7章 時間と一緒に流れる音 6節
人物紹介
立木ゆたか(たちき ―)
高校2年 169cm
図書委員
小さい頃からのお姫様好きをこじらせた結果、ドールという名の理想のお姫様に囲まれた生活を送るようになった
本人は高身長にスタイルよしと、お姫様というよりは女王様的な容姿であることにコンプレックスを感じている
髪は茶色のセミロング、目は赤よりの茶色。やや仏頂面が多いと言われるが、感情の変化は割りと激しい
悠里に出会って以降、相変わらずあまり自分には自信を持てないが、彼女の一番の友達であろうという意識を強く持っている
白羽悠里
高校1年 143cm
吹奏楽部。担当はフルート。称号は「吹奏楽部の白銀笛姫」。ゆたかが個人的に付けている称号は「銀笛の魔性歌姫」
オーストリア人のフルート奏者の母を持つハーフで、美しい銀髪を持つに青色の瞳を持つ、小柄なお姫様を絵に描いたような女の子
既にフルートの演奏技術は大会を総なめにするほどだが、それ以外に関しては不器用で、勉強もあまり得意ではない。体育は何もできないレベル
古くから彼女を知る人は、フルートの技術だけを評価して、他のことには目を向けてくれないため、大好きだったはずのフルートにもかなり無気力になっている
ゆたかとの出会いの結果、再びフルートが大好きになって、彼女のためにアニソンを吹くことが増えた
結果的に、今まで知らなかった色々なことを知れるようになったが、アニメにラノベにゲームと、もろにゆたかの影響を受けた知識の広がりっぷりを見せている点については、ゆたかが一方的に心配している
小見川莉沙
高校2年 163cm
陸上部。得意競技は短距離。称号は「陸上部の青い彗星」
ゆたかの小学校からの親友で、数少ないゆたかの友達。ドール趣味も知っていて、かつ理解がある
友達でありながら、ゆたかのことをライバルと見なしていて、体育の授業の度に競い合っている
陸上には本気で取り組んでいるが、他のことにはやや無頓着で、これといった趣味もなく、深い仲の友達もゆたかぐらいしかいない
ただし、最近、交流の増えてきた華夜とは「友達」として先輩としてやや気を遣いながらも、親しくしている
青みがかった黒髪に、黒い瞳で中性的に整った顔立ちに、抜群のスタイルのため、男女問わずモテるが、少なくとも今は恋愛に興味なし
月町華夜
高校3年 155cm
生徒会の監査係。平時の役職は書記。称号は「生徒会の冷血女帝」。本来、生徒会役員に称号はないが、他の生徒からイヤミで付けられた
また、テニス部の部長も兼ねている
監査係として、部活の活躍度を厳しい目で審査し、大抵は渋い評価をしていくため、多くの生徒から煙たがられている
性格としても、自分にも他人にも厳しい完璧主義者で、他の生徒が部活動に邁進していい結果を残してくれるなら、と憎まれ役を買って出ている節がある
厳しすぎる性格から、友達と言える間柄の人物が極端に少なかったが、莉沙やゆたかたちと少しずつ打ち解けてきた
長い黒髪を普段はストレート、部活の際はポニーテールにしている
大千氏未来/小寺かこ
高校1年 146cm
バレーボール部。ただし最近は幽霊気味。退部の危機も近い
小柄で、地毛の茶髪をツーサイドアップにしている。瞳の色は金色に近い茶
何事にも一生懸命だが、やや皮肉屋な面があるリアリスト。あまり無駄な努力はしたくないタイプ
学校ではあまり目立たない方だが、既にプロのナレーション声優として活躍しており、その際の芸名は「小寺かこ」
常葉の「秘密の先生」として、彼女が声優を目指すための稽古をつけている他、彼女の悩み相談を聞いたりと、精神的に彼女を支えている
自分自身の成長は諦めている節があり、既に精神的には老後とは本人の弁
時澤常葉
高校3年 145cm
生徒会長。自称「生徒会の究極女王」
学校ではまるで王子様のような中性的な口調だが、素は女性的な口調
やや赤みがかった黒髪を、腰の流さまで伸ばしており、気分次第で髪型は変えている。瞳は赤色
元子役女優で、現在は声優を目指して未来と個人レッスンを続けている
非常に誇り高く、責任感の強い性格で、未来と華夜以外の人間には決して弱みを見せない
決して折れない心の強さがあるが、傷付かないという訳ではなく、特に未来には溜め込んでいたものをぶつけることが多い
6
まだまだ、常葉さん家にいます。
悠里の家にも結構出入りしているけど、音楽一家である白羽家に比べると、芸能一家である時澤家は、お金持ちの豪邸であることには変わりないけど、緊張度はいくらかマシだと思う。
まあ、別に悠里の家のどこにでも高い楽器が置いてある訳じゃないけど、お母さんが外国人ということもあってか、調度品ひとつ見てもヨーロッパ感満載で、私のような庶民がくつろげる場所だとは思えなかった。
それに比べて常葉さんの家は、お金持ち度が日本人にとって親しみやすい範疇というか……。
ボイスドラマの試聴をさせてもらった常葉さんのパソコン用の椅子も、すっごい高級な本革が使われているのはわかるんだけどね。
「常葉さん。それで、これからどうします?まあ、ボイスドラマの反応を見つつ、っていうのはありますけど、次の展開にメドは付けておきたいですよね」
「それはまあ、もう一本ボイスドラマを……と言いたいところだけど。――ねぇ、ゆたかも悠里も一緒に考えてもらいたいんだけど。あたしの演技って、やっぱりまだ足りないものがあると思うの」
次の話題は、これからの二人の活動。
当然、この一本で活動を終えるつもりなんてないようだけど……。
「具体的にどう、とは言えませんけど……まあ、そこは確かに思います」
「私に言わせてもらえれば、まあ、経験不足だと思います。……常葉さんはとりあえず演技ができるようになりました。でも、まだそれだけです。――役者として馴染んでいない、と言うのは元女優には生意気な発言でしょうが」
「――気にしないで、未来。あたしもわかってた。でも、どうするのがいいかしら?数をこなそうにも、毎回大きな企画をしている訳にもいかないし、発表するからにはちゃんとしたものを、っていう考えな訳だけど……」
こういう時、具体的なことを言ってくれるのはさすがに未来ちゃんだ。
というか、地味な子だと思っていた彼女が、ここまでしっかりしている子だったとは。改めて、信じられない。……失礼だけど。
「では、こういうのはどうでしょう?私の方も、ボイスドラマ用の演技を磨くのは課題ですが、とりあえずは常葉さんがしっかりと腕を磨けるよう、非公開の完全に練習用としていくつも短いセリフを録音します。そして、それをゆたかさんや悠里さんに評価してもらう……という感じで」
「わ、私たちも関わるんだ」
「はい。もちろん、その度に常葉さんの家に集合……ではあんまりに大げさですから、データを送らせてもらって、それにメールか何かで感想をいただく、って感じですね。……やっぱりどうしても、私が常葉さんを評価しようとしても、どこかで遠慮してしまうところがあります。なので、客観的な意見をいただければ」
「ボクはそれでいいですけど……。でも、どんどんボクも未来や常葉と仲良くなって、あんまり厳しいことを言うのも、という気持ちになってきてしまっていますね……」
「確かに。私も同じ気持ちだもん」
元から、自分に直接利害関係がない話だから、ときつく言っていたつもりはないけど、もう明らかに二人は私にとっても“身内”だ。
『だけど……』
あっ、と悠里とセリフが被っていたのに気づく。……そうして、笑って。
『私も半端なものを許すつもりはないんで、きっちり意見させてもらいます』
「……さ、さすがね。ちょっとプレッシャーがあるけど……」
「アニオタ、声オタの代表をしているつもりで、厳しく行かせてもらいます。……なんかもう、吹っ切れました」
「ボクも、産まれる前からクラシックを聴き続けていた身として、白羽の名前に恥じないような意見をさせてもらいます!」
「お、お二人とも、重すぎません!?というか悠里さん、胎教でクラシックを!?」
「はい。音楽をやる年齢に早すぎるというものはありません。そこで、出産前から教えるということで――」
なんというか本当、規格外な子です、この子。
「でも、あなたたちが協力してくれるなら心強いわ。……でも、お世話になり続けるのも悪いわね」
「そんな。常葉さんは私たちをこうしてお家に招いて、お茶を出してくれたりしているじゃないですか。それだけで十分ですよ。ね、悠里」
「はい。それに、ただ音楽をやっているだけではできない経験をさせてもらってますから。……ゆたかの好きな分野のことなので、同時にゆたかのことも知ることができているようで、すごく楽しいです」
「……あなたたち。なんていうか、お人好しね。いつまでもそんなんじゃ、損ばっかりすることになるわよ」
「いいじゃないですか。友達なんですし。私は今、特にバイトとかしてる訳じゃないんで、こうやって過ごせるのはむしろ嬉しいです」
いやまあ、ドール系でちょっと活動はしているんだけど。それはイベントのある月ぐらいのがんばりで十分だし。
「ありがとう。……でも、ここまで協力してもらったからには、絶対に声優として成功してみせるわ。そしたら、あなたたちはあたしのファン二号と三号よ。今の内にサインを渡しておこうかしら」
「一号は……って、未来ちゃんですか」
「はい、もちろん!」
未来ちゃんは嬉しそうに言う。……トレーナーであり、ファン一号ってことか。
「まあ、今すぐに始める訳でもないわ。今日はこれ以上、何も考えずにゆっくりしていって」
「はい。……でも、その前に常葉さん。いい加減にこの服装、どうにかさせてくれません?」
「ふふっ、そうね。あたしとしても、いつ悠里の服をダメにしちゃわないか気が気じゃなかったの。……というかこれ、伸びちゃってるわよね、きっと」
「ボクは別に気にしませんけど……。もしよければ、お譲りしますよ?」
「……あなた、帰りはどうするのよ。あたしの服を一着あげても別に構わないけど」
「あっ、交換っこするのもいいですね!!」
「いや、あたしとしてはこの服、悪いけどきついから……」
なんでもいいから、早くこの仮想パーティーをどうにかしてください……。
「未来ちゃんも、いつまでもその格好は辛いでしょ?」
「な、なんといいますか……。私としてはなんだか慣れてきて、むしろいいって思えるようになってきたような……」
「マジで言ってる?」
「……割りと強がりです」
ですわな。
ということで、元の服装にお着替え。
やっぱり、いつもの格好が一番似合ってる、と思う。変化球は日常に必要はない、そう学べた歴史的な一場面でありました。
「……あっ、あんまり伸びてません。むしろこれぐらいだぼっとしている方が、体のラインがわかりづらくていいかも…………」
「そうね。悠里はふわっとした格好の方がいいと思うわ。……どう思う?」
「わ、私ですか?まあ、体のラインをあんまり見せつけるっていうのは、お姫様らしくないと思うんで、ふわふわ系はいいですね」
だからまあ、体のラインを隠すというのなら、常葉さんも普通にアリなんだけど――。
と、考えて、もしかすると今ここは私にとってのパラダイスめいた空間なのではないか、と気づいてしまった。
低身長の美少女が三人……しかもその内の二人は、本当にお嬢様。
「ゆたか先輩、なんだか目がヤバイ人のそれになっていません?」
「……何もないよ。何もないですよ。未来ちゃん、君は何も見ていないんだ」
「あっ、はい」
いかん。自分を抑えろ……私。私の理想はドールに、そして悠里にだけぶつけられるものなんだ……。いや、悠里にぶつけるのもどうかと思うけども。
「さて、服の話はもういいとして、ゆたか、悠里。あなたたち、何かしたいこととか、されたいことってない?」
「と、唐突ですね。なんですか?」
常葉さんはぱん、と手を叩いて注目を集めて、仕切り直す。こういうところの仕切り方はさすが生徒会長っていう気がする。なんというか、すごく手慣れている。
「さっきはあなたたちの好意、友情に甘えさせてもらうとは言ったけど、それなら、あたしたちの方でもあなたたちに、何かしてあげたいわ。何か悩んでいることでもあったら気軽に相談して。できる限りは力を貸すから」
「……されたいこと、ですか。したいことはまあ、もう十分っていうか……。私はこうやって悠里と何気ない日常を過ごしているだけで十分なんで」
「ボクも、そうです。ゆたかと一緒にいられるだけで、幸せですよ」
悠里は、少し頬を赤らめて言う。いや、照れるところ?……まあ、私もちょっと顔が熱いから、赤面してるんだろうけど。
「はぁっ……溜め息が出るほどアツアツねぇ」
「ホント、見ていて羨ましいですよ」
「……常葉さんたちが言うことすか、それ」
「あ、あらっ……?」
常葉さんはわかりやすく赤面する。……割りとカマかけだったんだけどな。
「こほん。悠里さん、何かありません?なんでもいいですよ、私たちにできることなら」
「そうは言われても、えっと……。あっ、強いて言えば」
「なんです?」
悠里がこうやって、自分の希望、願望を私以外の相手に伝えるのは、結構……いや、ものすごく珍しいことだ。それだけ未来ちゃんにも心を開いたっていうことかな。
「ゆたかの持っているようなドールを、ボクも持ってみたいです!でも、ゆたかは中々そういうお店に連れて行ってくれないので、よければ教えてもらえれば、と……」
ちょっ、この子はまた……!!
「あーっ、なるほどなるほど。ゆたか先輩的にはやっぱり、大切なお友達を沼に沈めたくはない、と」
「というか、悠里にハマる素養があるかも謎だものね……意外とお金がかかったはずだし、手軽には勧められないわよね」
「でも、やっぱり試しにでも、一体持っておきたいな、と……」
「――とのことですが、ゆたか先輩?」
「私は反対。絶対反対。悠里が私のことをより深く知ろうとしてくれてるのは嬉しいよ?でも、ドール趣味は私の中でも深淵っていうか、もっとライトなアニメとかゲームとかの方面で共通の話題を持てれば、それで私は十分だし、ドールよりはまだ浅い、一般的な範疇の沼だし……。いずれにせよ、女の子でその辺りにハマるのはどうかと思うけど」
「う、うぅっ……。でもボク、アニメはともかく、ゲームは全然下手で……」
「ということだけど、ゆたか?」
「…………私は折れませんよ。悠里を守るためなんです。安易に深淵を覗き、触れるべきではないんですよ」
そして、これは常葉さんたちにも言うつもりはないけども。
……オタクって、なろうと思ってなるものじゃないと思う。
結果的にそうなるだけであって、人が好きだからとか、それがなんとなく楽しそうだから、っていう理由で、オタクに憧れてなる。……それは、違う。
申し訳ないけど、悠里が私に合わせるために同じドールオタになったとしても、残念ながら上手く接することができないと思う。だって、今のドールオタとしての私は、コンプレックスと、それへの救いとして作られた“私”だから。
「……そう、ゆたかは言うんです。ゆたかが意地悪で意味もなくそう言うはずがありません。……でも、ボクはゆたかのことをもっと知りたくて。本当に大切な、たった一人の友達だから…………」
「……………………」
だから、やめてよ。それは反則だから。
私をそんな、泣きそうな目で見上げるのは。あなたの泣き顔も好きだけど、あなたに泣いてほしくない私は、折れざるを得なくなってしまう。
それじゃ、ダメなのに。
「悠里」
「……はい」
「私の家に悠里を呼んだことって、今まで一度もないよね。……それはまあ、人を呼ぶほどの家じゃないっていうのも理由なんだけど」
それ以上に、私の部屋には、たくさんのドールと、そのパーツと衣装がある。……たぶん、あれをただの一般人が見た時、一般的なアニメオタクの自室を見た時以上に、引いてしまう。より気持ち悪い、理解しがたい部屋であると思ってしまう。
……悠里だって、私を拒絶するかもしれない。
そう思って、絶対に家に招くことはできないでいた。
でも、そうして、悠里とドールの接触を絶ち続けることが、彼女の涙を求めることなのであれば。
「私の部屋、気持ち悪いよ。私にとっては大切な“家族”と思ってるけど。……でも、こうしてただの人形を家族って言うぐらい、ドールに関してのわたしは気持ち悪いオタクなんだ。それを悠里に見せるのが怖い。でも、悠里がそれを求めるのなら」
……言っていて、自分で思う。
なんで私と悠里のこういう真剣な話を、いちいち常葉さんの家でしているんだか。
絶対、常葉さんも未来ちゃんもぽかんとしている。でも、今の私の目にはもう、悠里しか見えていない。
「ぜひ、私の家に来てくれないかな?」
そう言った後は、なんだか清々しくて……ようやく、肩の荷が下りた気がした。
悠里は、何も知らない子だ。口では私のことを何度も語り聞かせているけど、実態がどうであるかを、きっと悠里は理解できていない。
だから、実際に目で見て知った時。悠里は困惑し、私のことが怖くなるかもしれない。
そんな爆弾を抱え続けたままの生活が、はたして友達付き合いとして、健全なものだったんだろうか?
ずっと抱え続けていた“荷物”とは、もしかすると、彼女に私の部屋を見せていないという事実よりも、それを憂いていた気持ちだったんじゃないだろうか。……だから、悠里が私の全てを知った結果、どうなるかはもう今の問題じゃない。
見てほしい、そう言った時点で私の肩の荷は下りている。
「…………はい。ぜひ、お邪魔させてもらいます」
笑顔の悠里を見て。私もまた、顔をくしゃくしゃにして笑い返していた。
ああ、これでよかったんだ。
間違って、いなかったんだな。




