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加勢となる者

 目の前には、見上げるほどもあるシャッター。すぐ隣を見れば、こじんまりとした扉が備え付けられている。素直にそのドアノブに手をかけようとした楓だったが、コマの大きな頭が間に入り、邪魔をする。


「ちょっと、コマさん?」


 鼻先でノブを触ってみるが、何か仕掛けられているわけではなかった。

 後ろ足で立ち上がり、狼の手のままでノブを押し回してみる。すぐさま扉から離れたが、何かが飛び出してくるわけでも、落ちてくる物もない。


「……考え過ぎだよ。ネキさんを返してもらうだけなんだから」

「そうさ。人間の子供なんて、小細工するまでもないだろう?」


 今まで反響するように響いていた声が、酷く近くで聞こえた事に、コマは牙を剥き出す。

 それでも、楓は小さくリードを引き、彼を引き止める。

 温かな蝋燭の灯りに、手入れの良い金髪が美しくきらめき、少女と見紛うほどの少年は、

わざとらしいほどうやうやしく中へ入るよううながした。

 奥には、大きな鎖に吊るされたネキ。そして、薄笑いを浮かべたたくましい体つきをした大男、一切の感情を排した表情をする少女に、眉間にシワを寄せた黒い長髪の美しい青年。


「ネキさんを、連れて来てください」


 あまりにも異質な雰囲気に、手の平にはいつの間にか汗をかいており、声が消え入りそうになるのを堪えて、楓はリードを握りしめて叫んだ。


「入れって言ったろ? 人間」

「人間って……えっと、あなただって人間でしょう? こんな事、やめようよ」


 美しい少年は、いやらしく口の端を持ち上げる。


「聞いたかよ、僕が人間だって!」

「まあ、姿形は人間だろうがよ。外見で判断したら、痛い目見るぜ? お嬢ちゃん」

「どうでもいいや。猫を引き取りたかったら、自分で助けろよ。お前が、本物だったらな」


 あっさりと大男の言葉を一蹴し、少年は一足飛びに鳶色の髪をして少女の隣に降り立った。


「本物って、何の事?」

「何って? 本当に呆れるね。いいから鎖を外してみろ。これ以上言わせるなら、ひねり潰すよ?」


 可愛らしい顔で、さらりと恐ろしい事を言う少年に、楓は思わずコマの背に手をやる。そこで楓はコマの異変に気がついた。

 彼の硬い背中の毛は気の高ぶりに逆立ち、筋肉の小さな動きに落ち着きなくざわめいている。その息遣いは荒く、目の前にした彼らがどれだけ厳しい相手であるのかを思い知る。

 恐ろしくたぎる血を押さえるコマの背を、楓は少しだけ力を込めて叩いた。


「怒らない!」


 普段のコマになってと言うように、楓は声を張った。

 その厳しい声に、コマは大きく息を吐き出し、金色の目を素早く瞬かせた。


「いい? ネキさん、優先だよ」


 ゆっくりと歩き出す一人と一匹に、少年が我慢出来ずに嘲笑する。


「獣人がチビの言う事聞いてるよ、イレイン」

「そうね」


 鳶色の巻き髪に手をやり、そろそろと歩くコマと楓を眺めながら、つまらなそうに目を細めた。

 強く美しいあの方の横に立つには、楓は身分不相応だと思ったからだ。

 どこをどう見ても惹かれるわけではない容姿の少女に、彼が求める物は、彼女が持つ『光』の力しかないだろう。

 見目も、悠久の時を共に歩ける年月も、全てイレインが有利なはずである。唯一たる力を手に入れさえすれば。力を失ったあの貧相な娘など見捨て、彼が傍にいるのはイレインとなるはずだ。

 今、目の前にいる少女が、まさしく本物の光であるならば。

 手を出してこない彼らを警戒しながらも、楓はネキに駆け寄った。


「ネキ、さん?」

「……しょうがないねぇ。くるなって、言っただろう?」


 目を開かないのではないかと思うほど、彼女の顔も、全身も赤く青く腫れあがっている。

 口を少し歪め、それでもわずかに目を開き、ネキは苦笑した。


「私なら、鎖外せるんだって」

「いいから、帰りな。特に野良犬、あんた槙原様に殺されるよ」

「大丈夫。散歩してただけって言うから」


 真剣な顔で言う楓に、コマとネキは出来る限り目を見開いて息を呑む。

 思わず吹き出したネキの声を聞きつけて、少年が痺れを切らし、苛立ちを隠す事もなく声高に叫んだ。


「早くしろよ!」

「どうしたらいいの? 鍵も何もないのに」

「はあ? お前、光なんだろ?」


 それを聞いて楓は、ああと呟いた。

 だが、力の使い方を知っているわけではない。それでもネキの手を繋いでいる鎖を辿り、鎖の端にミトンのまま手を触れる。引っ張ってみるが、微動だにしない。


「光だからって、考えて何か出来るわけじゃないのに……」

「……楓、ズボンを出しておいてくれ」

「え? うん」


 オレンジ色のコートの下に隠し持っていたコマのズボンを、コートの裾から引きずり出す。コマに渡し、鎖がくくりつけられている鉄骨に足をかけ、力ずくで鎖を引っ張ってみる。


「はーずーれーてーっ!」


 金切り声をあげる楓に、イレインが冷めた瞳で小さくため息をついた。


「……品性のカケラもありませんのね」

「あー、もう飽きた」


 楓の姿に腹を抱えて笑っていたマノの楽しげな姿が一転し、冷酷さが顔を覗かせる。

 金茶の瞳に危険な色が浮かび、イレインの白く細い左手を両手で包み込んだ。


「光かどうかなんて、喰えば分かるんだからさ。余興は終わりにしようよ、イレイン」

「そうもいかないわ、マノ。こんな貧相な人間でも、あの方の手持ちなのだから段階を踏んでおかないと」

「……あの方、あの方って。今この場所にいないんだからさ。それに力を手に入れて、あの家で帰りを待ってた方がよっぽどいいんじゃないか? ほら、あの方にとってもさ」


 クルクルと印象を変える金茶の瞳に、イレインが小首をかしげる。


「そうかしら」

「そうに決まってるよ。使命のせいで厄介な光に手を出せなかったのを、イレインが代わりに潰してやるんだ。ついでに光の力も手に入れれば、足手まといにもならず一緒に歩いていけるだろう?」

「……そう、そうよね」

「そうだよ! でも、僕にも光の一部をくれよ? イレインを護る力を持つ者は、一人でも多いほうがいいだろうからね」

「そうね」


 小さくうなずいて、背後を護るように立つグレッグへと振り返った。


「グレッグ、あれをここへ」

「はい」


 端整な面持ちの彼は、表情を崩す事なく彼女の後ろから前に出た――


 ――その瞬間、辺りが白い光に包まれる。

 吸血鬼である彼らの目を焼くほどの光ではないにしろ、それぞれの心を動かすには十分過ぎるほどの光。


「あれが……!」


 逸る心に突き動かされて、イレインが楓の方へと足を向けた。

 それに違わず、他の三人も光に目を奪われ、その不可思議な引力に操られるように引き寄せられる。

 光が消えた後には、ズボンのみを身につけた銀髪の男が身構えていた。無残に引き千切られた鎖を足蹴にし、乱れた金髪を手で簡単に直しながら、解き放たれた歓喜と屈辱を晴らす為、青い瞳を剣呑に光らせる女が楓を背にして彼らの前に立ちふさがる。


「……帰るぞ」

「何言ってるのさ、やられた分やり返さなきゃ気も晴れないってもんさ」

「ネキさん、ダメ!」


 ネキの服の裾を小さな手がつかみ、引き止める。

 必死な少女に同意するように、コマは四人から目を離す事なくうなずいた。


「お前は簡単に捕まった。どうせまた捕まる」

「はあ!? 誰にモノを言ってると思ってんだい!」

「ネキさんに、だよ」

「そうだ。槙原様が帰る前に、何事もなく家に戻る。楓は何があっても、この建物から出る事を優先しろ」

「うん!」


 身を翻し、言う事の聞かない足を出来る限り早く前に出した。




 いち早くグレッグが大きく跳躍し、コマは迎撃するように強く地を蹴り――いや、跳びあがる前に黒い影が空中で彼と激突した。目と鼻が隠れるような鋭く尖った鳥のくちばしにも見て取れる変わった仮面をつけた男。彼の背にある闇に紛れるほどの美しい漆黒の翼を、茶色い瞳が捉える。


「あーっ! もう俺の領分じゃないと思ったのによっ!」

「カラス先生っ!」


 歓喜の声を楓が上げたが、カラスは目前の敵から目を逸らす事なく、コマとネキを鋭く叱責する。


「力量を知れっ!」


 その言葉と同時に、コマは一跳びで楓の傍に降り立ち、すくい上げるように左腕で彼女を担ぎ、その勢いのまま入ってきた狭い入り口ではなく、閉め切ったままの大きなシャッターを蹴り飛ばす。

 歪みよじれたシャッターの隙間に潜り込もうとする前に、闇が広がり行く先を塞いだ。

 ネキはイレインが指差した事で、何かしたのだと瞬時に理解し、小さな彼女に獰猛さを隠す事なく跳びかかる。

 カラスは舌打ちをし、即座に羽を一枚抜き取り、闘志を剥き出しにしたネキへとダーツのように投げる。その後の反応を見届けるでもなく、カラスは手にした錫杖を相対している彼に突きつけた。


「お前が『そっち側』につくとはな」


 だが彼は何も答えず、黒髪をたなびかせて無数の蝙蝠を生み出す。カラスは瞬時に背中の翼で突風を起こせば、蝙蝠達は霧散し掻き消えた。

 大きく吹き飛ばされたグレッグとの距離をすぐさま詰め、錫杖しゃくじょうで彼をお世辞にも綺麗とは呼べない壁へと押さえつける。


「リディアは、どーしたよ?」


 さすがにびくりと身体を震わせ、グレッグの表情に動揺が浮かぶ。


「彼女の顔を見たか?」

「だま……れっ!」


 もがくが蝙蝠へと変身も出来ず、闇に紛れる事も出来ない。カラスはその様子を酷く楽しげに見つめ、口の端を大きく持ち上げた。


「動けないだろう? コイツには、あのジョイスだって手間取るからなぁ。お前なんぞに逃れられやしないのさ」


 人の子よ。と、耳元で囁いてクツクツと笑う。

 この錫杖は、浄化し吸収する力を秘めた物だった。仕事上、不浄極まる場所が多い為、特別に鍛え上げた杖だが、使い方によっては闇の者達を制圧出来るほどの力を持つ。力を削がれた相手は、普通の人間とさほど変わらない。


「迎えが来るまで、イイコにしてような?」


 初めて悔しげに顔を歪めたグレッグに向け、カラスは抜き取った羽をノド元に突き立てた。


「おやすみ、お前の悪夢はこれからだ」


 おそらく最後の方の言葉は聞き取れていなかったろう。

 グレッグは脱力したまま、冷たいコンクリートの床へと落下していった。



 カラスの様子をのん気に見守る事も出来ず、外に出る事が叶わなくなったコマは楓を立たせ、身軽になった身体で強引に広がる闇を突き破ろうと試みる。楓も何か出来ないかと、目の前に広がる不自然な闇に手を伸ばした瞬間、闇の中から無数の黒い手が伸び、襲いかかった。

さすがに楓が小さく悲鳴をあげた瞬間、横からの衝撃に突き飛ばされていた。


「コマさん!」


 今まで立っていた場所を見て、楓は思わず声をあげた。

 彼は、無数の黒い手につかまれ、引きずりこまれそうになっていた。必死に抵抗しているようだが、彼の腕力を持ってしても逃れる事は容易ではない。


「――く、るなっ」


 立ち上がった楓を、その手の隙間から見てコマは声を絞り出した。

 小さな彼女などひとたまりもないだろう。そしてその手には、コマの意識を蝕む何かが宿っていた。

 闇の力が、コマの奥深くに作用し、本人の忌み嫌う獣を呼び起こす。


 抵抗した。

 いつかの二の舞にだけはしたくない。

 彼女だけには、あの姿を知られたくない、と。


 だが否応なしに闇がコマへと流れ込む。心地良くさえ思えるその感覚に抗いながら、コマは苦しげに声をあげた。


「……楓。俺を、見るな――!」



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