旅立ちの前に、
心地好い春風の吹くある日、
アリ達はいつも通りの一日を過ごしていた。
只々自分達の仕事をしていた。
それが、いくら無意味だったとしても。
女王誕生から二週間がたったある日のことだった。
俺もまたいつものように兵士団の方針やアリ達の未来について話し合っていた。
「私はもうじきこうやって若者達に教えることも出来なくなります。後任としてサントス副教官を私の役職である教官に、そして兵士団のミゲルを副教官にお願いしたいのですが。」
とグレーテルが言った。
その言葉にギハールは絶句していた。
何故ならミゲルは生まれてからずっと働いていない事で有名だったからだ。
運が良いのか悪いのかタイミング良く働かないグループになるのだ。
いわゆるニートだったのだ。
何故ニートが兵士団の教官なのかギハールは不思議で堪らなかった。
「グレーテルさん、何故よりによってミゲル何かが教官何ですか!」
ギハールはつい声を荒らげてしまった。
「それは簡単ですよ。彼女には才能がある。兵士としても教官としても。ただ運がなかっただけです。」
その言葉に納得できないこともなかった。
ミゲルは働いてはいなかったものの本当は強いのではないかと噂になっていた事があった。
「分かった。そうしよう!ギハールさん、大丈夫?グレーテルさん、サントスさん、宜しくお願いします。」
と俺その場をまとめるように言った。
何とかギハールも納得して新しい兵士団が歩み初めようとしていた。
「あ、あの。僕に出来る仕事はありませんか?あまり役に立ててないので。」
とケビンはまたおどけた様子で言った。
あまり積極的ではない彼女は皆と違いそれほど活躍出来ていないのも事実である。
「私も!何かありますか?」
そういったのはリンダだった。
この二人はまだ経験が浅い為特に役職はなかったのである。
俺は迷った。
今すぐに必要な役職は特にない。
それなら、これから必要になることを任せるべきだ。
一つ思い当たる節があった。
「ケビン、リンダお前達はアリ達の出生数や死亡数、残りの食料の量、狩りでとれた食料の量を調べて欲しい。大変な仕事だ。難しかったら誰かに手伝ってもらっても良いお願いだ。」
これはこれからの中で必要となっていくだろう。
前の兵士団長や女王がどうしてたかは知らないがこれを知ることで色々なことが見えてくるだろう。
「あの、ところで出生数って何ですか?」
とリンダが聞いた。
「出生数は幼虫さん達がどれだけ生まれたかだ。詳しい事はまた後でゆっくり説明するよ。」
と俺は優しく言った。
そして、大きく息を吐いてから言葉を続けた。
「新しい女王様が旅立ち、女王様が動けなくなったときどうするか話し合おう。」
と仕切り直して言った。
さっきまで緩んでいた顔つきも引き締まり雰囲気がガラリと変わった。
初めに声を出したのはグレーテルだった。
「女王が居なくてはコロニーは成り立たぬ。リーダー私達の女王になって貰えないだろうか?」
「あ、あの……」
とケビンは何かを言おうとしたが、五人の勢いに呑み込まれその言葉は掻き消された。
「ああ、そうするしかないようだ。女王に相談をして見ようその時は私に着いてきてくれ!」
俺も薄々気付いていた。
しかし、自信となによりそんなことがあって良いのかと心配だった。
皆の様子を見る限りでは、特に問題はないようだ。
そうして、彼女達のいつもと違う一日が終わった。
翌日俺は朝早くから女王の元へ向かった。
昨日の件もあるがこの間女王様を訪ねてから警護を任されるようになったのだ。
「御早う御座います。女王様。今日のお調子はどうで御座いましょうか?」
と恭しく挨拶をするといつも女王は笑いながら
「そんなに畏まらなくて良いですよ。仲良くやりましょう。」
と言う。
普段は警護をしているというより身の回りの世話役をしていると言った方が適切だろう。
俺は改めてこう言った。
「では、女王様。後でゆっくりお話したいことがありまして、客間でお待ちしております。」
思っていた以上に女王は早く訪れた。
俺が最初にここを訪れた時もこの客間だった。
「ユート、話って言うのは何だい?」
と女王は声を潜めるように言った。
「単刀直入にお話しします。
女王様!私に女王様の後を継がせてください!」
女王の表情が一瞬ひきつったがすぐに状況を把握し、元通りの表情を取り戻した。
流石女王である。
俺は、そんな事は気にせず話し続けた。
「女王様が居なくなれば私達アリ達は君主を亡くし散乱してしまいます。大切な仲間をそのような形で亡くしたくはありません!どうか私にお任せ下さい!」
人間時代にこんなことは言ったことは一度も言ったことがなかった。
こんな勇気を振り絞って何かをしようとしたこともなかった。
しかし、今は沢山の命を背負って生きている。
大きな責任を持ち生きなければならないのである。
女王は目を瞑り大きく息を吐いてから、
「良いでしょう。私が死んだら貴方に私の未来への希望と全ての権限を与えます。」
優しい声でゆっくりと噛み締めるように言った。
その姿は女王としての責任と未来を見据えた力強い姿だった。
こうして、俺の女王ライフへの準備が整ったのであった。