8章 たった一晩の長い夜 6節
人物紹介
立木ゆたか(たちき ―)
高校2年 169cm
図書委員
小さい頃からのお姫様好きをこじらせた結果、ドールという名の理想のお姫様に囲まれた生活を送るようになった
本人は高身長にスタイルよしと、お姫様というよりは女王様的な容姿であることにコンプレックスを感じている
髪は茶色のセミロング、目は赤よりの茶色。やや仏頂面が多いと言われるが、感情の変化は割りと激しい
悠里に出会って以降、相変わらずあまり自分には自信を持てないが、彼女の一番の友達であろうという意識を強く持っている
紆余曲折を経て、悠里とは恋人という関係に落ち着く
白羽悠里
高校1年 143cm
吹奏楽部。担当はフルート。称号は「吹奏楽部の白銀笛姫」。ゆたかが個人的に付けている称号は「銀笛の魔性歌姫」
オーストリア人のフルート奏者の母を持つハーフで、美しい銀髪と青色の瞳を持つ、小柄なお姫様を絵に描いたような女の子
既にフルートの演奏技術は大会を総なめにするほどだが、それ以外に関しては不器用で、勉強もあまり得意ではない。体育は何もできないレベル
古くから彼女を知る人は、フルートの技術だけを評価して、他のことには目を向けてくれないため、大好きだったはずのフルートにもかなり無気力になっている
ゆたかとの出会いの結果、再びフルートが大好きになって、彼女のためにアニソンを吹くことが増えた
結果的に、今まで知らなかった色々なことを知れるようになったが、アニメにラノベにゲームと、もろにゆたかの影響を受けた知識の広がりっぷりを見せている点については、ゆたかが一方的に心配している
元から大好きだったゆたかと恋人という関係になった
小見川莉沙
高校2年 163cm
陸上部。得意競技は短距離。称号は「陸上部の青い彗星」
ゆたかの小学校からの親友で、数少ないゆたかの友達。ドール趣味も知っていて、かつ理解がある
友達でありながら、ゆたかのことをライバルと見なしていて、体育の授業の度に競い合っている
陸上には本気で取り組んでいるが、他のことにはやや無頓着で、これといった趣味もなく、深い仲の友達もゆたかぐらいしかいない
ただし、最近、交流の増えてきた華夜とは「友達」として先輩としてやや気を遣いながらも、親しくしている
青みがかった黒髪に、黒い瞳で中性的に整った顔立ちに、抜群のスタイルのため、男女問わずモテるが、少なくとも今は恋愛に興味なし
月町華夜
高校3年 155cm
生徒会の監査係。平時の役職は書記。称号は「生徒会の冷血女帝」。本来、生徒会役員に称号はないが、他の生徒からイヤミで付けられた
また、テニス部の部長も兼ねている
監査係として、部活の活躍度を厳しい目で審査し、大抵は渋い評価をしていくため、多くの生徒から煙たがられている
性格としても、自分にも他人にも厳しい完璧主義者で、他の生徒が部活動に邁進していい結果を残してくれるなら、と憎まれ役を買って出ている節がある
厳しすぎる性格から、友達と言える間柄の人物が極端に少なかったが、莉沙やゆたかたちと少しずつ打ち解けてきた
長い黒髪を普段はストレート、部活の際はポニーテールにしている
大千氏未来/小寺かこ
高校1年 146cm
バレーボール部。ただし最近は幽霊気味。退部の危機も近い
小柄で、地毛の茶髪をツーサイドアップにしている。瞳の色は金色に近い茶
何事にも一生懸命だが、やや皮肉屋な面があるリアリスト。あまり無駄な努力はしたくないタイプ
学校ではあまり目立たない方だが、既にプロのナレーション声優として活躍しており、その際の芸名は「小寺かこ」
常葉の「秘密の先生」として、彼女が声優を目指すための稽古をつけている他、彼女の悩み相談を聞いたりと、精神的に彼女を支えている
自分自身の成長は諦めている節があり、既に精神的には老後とは本人の弁
時澤常葉
高校3年 145cm
生徒会長。自称「生徒会の究極女王」
学校ではまるで王子様のような中性的な口調だが、素は女性的な口調
やや赤みがかった黒髪を、腰の流さまで伸ばしており、気分次第で髪型は変えている。瞳は赤色
元子役女優で、現在は声優を目指して未来と個人レッスンを続けている
非常に誇り高く、責任感の強い性格で、未来と華夜以外の人間には決して弱みを見せない
決して折れない心の強さがあるが、傷付かないという訳ではなく、特に未来には溜め込んでいたものをぶつけることが多い
6
「悠里って夜はどれぐらいに寝てるの?」
「うーんと、日付が変わるぐらいには寝てます。しっかり寝ないと朝、辛いので」
「そっか、それじゃあ、今日も遅くならない内に寝ないとね」
「ゆたかはもっと遅寝なんですか?」
「日にもよるけどね。――それに、今夜は悠里がいるから緊張して寝れないかも」
「あははっ、それはボクもそうかもです。……初めて、友達の家にお泊りして、一緒に寝ますから。……というか、あんまり経験することじゃないですよね」
「まあ、そうかもね。私もいまひとつ一般論としてどうなのかはわからないけど」
食事を済ませ、お風呂も入ったとなれば、後はもう寝ることしか残っていない。
ただ、修学旅行の夜よろしく、すぐに眠るのはもったいなくて、普段はできないような会話に花を咲かせる……というのも王道の展開だろう。
とはいっても、恐らくこういう時に王道であろう“恋バナ”は、正に私たち自身がそういう間柄だということもあって、なし。結果としてまあ、いつも通りのぐだぐだした感じで話すことになる。
「寝ると言えば……昔は、電気を消して寝るのがすごく怖かったのを覚えています。今は完全に消して寝ないと全然寝付けないぐらい、明るいのはダメなんですけどね」
「あー、小さい頃ってそういうのあるよね」
「ゆたかもですか?ただ、小学校の……三年生ぐらいに、何かきっかけがあった訳じゃないんですが、暗くないとダメな派になったんです。初めはわからないので、明るい部屋で寝ようとしてたんですが、いつまで経っても眠れなくて。なので、思い切って電気を消してみると、不思議と怖くなくて、むしろ落ち着いて……そうして、眠ることができました。……あの時は、ちょっと大人になれた気がして嬉しかったです」
「あははっ、可愛いなぁ、なんかそれ」
「ゆたかはそういうのってないんですか?」
「う、うーん……ちょうど悠里が大人になったのと同じぐらいにさ、ほら……」
無言で自らを指差す。……まあ、そういうことだ。
女子の方が成長は早いと言うけれど、私の場合はそれはもう、とんでもない急成長をしたものだから、自分も驚いたし、周りも驚いた。……信じがたいことに、急成長までは背の順では前の方だったのに、一気に最後尾になったのだから、なんというか……。
ただ、その頃から親しい友達(莉沙以外にも一応はいる。ただ、高校は離れた子が大半だ)によれば、小さい頃から顔立ち自体は可愛いというよりは、大人びた感じで、ある意味でそういう成長は順当だった、と言われることが多かった。確かに今になってアルバムを見返してみると、昔の私は割りと大人びた感じだった、と思う。
けど、体格的には可愛らしい服を着こなせていた。そう、今の悠里のように。
「もう一度、あの頃みたいな服、か……」
悠里は言ってくれた。私だって、お姫様の服を着ていいのだと。……そしたら、単純かもしれないけど、自分に自信を持てるようになってきた。
私だって。……自分の夢の全てをドールと悠里に託して、それで完全に満足できてた訳じゃない。
むしろ、他のものに夢を託すということは、苦しいし……悔しい。本当は私自身が夢を達成できたら一番なのに、それが私にはできないことなんだ、と諦め続けてきた。……でも、もう、そんなことをしなくていいんだ。
皮肉なことに。……いや、そんなネガティブな表現は似合わない。嬉しいことに、私は私の理想を悠里に見ていたのに、その悠里から自分自身がもう一度、理想に近づくことのできる自信をもらえた。
でも、きっと悠里自身は自分がどんなことをしたのか、あまり理解できないまま、ただただ私を好きでいてくれている。……なんだかなぁ、と思いつつも、むしろそんな自然体であることが嬉しかった。私はひねくれた、めんどくさい人間だから、露骨な優しさを受けると恐縮してしまうし、どんどん自分を卑下していってしまう。優しくされる時点で、なんで自分が弱い人間なんだろう、と。
だけど悠里はそういうところがないから、私にとってすごく心地いい時間を与えてくれた。
「……うん。やっぱりゆたか、変わりました」
「えっ?」
「最近。というか、今日から、ですね。すごくこう……雰囲気が柔らかくなったと思います」
「そ、それは逆に今までの私が殺伐としていたということなので……?」
「いえ、今までもすごくかっこよかったですけど。でも、すごく女の子として魅力的になった、といいますか。……友達には似てくるって言いますけど、もしかするとボクに似てきちゃったのかもしれません。……あっ、それだと、まるでボクが魅力的って言ってるみたいで、なんかですね……」
「そんなの気にしないよ。……でも、そうだね。私も悠里みたいになれるのなら、すごく嬉しい。……憧れ、だから」
照れくさいような、でもやっぱり嬉しいような……そんな、甘さと酸っぱさの入り混じった複雑な気持ち。
だけど、憧れの人にこんな風に言ってもらえるなんて、どれだけ言葉を尽くしてもその嬉しさを表現しきれない……だから、やっぱりそれを伝える手段は物理的な方法になる訳で。
「わわっ……!?お、おおぅっ…………キスかと思ったら、ハグでしたかっ……」
「今日はいっぱいしちゃったからね。だから、今はこっち」
「でも、ボクとしてはこっちもすごく嬉しいです……うふぅっ、背中にゆたかの柔らかさがっ…………」
「……な、なんか、私だけが損してる気がする」
「そんなことないですよー。ほらほら、ボクの髪とか、もふもふしてくれていいですから」
「悠里の髪はすごく奇麗だから触るのにも躊躇するよ。それに、髪は触れて愛でるんじゃなくて、見て愛でるものだからね。……なら、どうせだし悠里のも……」
「ボクは揉むほどありませんからっ」
「いやいや、大きさなんて小さな問題ですよ。えらい人にはそれがわからんのです」
「小さい人にとっては、小さな問題じゃないんです!!」
興奮した悠里は体を震わせて、まるで猫みたいだ……なんて思った。
気難しい、高貴な猫……みたいな。懐き方は犬そのものだと思うけど、お嬢様っていうのはやっぱり猫にたとえた方が、よりらしいのかもしれない。
「まあまあ、よいではないかー」
「ひゃあぁぁっ!!背中におっきいのを当てられながら、小さいのに触れられるのは屈辱ですって!!せめてゆたか、離れてくださいっ。前から触れてもらえれば……」
「変なこと気にするなぁ。ま、いいけど」
「ええっ!?諦めてもらえることを期待したんですがっ」
「今夜はね、なんかすっごいスキンシップしたい気分。べたべた指紋付けたい」
「う、うひゃぁっ……な、なんか、積極的なゆたかって……」
「可愛い?」
「は、はいっ…………」
なぜだろう。自分の理性は、今の私の凶行をありえないと言っているのに、ストップはかけない。むしろ、なんてハレンチな!もっとやれ!!と言っている。
正にそう……ひと夏のアバンチュール、からの火傷……!
「あ、あのっ……!ゆたかに好きにしてもらうのは、ボクとしてもやぶさかではないのですが、そのっ……」
「うん」
「優しく……して、くださいね?」
なんて、ぷるぷると震えながら、私のことを見上げて言う。
小動物的お嬢様の、上目遣い……!これ以上に破壊力のあるものがあるだろうか?いや、ない!!
「大丈夫。痛くしないから。私の大切な、大好きな人なんだから」
「ゆたかっ…………」
「んっ、んふぅっ…………」
「あふっ、はふぅっ、んふぁっ…………」
そして、正面から抱きしめて、唇を重ねる。結局、またキスもしてしまった。でも、これからもっともっと、悠里のことを感じていたい。
……だって、恋人なんだから。
憧れの人で。私の尊敬する人で。
可愛くって、奇麗で。……そして、いつまでも傍にいたい。大切な人。
強く抱いて、自分の感触を刻み込み、何度も触れて、自分の所有物であることを主張するようにして……そして、何度だって唇を重ねる。
この関係は、期間限定なんてイヤだ。学校を卒業しても。社会に出ても。たとえ互いがそれぞれ、結婚をしたとしても。
いつまでだって、一番、お互いのことを理解している人であり続けたい。
「ね、悠里。前に……初めて、悠里の家でフルートの演奏を聴かせてもらった時さ。私、感想を言わなかったよね。アニソンを初めて演奏してもらって、それで私がどう感じたかって」
「は、はいっ……それがずっと気になってました。……言って、もらえますか?恋人になった今……もうこれ以上の関係がない、となった今」
――なぜだろう。悠里の口からそう聞いて、少し悲しくなっている私がいた。
私たちの関係は、恋人が終着点なんだ。
わかっている。それ以上なんてないとは。……正直だけど、本気で悠里がその先もあると言ったら、私は拒否感を覚えていたかもしれない。……やっぱり“その先”というのは、たとえあったとしても語られずにいるべき領域だ。
だけど、完全にその可能性を絶たれたのが……少しだけ、胸に痛みを与えた。
でも、そんなことはどうでもいい。大した問題じゃない。もっと優先するべきことがある。
「わからなかったんだ」
あの時、ちゃんと言えなかったのは、悠里に悲しんでほしくなかったから。
「確かに私が知っているはずの曲だったんだけど、それが悠里の手によって演奏されることで、全く知らない曲のような……ごめん、はっきり言って、よくわからない音の連なりとしか思えなかったんだ」
でも、“これ以上”がないというのなら、これを伝えるべきタイミングは今しかない。
「――だからね。これからも、わかるようになるまで。ううん、わかるようになってからもずっと、一緒にいたいんだ。もっといっぱい、悠里の演奏を聴きたい。悠里の大好きなフルートを、私も大好きになりたい。……いいかな?」
それは問いかけではなく、確認だ。
女子がよくやるやつだという、ここで反論したらすごくキレるやつ。
「もちろんです。……正直に話してくれて、ありがとうございます。もしかすると、ですけど」
悠里は、顔をくしゃっと歪ませて。
「あの時に同じことを言ってもらえてたら、ちょっとむっとしてたかもしれません。……ボク、すごくゆたかは特別な人なんだ、って思ってましたから」
私こそ、と言いたいその感覚。
あの頃の私たちは結局、相手にただ憧れているだけの状態だったんだ。
それから、もっと仲良くなって、恋人という称号を得られる関係性になって……そうして初めて、ある意味で夢から覚めることができた。
そして、夢のフィルターを取り去って見た相手の姿は、今までよりもずっと魅力的なもので。
お互いに現実を生きる人。そして、現実の中にいる夢のような人として、愛し合う今。文字通りにどんなことだって言い合える関係になっていた。
「でも。ゆたかがそうやって言ってくれて、ボクがそれを嬉しく思ってるっていうことは、本当にボクたち……お互いのことが大好きなんだな、って思います。――だから、ゆたか。もっとずっと、いつまでも。一緒にいましょう。ボクの演奏、いっぱい聴いてください。ゆたかもボクに、なんだって言って、なんだってしてください。もっといっぱい、二人の思い出を作って、忘れちゃうぐらい、忘れられない思い出でいっぱいになって……それで…………」
「悠里」
続ける言葉がわからなくなってしまった悠里に、少し吹き出してしまいそうになりながら。
「もうそこから先の言葉は、いらないよ」
お互い、あんまり難しくて奇麗な言葉で話すことは得意としていないんだ。……だから、あえてそれ以上のことをしようと言うのなら、方法も変わってくる。
――抱きしめて、体を密着させる。
お互いの服が擦れ合う、しゅるり、しゅるしゅる、という甘い音。さらり、と長く奇麗な悠里の髪が揺れる音。すりっ、と互いの肌が触れ合って鳴る音。
どれも一人でいては気付けない、人と人が二人でいるからこそ感じられる大切な音。いわば、私たちだけで奏でられる音楽。
それをいつまでも聞いていたくて、私たちはずっと身を寄せ合っていた。
最終部 おとぎ話のお姫様 完
本作はこれで完結となります
以降の物語は、以下のページにてお楽しみいただけます
https://ncode.syosetu.com/n5016ew/