ!」
女神は嫌そうにして返事がふぇいと間が抜けていた。
その姿には元気のげの字も見つからないほどのテンションの低さだった。
昨日までの元気はどこに行ったのだろう。
つい本音が漏れてしまう。
そんなこんなで遅れた俺たちは、案の定最後の二人になっていた。
「其方の方はどなたでしょう?」
といかにも疑問だというように問いかけたのはグレーテルだった。まあ無理もない急に見たことのない顔の新入りがやってくれば疑う気持ちになるのは当たり前だろう。
「ああ、紹介しよう。こちらは……
と
言いかけたところに横やりが入る。
「私の名はエリカといいます。宜しくお願いします。女王様の秘書として支えていきます。皆さん、仲良くやっていきましょう!」
どうしてエリカなんて名前にしたのだろう。あんな正確な訳だから軽々しく教えてくれることはないと思うが疑問は疑問だ。
取り敢えずそれはあとで聞くことによう。
他のみんなも特に言うことは無い様だ。
そのまま話は続けられた。
主にミゲルの仕事振りや、これからの分担などを話し合った。その時でもしっかりと秘書の仕事を違和感なくこなし、全く初めての仕事の様には思えなかった。
やはり、女神だからだろうか。
そして、今日も無事会議が終了した。
なんだかんだで緊張していたがその必要もなく終わった。
あれからケビンが陽気になっている事が何よりもの嬉しさでもあった。
俺はまた、部屋へ戻る道で結局、女神様に話しかけてしまった。
「女神様、そう言えば何でよりによって"エリカ"なんですか?」
「丁度耳に入っただけよ。特に意味わないわ。」
なんだか軽くあしらわれた。
それが女神らしさなのか知られたくない何がかあるのか俺にはまだ分からなかった。
「さっき外を歩いていている時に聞いたのよ、その時に聞いた名前を言っただけよ。もしかして何か疑ったの?」
やはり女神なのか勘が鋭い。特に何があるという訳ではないが俺の中に引っかかるものがあったのだ。
それでも二回も追及されると心が痛む。
「じゃあ、これからはエリカでもいいですか?女神様はさすがに違和感しかないので。」
「いいけど......ん...何でもないわ。ユート!」
こうして、エリカと呼びユートと呼ばれる関係になったのであった。
取り敢えずこれ以上話していると時間だけが過ぎていくので、俺は一人でコロニーを見て回ることにした。
この間兵士団も幼虫の様子も見てしまっているので俺はコロニーの外を見て回ることにした。
今まで狩に言ったとき以外外には出ていなかった。俺は久しぶりの世界を楽しもうとしていた。
何ヶ月かぶりの太陽はおれの黒い体を焼き付けた。来たころの緩やかな陽気とは違い本格的な夏がもう訪れていた。
しかし、そんな再会を喜んでいるまもなく、コロニーから黒い影が向かってきた。
それは俺に何かを伝えにきたリンダだった。
リンダは俺に何かを伝えようとしているが、興奮した様子で何を言いたいのか全く分からない。
女王である俺はそのまま夏と戯れることは出来ず、猛スピードでリンダの後を追った。
俺とリンダは、走り続けた。
そして、リンダが前触れもなく止まって見つめた先には、俺の想像していた事を遥かに凌駕する光景がそこにはあった。
「おい!グレーテル!しっかりしてくれ!」
俺の目の前にはグレーテルが窶れ倒れていた。グレーテルは自分自身でもう先は短いとは言っていたものの、いざ目の前にしてみると感情の整理が追い付かないものである。
未だ、アリの世界での死を経験したことのない俺にとって大きなショックでもあった。
死が突然訪れることは大分昔から知っていた。それ以上にアリの世界ではより命が簡単に無くなってしまうことも知っていた。
だけれど、だけれど、
行き場のない悲しみや怒りが大きな壁にぶつかって跳ね返りながらぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。
「グレーテル!返信をしてくれ!」
次の瞬間心からの叫びが通じたのか、グレーテルのまぶたがゆっくりと開き俺を見つめた。
「ああ、女王。私が出来ることは全てやったつもりだ。
これで安心して死ねるさ、
決して悲しまないでくれ。」
決して悲しまないでいられる訳がないじゃないか。
大切な大好きな仲間を失って悲しまない女王がどこにいるというのだろうか。
それでも死には逆らうことが出来ないのである。
グレーテルはそっと目を閉じ、最後にこっちに笑みを溢し体を地面に沈ませた。
ふと、横を見るとリンダではなくエリカが無表情で立っていた。
「おい!どうにかならないのかよ!女神じゃないよかよ!」
俺は言ってしまったのだ死を無い物にするという決してしてはならない事をしようとしてしまったのである。
「そんなことしていいと思うの?グレーテルさんの死で気づいたんじゃないの……」
その言葉で俺は我に帰った。
グレーテルさんは決して長生きを望んだ訳じゃない。本当の願いはこれからの幸せであり自分が死んでも構わないというグレーテルの気持ちを無駄にしてはならないのである。
アリ達は俺に多くの大切な事を知らせてくれた。
本当の信頼、友情、仲間の意味。
アリ達はいつでもどんなときでも命がかかっているのである。
そんな中で仲間を気遣う気持ちや、協力しあう気持ちは人間には決してないものである。
アリ達は俺の知らない世界を知っている。
俺は、アリ達の死をこれからもっと見ることになるだろう。
しかし、それも乗り越えなければならないのである。
そんな晴れた気持ちで上を見上げた時、エリカの目が潤んでいたことを俺は知った。