アリと仲間はずれ
俺は倒れていたケビンを起こすと、傷の様子をすぐさま確認する。
致命傷となるようなものは見つからなかった。
もう少し遅かったらどうなっていたことだろうか。
「おい!ケビン! どうしたんだ!」
ケビンは何も悪いことはしていないというのに強い口調で問い詰めた。
ケビンは俺の勢いに負け遂には黙り込んでしまった。
そんな事すぐには話せないというのに、俺はただ強く問い詰めてしまったのだ。
長いコロニーの廊下に二匹だけの空間が続く。
何もせず、ただただ沈黙を守り続けている。
「ごめん……どうしたんだ、良かったら話してくれ……」
返事はなかなか返ってこない。
ケビンはいつもより暗い表情で堅く固まった土の床を冷たく眺めていた。
「……あ……の……あ…」
彼女は何かを伝えようとしている。
しかし、俺の所まで声が届かない。
「あの……時……僕は……みんなを守れなかった……」
所々切れ、思い出すのが辛いかのように顔をしかめながらゆっくりと話始めた。
「貴方はみんなを守ったじゃないか!あの時ゴキブリからみんなを!」
俺は彼女が詰りながら話ているのをまるで拒むかのように問いかけた。
いま思うとこんなことをしたら、ケビンの持つ心の傷をより広げるだけだった。
再び二匹を沈黙が包み込んだ。
「僕は元々ここの住民じゃないんです。前まではほかの縄張りで兵士をしていました。
でも……女王様が……
僕達は兵士団としてその日も訓練をしていました。仲間たちと協力したり、話し合ったりして。
でも、その時には訓練なんて何の誤魔化しにもなりませんでした。
僕は訓練が終わって、エサを取り外に出ていました。
それが幸せだったのか不幸せだったのか、僕らのコロニーは一瞬にして焼き消されました。人間によって……
戦う余裕もなく殺されたとも気付かずに……
その日はたまたま女王様の誕生パーティが開かれる予定で、僕も楽しみに頼まれた食材をとりにいっていました。
だから、大好きだった友達も優しくしてくれた先輩も女王様もみんな……」
俺はケビンがこんなに大きなものを背負っていることに気が付かなかった。本人も気がつかれないように細心の注意を払っていたのだろう。
俺は人間だったころにはアリ達のこんなに細部のことは知らなかった。知るはずがなかった。しかし、それでもその人間の罪は深い。
人間のころは命はみな平等なんてのは綺麗事くらいにしか思わなかったが、この世界に来てどんな命にも物語があって大切にしているものがある。ということを身をもって実感した。
「……ごめん、分からなくて、大変だったんだな」
こんなにも大きなことを俺につたえてくれたケビンに対して大変だったという薄っぺらな言葉しか掛けてやれない自分自身のボキャブラリーの無さに対して嫌気がさした。
ケビンは俯いたまま話を続けた。
「そ、その時途方に暮れていた僕を救ってくれたのが前の女王様だったんです。仲間を亡くして帰る場所も頼る場所もなくなった僕はただただ辺りを歩き続けていました。
お腹が減るのも、夜が明けるのも気にせずただただ、
何もしないで……
あの時女王様が居なかったら僕は何処かで野垂れ死ぬか、他の誰かのおやつにでもなっていたと思います。
終いには意識も朦朧としてはっきりとした記憶も今は残っていないのであとから女王様に聞いた話ですが、僕は何を思ってかこのコロニーの中に吸い込まれるれる様に入っていったそうです。多分心の拠り所を探していたのだと思います。
当然ですが外敵の襲来に対抗しないアリなどいません。僕はここの兵士達にボコボコにされているところでした。
そんなところに女王様が現れて、「その娘を話なさい」と言って僕を救ってくれたんです。
何で僕を助けてくれたかは分かりません。だけど僕がここでみんなと一緒に暮らしている事も事実です。
けれど……」
何も話さないだけで、こんなにも静かなのかというほどの沈黙が流れた。
「けれど、けれど!女王様がいなくなった途端アイツらは僕を邪魔者扱いしてきたんだ!何も知らないくせに仲間を亡くした事もないくせに疲れたから自分の部屋に戻ろうとした時に目の前が暗くなったと思ったら五匹が立っていたんだ。「なんだ」と言ったら「お前何か死んでしまえ」と言って後ろの脚を二匹に掴まれて、触覚を握られて……
必死に対抗したけどそれでも相手は五匹じゃ、相手にならなかった。そんな時に貴方が助けてくれた。貴方に救けられるのは二度目ですね、いつも僕は女王様に助けてもらってばかりです」
俺はケビンの二度目という言葉が引っかかったが、それよりも俺が思っていた以上の事をこのケビンは経験しているようだ。
また、ケビンが引っ込み思案であまり喋ろうとしない事にも納得がいった。
「大丈夫だ。これからも女王様と同じように私が変わって君を守る。後、私は君を助けてなんかいない前の女王様も同じだったと思う。ただそこに君がいて君を仲間として、いる事を当たり前にしただけだと思うよ。だから深く悩まなくていいよ」
やっと女王らしい事が言えただろうか、ケビンは生まれがどうであれ関係なく俺の最初の仲間であり大切な友達だ。
ただそれだけ。
また、俺なんかより彼女の方がよっぽど大人である。
俺はケビンを 医務室? へ送り届け、自分の部屋へと戻った。
自分の部屋と言っても女王様の部屋である。
人間だった時にもこんな大きな部屋に住んでいた事は当然なかった。
そんな俺にはこんなに大きな部屋に住んでいける自信がなかった。
明日にでも違う部屋を用意してもらう事にして、今日は我慢するしか無い。
特に何もした訳ではないが女王の死やアリ達のいじめの現場を目撃したりケビンとのことがあり精神的に疲れた。
広い部屋に引き目を感じながら俺はぶっ倒れた。