8章 たった一晩の長い夜 3節
人物紹介
立木ゆたか(たちき ―)
高校2年 169cm
図書委員
小さい頃からのお姫様好きをこじらせた結果、ドールという名の理想のお姫様に囲まれた生活を送るようになった
本人は高身長にスタイルよしと、お姫様というよりは女王様的な容姿であることにコンプレックスを感じている
髪は茶色のセミロング、目は赤よりの茶色。やや仏頂面が多いと言われるが、感情の変化は割りと激しい
悠里に出会って以降、相変わらずあまり自分には自信を持てないが、彼女の一番の友達であろうという意識を強く持っている
紆余曲折を経て、悠里とは恋人という関係に落ち着く
白羽悠里
高校1年 143cm
吹奏楽部。担当はフルート。称号は「吹奏楽部の白銀笛姫」。ゆたかが個人的に付けている称号は「銀笛の魔性歌姫」
オーストリア人のフルート奏者の母を持つハーフで、美しい銀髪と青色の瞳を持つ、小柄なお姫様を絵に描いたような女の子
既にフルートの演奏技術は大会を総なめにするほどだが、それ以外に関しては不器用で、勉強もあまり得意ではない。体育は何もできないレベル
古くから彼女を知る人は、フルートの技術だけを評価して、他のことには目を向けてくれないため、大好きだったはずのフルートにもかなり無気力になっている
ゆたかとの出会いの結果、再びフルートが大好きになって、彼女のためにアニソンを吹くことが増えた
結果的に、今まで知らなかった色々なことを知れるようになったが、アニメにラノベにゲームと、もろにゆたかの影響を受けた知識の広がりっぷりを見せている点については、ゆたかが一方的に心配している
元から大好きだったゆたかと恋人という関係になった
小見川莉沙
高校2年 163cm
陸上部。得意競技は短距離。称号は「陸上部の青い彗星」
ゆたかの小学校からの親友で、数少ないゆたかの友達。ドール趣味も知っていて、かつ理解がある
友達でありながら、ゆたかのことをライバルと見なしていて、体育の授業の度に競い合っている
陸上には本気で取り組んでいるが、他のことにはやや無頓着で、これといった趣味もなく、深い仲の友達もゆたかぐらいしかいない
ただし、最近、交流の増えてきた華夜とは「友達」として先輩としてやや気を遣いながらも、親しくしている
青みがかった黒髪に、黒い瞳で中性的に整った顔立ちに、抜群のスタイルのため、男女問わずモテるが、少なくとも今は恋愛に興味なし
月町華夜
高校3年 155cm
生徒会の監査係。平時の役職は書記。称号は「生徒会の冷血女帝」。本来、生徒会役員に称号はないが、他の生徒からイヤミで付けられた
また、テニス部の部長も兼ねている
監査係として、部活の活躍度を厳しい目で審査し、大抵は渋い評価をしていくため、多くの生徒から煙たがられている
性格としても、自分にも他人にも厳しい完璧主義者で、他の生徒が部活動に邁進していい結果を残してくれるなら、と憎まれ役を買って出ている節がある
厳しすぎる性格から、友達と言える間柄の人物が極端に少なかったが、莉沙やゆたかたちと少しずつ打ち解けてきた
長い黒髪を普段はストレート、部活の際はポニーテールにしている
大千氏未来/小寺かこ
高校1年 146cm
バレーボール部。ただし最近は幽霊気味。退部の危機も近い
小柄で、地毛の茶髪をツーサイドアップにしている。瞳の色は金色に近い茶
何事にも一生懸命だが、やや皮肉屋な面があるリアリスト。あまり無駄な努力はしたくないタイプ
学校ではあまり目立たない方だが、既にプロのナレーション声優として活躍しており、その際の芸名は「小寺かこ」
常葉の「秘密の先生」として、彼女が声優を目指すための稽古をつけている他、彼女の悩み相談を聞いたりと、精神的に彼女を支えている
自分自身の成長は諦めている節があり、既に精神的には老後とは本人の弁
時澤常葉
高校3年 145cm
生徒会長。自称「生徒会の究極女王」
学校ではまるで王子様のような中性的な口調だが、素は女性的な口調
やや赤みがかった黒髪を、腰の流さまで伸ばしており、気分次第で髪型は変えている。瞳は赤色
元子役女優で、現在は声優を目指して未来と個人レッスンを続けている
非常に誇り高く、責任感の強い性格で、未来と華夜以外の人間には決して弱みを見せない
決して折れない心の強さがあるが、傷付かないという訳ではなく、特に未来には溜め込んでいたものをぶつけることが多い
3
「というか、思い出したんだけど」
「はい?」
「ウチのお風呂、二人が入れるぐらい広くなかった……」
「ええっ!?で、でも、ほら!ボクは小さいですから!!」
「……そこで思いっきりそこを押してきますかね。割りとコンプレックスなんでしょ?」
「それでもなんでも、使える時には使わなきゃです!」
「都合がいいなぁ……」
なんて、苦笑しながら。
「まあ、私も小さい頃は家族と一緒にお風呂入ってたからね」
「ゆたかの小さい頃……!どんな感じだったんですか?写真とか、残っているのなら見たいです……!!」
「……藪蛇だったか」
「えー、見たいですよー。昔のゆたかがどのぐらい可愛かったのか気になりますよ!!」
「まあ、アルバム残ってるけどさ。……昔写真、いっぱい撮られてたし」
それどころか、私から両親にねだって、たくさん撮ってもらっていた。もちろん、奇麗で、可愛い服を着て。
今でもアルバムを大事に取っていて、しかもしまい込んでしまう訳でもなく、すぐに取り出せるような場所に置いているのは……なぜなんだろう。
別にそう頻繁に開いてかつての自分を懐かしむほど、私はナルシストであるつもりはない。
だから、あえてこの気持ちに名前を付けるのなら……未練。
今とはあまりにも違う自分への、諦めきれない気持ち。戻れるものなら戻ってみたいという、ありえない願望。
――もしかすると。
私が四人目に買ったドールには「みのり」という名前が付けられている。ひらがなの名前のドールは何人もいるけど、あえて彼女の名前に漢字を当てはめるならば、それは「豊」……つまり「ゆたか」、私の名前とも読める字だと思っている。
彼女は他のドールたちと同じように、Sサイズのボディが素体になっていて、茶髪に赤みがかった瞳を持っている。髪の長さは、腰にまでかかるほどの長さ――。
「昔のゆたか、髪、長かったんですね!!今のボクと同じぐらいです!」
「……まあね」
「ひらひら、ふりふりの衣装がよく似合っていて、お人形さんみたいで素敵です!」
ありし日の私。それが「みのり」に投影されている……のかもしれない。
私はあの頃まで、間違いなく「私のお姫様」でいた。間違いなく自分が物語の主人公で、自分のことが大好きで……でも、自分が大きくなっていくほどに、自らを物語の脇役へと押しやり始めた。そして、理想はドールへと投影されていく。小さくて可愛くて、奇麗なお姫様。
自分が理想からは程遠いから、物言わぬ人形に理想を求めてしまう。
「やっぱりゆたか、今でも可愛い衣装が似合いますよ!顔の感じとか、今は成長してちょっと大人びてますが、意外と丸顔なのは変わってないですし、目つきも可愛いですよね」
「そ、そんなこと……!」
「いえ、間違いないです。ボク、また可愛い衣装のゆたかが見てみたくって……」
「ゆ、悠里っ。そういうこと言ったら、私がなんでも言うこと聞くと思ってるでしょ?それは勘違い……っていうか、私にだって自分の意志はあるし、本当に似合っているなら、今でも着てるし……」
「じゃあこれ、似合ってないんですか?」
「えっ…………」
悠里は、自分のバッグから小さなアルバムを取り出して、あるページをめくって見せる。
そこには、私、悠里、常葉さん、未来ちゃんで撮ったコスプレ写真があった。
ミニのエプロンドレスを着た、どこからどう見てもいかがわしい雰囲気を感じてしまう黒歴史写真だ……。
「いや、これは似合ってないでしょ、さすがに……」
「そうですか?では、こっちはゆたかのいつもの私服の写真なんですが……」
「なんでそれ、普通に現像してるんですか」
まあ、そっちはいつも通りのフツーの格好。安物のTシャツに、デニムのジャケットに、ジーンズ。……ヤバイ、見れば見るほど女捨てて、客観的に見た時の終わってる感が半端ない……!
「……どちらがより、ゆたかの魅力を引き出せていると思いますか?」
「ジ、ジーンズ…………」
「もちろん、私服もかっこよくて素敵です。でもね、ゆたか。……今のゆたかの格好、すごくいいとボクは思います」
「っ……!!?」
「可愛いブラウスに、可愛いスカート。いつものゆたかは中性的でかっこいいですが、今のゆたかは女性として、すごく奇麗で。可愛らしいです。――ゆたか。ボク、ずっと思っていたんです。ゆたかのように長身の美人だからといって“可愛い”は捨てないといけないものなんですか?ゆたかには、たくさん、可愛くていいところがあります。
確かに、高い身長のせいで、あまり可愛い格好は似合わないように見えるかもしれません。――でも、ゆたかが思う“可愛い”を目指していれば、きっとそれは人に伝わりますよ。だって、少なくともボクは今のゆたかが可愛いと思っていますから」
「…………可愛い、の?」
「はい、とっても」
「変じゃない……?こんなにでっかい女が可愛子ぶっているように見えない……?」
「はい。……とっても、魅力的です」
「…………悠里」
「はい」
「好き……」
「ボクも好きですよ、ゆたか」
私は、悠里に抱きついていた。
どうしてだろう、涙が止まらない。今まで、いっぱい悠里には褒めてもらっていたのに。
今度のは……特に、効いた。
私は“可愛い”を諦めていた。――自分の体が、そうはならなかったから。少女を飛ばして、一気に大人の体になっていってしまったから。
正直、学校の制服を着ているのもコスプレくさい気がして、イヤだった。
だけど、悠里は私のめいっぱいの“可愛い”を認めてくれる。……私にだって、可愛くある権利があるのだということを、認めてくれる……。
「……悠里」
「はいっ」
「私、可愛い悠里のことが大好き。でも、可愛くない私は嫌いだった。……今の私が可愛いのなら、私は、私を好きになっていいのかな……?」
「もちろんです」
そう言って、悠里は。
「んっ……ふぅっ…………」
「んぁっ…………」
私の唇を、自分の唇で塞いだ。
「んぅっ…………」
柔らかな感触と、甘い香り……自分が全て肯定されているかのような安心感……。
「んっ……んぅぅっ…………」
私は、それが心地よくて、嬉しくて。悠里の体をぎゅっと抱き寄せると、キスをしたまま、ずっと彼女の柔らかく小さな体を感じ続けていた。
柔らかくきめ細やかな髪。すべすべな白い肌。肉付きの乏しい細くて短い手足。
その全てが愛おしくて、私は彼女を抱きしめる力を、一瞬たりとも緩めたくない。……そう、思っていた。
「んふっ……。今日は、いっぱいキスしちゃってますね……」
「悠里っ……私っ…………」
「わっ!?も、もう泣かないでくださいよっ。……ボク、ゆたかが泣いているのが辛くて、それで、なんとかしたくって、キスを…………」
「ありがとう…………」
「あっ…………」
キスを終えて。それでも私は、悠里のことを離したくなかったから、縋り付くように抱きついていた。
「仕方がないゆたかですね……。気が済むまで一緒にいていいですよ。……ボクも、すごく嬉しいので」
「悠里っ…………」
私はそうして、ずっと悠里と体を寄せ合っていた。
私の大切なお姫様。……そして、私をも、お姫様の一人だと認めてくれる、大切な大切な人を感じ続けていた。