8章 たった一晩の長い夜 5節
人物紹介
立木ゆたか(たちき ―)
高校2年 169cm
図書委員
小さい頃からのお姫様好きをこじらせた結果、ドールという名の理想のお姫様に囲まれた生活を送るようになった
本人は高身長にスタイルよしと、お姫様というよりは女王様的な容姿であることにコンプレックスを感じている
髪は茶色のセミロング、目は赤よりの茶色。やや仏頂面が多いと言われるが、感情の変化は割りと激しい
悠里に出会って以降、相変わらずあまり自分には自信を持てないが、彼女の一番の友達であろうという意識を強く持っている
紆余曲折を経て、悠里とは恋人という関係に落ち着く
白羽悠里
高校1年 143cm
吹奏楽部。担当はフルート。称号は「吹奏楽部の白銀笛姫」。ゆたかが個人的に付けている称号は「銀笛の魔性歌姫」
オーストリア人のフルート奏者の母を持つハーフで、美しい銀髪と青色の瞳を持つ、小柄なお姫様を絵に描いたような女の子
既にフルートの演奏技術は大会を総なめにするほどだが、それ以外に関しては不器用で、勉強もあまり得意ではない。体育は何もできないレベル
古くから彼女を知る人は、フルートの技術だけを評価して、他のことには目を向けてくれないため、大好きだったはずのフルートにもかなり無気力になっている
ゆたかとの出会いの結果、再びフルートが大好きになって、彼女のためにアニソンを吹くことが増えた
結果的に、今まで知らなかった色々なことを知れるようになったが、アニメにラノベにゲームと、もろにゆたかの影響を受けた知識の広がりっぷりを見せている点については、ゆたかが一方的に心配している
元から大好きだったゆたかと恋人という関係になった
小見川莉沙
高校2年 163cm
陸上部。得意競技は短距離。称号は「陸上部の青い彗星」
ゆたかの小学校からの親友で、数少ないゆたかの友達。ドール趣味も知っていて、かつ理解がある
友達でありながら、ゆたかのことをライバルと見なしていて、体育の授業の度に競い合っている
陸上には本気で取り組んでいるが、他のことにはやや無頓着で、これといった趣味もなく、深い仲の友達もゆたかぐらいしかいない
ただし、最近、交流の増えてきた華夜とは「友達」として先輩としてやや気を遣いながらも、親しくしている
青みがかった黒髪に、黒い瞳で中性的に整った顔立ちに、抜群のスタイルのため、男女問わずモテるが、少なくとも今は恋愛に興味なし
月町華夜
高校3年 155cm
生徒会の監査係。平時の役職は書記。称号は「生徒会の冷血女帝」。本来、生徒会役員に称号はないが、他の生徒からイヤミで付けられた
また、テニス部の部長も兼ねている
監査係として、部活の活躍度を厳しい目で審査し、大抵は渋い評価をしていくため、多くの生徒から煙たがられている
性格としても、自分にも他人にも厳しい完璧主義者で、他の生徒が部活動に邁進していい結果を残してくれるなら、と憎まれ役を買って出ている節がある
厳しすぎる性格から、友達と言える間柄の人物が極端に少なかったが、莉沙やゆたかたちと少しずつ打ち解けてきた
長い黒髪を普段はストレート、部活の際はポニーテールにしている
大千氏未来/小寺かこ
高校1年 146cm
バレーボール部。ただし最近は幽霊気味。退部の危機も近い
小柄で、地毛の茶髪をツーサイドアップにしている。瞳の色は金色に近い茶
何事にも一生懸命だが、やや皮肉屋な面があるリアリスト。あまり無駄な努力はしたくないタイプ
学校ではあまり目立たない方だが、既にプロのナレーション声優として活躍しており、その際の芸名は「小寺かこ」
常葉の「秘密の先生」として、彼女が声優を目指すための稽古をつけている他、彼女の悩み相談を聞いたりと、精神的に彼女を支えている
自分自身の成長は諦めている節があり、既に精神的には老後とは本人の弁
時澤常葉
高校3年 145cm
生徒会長。自称「生徒会の究極女王」
学校ではまるで王子様のような中性的な口調だが、素は女性的な口調
やや赤みがかった黒髪を、腰の流さまで伸ばしており、気分次第で髪型は変えている。瞳は赤色
元子役女優で、現在は声優を目指して未来と個人レッスンを続けている
非常に誇り高く、責任感の強い性格で、未来と華夜以外の人間には決して弱みを見せない
決して折れない心の強さがあるが、傷付かないという訳ではなく、特に未来には溜め込んでいたものをぶつけることが多い
5
「うっ、あぅっ……まだ、ちょっとくらくらします……」
「ほら、アイス。う、うぅっ……私も、頭がぼやーってするぅ…………」
二人仲良くのぼせて、今に至ります。
アホだ……私たち、ザ・アホだ……お風呂でのキスに熱中し過ぎて、ずっと湯船に浸かってのぼせたなんて。
「アイス、アイス……あっ、バニラ好きです。あむぅっ……」
「そうだよね。悠里、バニラ好きそうな雰囲気だったから。私は正直、アイスクリームよりも氷菓系の方が好きなんだけどね……家族が苦手だから、箱アイスはクリーム系なんだ」
「実は、ボクもシャーベットとかかき氷とか、そういうのは苦手で……」
「頭痛くなるの?」
「むしろ、お腹を下しやすくって」
「ああ……それは無理しない方がいいね。というか、出したのがアイスクリームでよかったよ」
「でも、ゆたかのくれたものなら、なんでも食べましたよ」
「こら、無理しないで。それで夜、トイレ通いとか大変過ぎるでしょ?」
「……ひ、人のお宅でそれは色々ときついですね」
なんて言いながら、二人でアイスに口を付ける。火照った体に冷たさと甘さが染みていくみたいだ。
ただ、どうしてもちょっと口に粘りつく感じがアレだなぁ、と思ったりする。どうせならシャリシャリ氷を食べたいって言うか。
「ゆたかはどういう氷系が好きなんですか?」
「うーん、宇治抹茶金時とか、そういう系の和風なのもいいし、棒アイスだと果汁のやつとかいいよね。色々な味が入っているやつだと、飽きないし」
「なるほど……ボク、食べるのは苦手ですけど、レモンのシャーベットとか好きです」
「あー、わかるわかる。やっぱり夏はレモン系でさっぱりしたいよね。グレープフルーツも好きだけど」
「グレープフルーツはちょっと苦いですよね。炭酸水とか、グレープフルーツのフレーバーも好きです」
「意外と悠里、炭酸も飲むんだ」
なんというか、全体的に弱いイメージがあるから、炭酸も苦手かな、と勝手に思ってた。
「一度に飲むときついですけどね。なので、細かく何度も飲んで……最後の方に炭酸がかなり弱まっているのも好きです」
「なるほどね。気の抜けかかったのを一気に飲むのって、ちょっと特別な感じがして好き。私も、最近は炭酸ジュースってよりは、甘みがなくて香りだけの炭酸水がトレンドかな。たまに思いっきり甘いやつも飲みたくなるけど」
「ゆたか、栄養ドリンク系の炭酸のって大丈夫ですか?」
「嫌いじゃないかな。ただ、第二手芸部時代に、貫徹してドール衣装とか作ったりよくしてたから、その時に飲みすぎた感はある……本当、命を削ってやってたなぁ…………」
まあ、今ももちろんやっていることではあるんだけど、前までほどは必死にはならなくなった気がする。
……私は、間違いなく楽しんでいた。それはウソじゃない、思い込みじゃない。だけど、どうしても部活のみんなが待っているとか、部長としてしっかりとした成果を出さないと、とか、色々と考えることが多すぎて、頑張り過ぎていたんじゃないか、と今は冷静に回想することができた。
「そうだったんですか。ボクは全然飲まないんですよ。なんとなく体に悪い気がして」
「まあ、常飲するようなものじゃないだろうね。後、甘味料もよくないって言うし」
「そうなんですか?」
「いや、詳しくはないけども。まあ、甘いものでもカロリーの高いものでも、食べた分動いて消費すればいい、って私は思ってるから、あんまりヘルシーとかカロリーがどうとか、気にしてないからね。がんがん甘いジュースも飲む方なんだけど」
「ゆたかは走るの、好きなんですよね」
「割りとね。というか、別に走るのに限らず、何も考えずに体を動かすのが好き。……手芸とかゲームとか、頭をすっごい使うでしょ?その分、無心になりたいんだよ。そうやってバランスを取る感じ」
「なるほど。それなら、ボクにもわかります。ボクは運動が苦手なので、何も考えずにぼーっとしているだけですけど」
「あははっ、それが悠里にとってのリラックスなら、それでいいんだよ。音楽も大変だよね。ただ楽譜通りに指を動かせばいい、っていうものじゃないだろうし」
「結構、譜面通りにやっているだけ、ってところはありますけどね。でも、それでもやっぱり頭は結構使ってると思います」
悠里はそう言いながら、残ったアイスも口にした。私もそれに続く。
少し溶けてきたアイスは、甘みも増しているようで、より口の中にべったりと残るような気がした。……うん、やっぱりちょっとこの感じは苦手だ。シャーベットの方がいい。
「もうすぐ夏休みですよね」
「そうだね。その前に期末試験があるけど」
「う、うぅっ……なんでそんな厄介者が立ちはだかるのでしょう。夏休みはいっぱいゆたかと遊びたいのに……」
「そんなにテスト、不安?一年生の時の内容って、どんな感じだったか割りと忘れてるところあると思うけど、勉強会でもする?」
「い、いえっ……!同学年ならまだしも、学年が違うのにそれって、ボクがゆたかに一方的に教えてもらうだけじゃないですか!それでゆたかの成績が落ちてはいけませんし、一人でがんばります。……ただ、具体的な勉強を教えてもらうのはナシでも、効率のいい勉強のやり方とか、そういうのは教えてもらえませんか?」
「ああ、それならあんまり時間がかからないね。莉沙もそうだけど、勉強が苦手っていう人は、やり方がわからない、っていうケースだと思うから」
「はい……単純に単語を覚えればいい英語や社会はいいんですけど、数学や国語が苦手で。応用力がないっていいますか……」
「応用力っていうか、経験が不足しているんだろうね。数をこなせば、なんとなく見えてくるものだよ。でも、暗記系ができるなら、きっと勉強法さえわかれば、どんどん成績よくなるよ。安心して」
「はい……!ゆたかにそう言ってもらえると、すごく安心できます……!!」
そう言って笑顔を見せる悠里を見ていて……私まで、表情が緩んでいた。
やっぱり悠里、めちゃくちゃ可愛いな……今日一日、ずっと傍にいて、そのことばっかり考えている気がする。
「……悠里は、やっぱり音大とか行くの?」
「うーん……まあ、そうなるんだとは思います。というか、既になんとなく進路は決まっていて……なので正直、進級さえできれば、あんまり普通の勉強って意味ないんですよね。……でも、学生としてそういうのもどうかな、と思っていまして」
「ある意味、勉強できるのって学生の内だけだもんね。きっと、社会人になったら新しく何かを学ぼうとしても、そういう余裕がなくなっちゃう。時間もそうだし、勉強ってつまりは、お金を払って知識を得る行為じゃない?たぶん、お金を稼ぐのに時間をかけるようになったら、その逆のことなんて気分的にできなくなるんだと思う」
「……そうですね。そう思います。だから、せめて今だけは勉強をしておきたいんです」
「偉いね、悠里は」
「いえいえ、それにゆたかの方がずっと成績がいいじゃないですか。成績がいいということは、それだけ勉強をがんばってる、ってことですよね。すごいです。すごく立派です」
「そんなことないよ。他にすることがないだけ。――後はやっぱり、不安があるから、かな」
「不安、ですか?」
「そう。悠里は絶対、演奏家としてやっていける。でも、私は……わからないから。わからないからこそ、大学に答えを見つけに行くのかもしれないけど。それでも見つからなかったら……本当に、学校の成績だけで勝負をするしかない。その時に不利にならないように、誰でもできる勉強をやっているんだと思う」
「……ボクは、勉強をしっかりできるのも才能だと思いますけど」
「そうかもね。でも、私も悠里みたいにこれ、っていうものを見つけたいな、っていう話。――ばしっと、ドール、もしくは服飾だ、って言い切れればいいんだけどね。そういう勇気はないよ、私には」
でも、もう高校二年の夏。……そろそろ、せめてどういう方向性かだけでも決めておきたい。仮に服飾で行くというのなら、それ相応の学校じゃないと、それを仕事にはできないだろう。……私は、手先が器用な方だとは思うけど。でも、きっともっと才能ある人はいる。才能の差を埋めるのが努力だというのなら、あらかじめその専門の学校に通って、付け焼き刃だったとしても、技術を磨いておかないといけない。……そうじゃないと、結局普通の仕事でなんとかやっていかないといけなくなる。
そして、私が思う“普通の仕事”というのは、たとえば事務とか、営業とか、そういう「サラリーマン」と言われて最初に思いつくことなんだけども、それってそんなに悪いことなんだろうか……とも思う。
いや、でもやっぱり、仕事は大変なんだ。それと趣味を両立するのは、きっとものすごく難しい。結局、どっちつかずになるかもしれないし、そうなるぐらいなら、やっぱり好きなことを。少なくとも納得できる仕事を選びたい。それしか働き口がないから、でそれを一生の仕事にするなんてことは……したくない。
悠里と一緒にいることで、私はなんとなく将来の不安を感じてしまうところもある。
それは間違いなく、彼女の将来がはっきりとしているから。私のような、おぼろげな未来ではないから。
……今度、常葉さんとちょっと話ができないか、と思った。
元芸能人とはいえ、それまでのノウハウがほとんど活かせない声優の世界に、あの人は飛び込もうとしている。
その人並み外れた行動力、決断力は、どこから湧いてきたんだろう。……それが彼女の個性なのかもしれない。でも、それにしたって、その源流を知ってみたい。……私は、そう考えていた。
「あの、ゆたか」
「……うん?」
「えっと、ボク、上手く言えないんですけど……ゆたかはすごいと思います!」
「ほんとに上手く言えてないね」
「ご、ごめんなさいっ!!」
……でも、こういう時に下手に「大丈夫」とか「もっと気楽に考えていいよ」と言うのではなく、すごいと言ってくれる。
それはたぶん、悠里なりにどう言えばいいのか。どう言えば、私を一番傷つけないのか。そう考えてくれた結果なのだと思う。
……だから私は、そんな悠里の優しさが嬉しくて、無意識に手を伸ばしていた。
その手で、奇麗な銀髪をくしくしと撫でる。
「ありがとう。……真剣に考えてくれて」
「い、いえ……ごめんなさい。いいことを言えなくて」
「ううん、そんなのいいよ。……言葉より、悠里が私を慰めようって思ってくれたことが一番嬉しい。……それだけで十分だよ」
「でも、もっと何かしてあげたくって……ゆたか、何かほしいものってあります?それをあげられたら、元気が出るんじゃないかなって……」
「んー、悠里がほしい」
「……もうあげてますよ、それは」
「お、おおっと……こ、これはまた思わぬ反撃で」
「ふふっ。ボクの心と時間は、もう既にゆたかのものですよ。他の誰にも渡しません」
「じゃあ、物理的にも、もう離さないよ。それで、ついでにこんなこともしちゃったりして」
「んっ、ふぅっ……!?んふぅぅっ…………」
悠里の体を抱き寄せて、そのまま唇を奪う……。
甘く、柔らかい。悠里自身が、甘いバニラアイスになっているみたいだ。
「んっ、ふぁっ……。こういうことも、いくらでもしていいんだよね」
「も、もちろんですっ……。あ、ははっ……なんかちょっと、びっくりしちゃいました。今日もう何度もしてるのに、不思議ですよね」
「キスという行為は同じでも、シチュエーションは毎回違うもんね。毎回、飽きさせないよ」
「な、なんだかすごくエッチな感じですよね、それ……」
「そうかな?まあ、逆に慣れすぎて、息をするようにキスできるような関係になっちゃってもいいかなー、なんて思う訳だけど」
「そ、それはさすがにっ……!」
「おやおや、悠里ちゃんは自分からあんなこと言っておいて、意外と押しに弱いのかな?もっと押して、いじめたくなっちゃうなー」
「や、やめてくださいよっ……!ゆたかのこと、嫌いにはなりませんけど、ボクだってリードしたいんですっ」
「ふふっ、かーわいいっ」
「ゆ、ゆたかぁっ……んっ、ふぁぁっ…………」
また唇を重ねて……悠里の甘い匂いと柔らかさを堪能し続けた。
……もう今は、将来への不安はない。幸せな時間が、それを忘れさせてくれる。
それは同時に、二年後の避けようのない別れの後、私がどうなってしまうのかをも暗示させるのだけど――。
今はもう、そんなことはどうでもよかった。