女王の重圧
朝起きるとまた、昨日のような怠さで視界が一瞬ぼやけアリだった記憶も怪しくなった。
昨日に続き、インフルエンザのような倦怠感は二日目に突入した。
アリが風邪を引くとは考えにくい。
この些細な問題も二日目に突入した。
昨日発覚した問題が後を追う様に俺の心を痛めつけていたのかもしれない。
アリの卵を産まなければならない、それは女王としての宿命である。
そんな事は分かっている。分かっているから辛いのだ。
アリになって出産するなんて思わなかった。
神様は俺に何を求めているのだろう。
普通に考えれば強いアリがいれば女王になる事は大いにあるだろう。
それを分かっていて神様は俺に何を伝えたいのか、もしかして何も考えていなかったのか……
俺はアリ生で初めての大きな壁であり乗り越えなければ、俺のこれからもコロニーや仲間達の未来も闇に消えていくだろう。
それだけの責任が俺にはあるのだ。
そのことについてこれ以上考えることをやめ、兵士団の指導に当たることにした。
あくまで予想だが、兵士団の指導をした女王アリはこの俺の他にいないだろう。
そんなことを考えながら俺はミゲルやサントス達が指導を行っている大きく作られたコロニーへと向かった。
黒く輝くアリ達の体が幾重にも重なり遠くからでは形態のわからない集合体となっていた。
それは忙しなく動き回り一言で言えば「気持ち悪い」。
そんな不純な感情も抱きつつサントス達の元へと駆け寄った。
サントスは一瞬驚いた表情を見せたが真剣な俺の顔つきを察して今の状況について話始める。
「今日は中級兵達はツチアリが襲っきた時を想定した訓練をしています。実際の配置やその時に考えられる様々なパターンを訓練させています。
今やっているのは仲間の半分が怪我を負っている時の訓練ですね。敵を抑える部隊と怪我をしたアリの手当や避難の指示をする部隊に別れてシュミレーションをしていますね。」
サントスは仕事の話になると雰囲気が変わり真面目な青年の様な口調で話す。
「ところで下級兵達はどこだい?」
「下級兵達は二手に分かれて、片方は隣の部屋で基礎的なトレーニングなんかをしていて、もう片方はコロニーの外を見回りをしつつ探索や巣の位置の把握などを行っていると思います。リンダとケビンも一緒に行っていますよ。」
「そう言えばミゲルはどうなんだ?」
「ああ、はい。ミゲルは隣の部屋で基礎的な動きを指導してます。」
「教えてるのか?教官になったのは昨日今日の話だろう。」
「やはり彼女には運がなかったんです。下級兵達もすぐに懐いていますよ。彼女の仕事ぶりを見に行きますか?」
そうして俺はとなりの部屋へと一人で向かった。
サントスは指導に付く関係でその場を離れられないと言うことで一人なのだ。
グレーテルさんがべた褒めするミゲルの本当の姿を見てみたいという気持ちから俺の歩様はいつもより早かった。
また、大した程でもなさそうなその身なりからどんな事をするのだろうという期待感もあった。
「おい!そこ!気抜いてんじゃねぇぞ!!」
まず聞こえた声がこの罵声だった。
一瞬入る部屋を間違えたかとも思ったがここ以外に訓練している部屋は無かったので何度か出入りしながらも大きく一歩踏み出した。
「後二十、十九、十八…………」
そう言って兵士達の訓練を監督しているのは記憶を何度確認しようとそれはあの時のミゲルだ。
ミゲルの終了の合図でアリ達が一斉に崩れ落ち、大きなため息をもらした。それも百匹近い数のアリが小さな部屋でしたものだから部屋の空気が抜けたようになる。
その空気が抜け切った頃ミゲルがこちらの存在に気づいた。
「あ、女王様。お疲れ様です!。」
こっちは疲れて無いと思いつつも彼女の元気さに驚かされる。
他のアリ達はまだ顔をひん曲げてるのに、彼女は何ともないと言うふうにしている。
「どうしたんですか?もしかして私の特訓を受けたいんですか!
あの英雄と呼ばれた女王様なら余裕のよっちゃんですよね!」
完全に不意をつかれた。
兵士達の渋い顔を見て相当のスパルタ教官なのだと言うことを改めて実感し、その特訓という言葉に触覚がねじれるような恐怖がはしる。
「今日はあいにく用事があるんだ。また今度特訓をお願いするよ。」
ミゲルはまた今度という言葉に目を輝かせ、はい!と大きな返事をしていた。
こいつはどんだけスパルタ好きなんだよ。
これ以上ここに居る事に身の危険を感じ、俺は卵達の育成を行っている部屋へ向かう。
しばらく歩いた所で、「おい!立て!始めるぞ!」と大きな声が響いた。やはり、あそこに居なくて正解だったようだ。
よく考えれば皆教えたりするのが好きで熱心なのはここのアリの習性なのかもしれない。
前の女王様が周りにお節介だったように度合いは違えど皆同じな様だ。決して違わない。
全員が擬態している訳じゃない。
みんな同じが当たり前。
ただそれだけなのだ。
人間はどうだろうか、俺はふとそう思った。
原因不明の倦怠感により意識がぼやけたまま気付いた頃には目的地に到着していた。
部屋に入ると多くの卵や幼虫達と如何にも工場にいるベテランのおばさんみたいなアリが慣れた手つきで幼虫達にエサをあげている。
おばさんはこちらの存在に気付き、微笑んだ。
「頑張ってね」
と聞こえた様な気もしたがそれ以上に微笑みにもっと大きな意味があったような気がしてよく聞き取れなかった。
間接的に卵を産めと言われているようで部屋に余分な重力がかかっているようだった。
そしてその時、今までの倦怠感がこのプレッシャーからなのではないかと悟った。
そこに居づらくなった俺は逃げだすように部屋を飛び出した。この問題からいつも俺は逃げていた。
その事が悪夢を呼び寄せる事を薄々感ずいていながらも、俺は。




