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満月の夜に(1)

 イルミネーションが美しい駅前通り。散りばめられた光が降る中を、人々がごった返している。

 全体的にクリスマスを意識しているのだろうか。まだ11月の初めであるというのに。

 そんな中でただ立ち尽くし、ぼんやりと煌びやかな光の渦を眺めている十五才くらいの少女。

 肌寒くはあるが、ボタンは留めずにオレンジ色のコートを羽織っている。

 彼女がつまらなそうに見ているのは、光の裏にあるビルから吊るされている大きな垂れ幕。


  冬はホットビズ!

  地球温暖化防止のために 節電しよう!


「……信用がた落ち?」


 首を上げているのにも疲れる。

 布の無駄。電気の無駄。金の無駄。そして労力の無駄。

 黒髪ショートボブの少女は、もともと高いわけではないテンションが、さらに落ち込むのを感じながら、イルミネーションのない閑散としたビル群へと目を向けた。

 光を見過ぎて、視界から白い点が抜けない。


「めんどくさい。帰ろ」


 待ち合わせをしていたのだが、相手が来ない。

 とりあえず辺りを見回したが、カップルばかりで自分を探しているような人間は見受けられなかった。

 確認はしたし、帰ろう。

 少女は確かに15分ほど遅刻した。家に携帯も忘れた。

 普段さほど必要としてないので、不携帯の頻度も高いのだが、今日忘れたのは失敗だった。


「まぁ、帰れば連絡も取れるだろうし」


 相手の携帯番号なんて覚えていない。

 曇天のせいで星は見えないが、光にやられた目を癒すために空を見上げる。

 視線をさげ、家の方角へ足を向けたその時、何者かに肩を掴まれた。

 その力強さに怯むどころか、あまりの痛さに振り向き、恨みを込めてガンをとばす。


「あ。いた」


 痛い事の報告ではなく、待ち合わせの相手が目の前にいたのだ。


「…………『いた』じゃないだろう! 何度も呼んでるのに、なにシカトしてるんだ」


 慌てて走って来たのだろう。

 年の頃は二十歳くらい。黒いロングコートを着た、灰色短髪で長身の青年が肩で息をして、小さく唸り声をあげる。

 少女は少しだけ申し訳なさそうに、彼の方に向き直り声をかけた。


「いなかったから、帰ろうかと思って」


 その言葉に彼は目を丸くし、脱力するかのように肩を落とした。


「……今日くらい携帯を持て。何度も連絡したんだぞ」

「うん。それは確かに思った。でも携帯にばかり気を使っていたくないんだよね」


 いつでも誰かと繋がっている事が、時に苦痛なのである。

 電源を切り忘れて、迷惑する場面とてあるのだ。

 ゆえに、めんどくさい。

 持たなくても、実は大した事なかったりするものだから、彼女にとって必要性が希薄すぎるのだ。


「この自由な感じが好きなんだよね。自分の時間って感じがするじゃん」

「まぁ分かるけど。かえでに何かあれば、オレがただでは済まされないんだぞ」


 悪びれずに見つめてくる少女に、彼は小さく息を吐いた。

 しかしすぐに、気分を変える為か上を見上げてから、嬉しそうに楓を見る。


「それよりさ、ここ綺麗だろう? バイト先で見た雑誌に載っていたのだ。楓、こういうの好きかと思ってね」

「なに? コマさん、こういうの好きなんだ。意外と乙女チックなんだね」

「オレじゃなくて!」


 楓と呼ばれた少女は、顔を真っ赤にさせて怒るコマと呼んだ青年に、笑顔を向けた。

 からかわれたと、すぐさま気付いたのだろうコマは、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。


「で? 私、なんで呼び出されたの?」

「いや、だから……」


 ぐるりとイルミネーションを指さすコマ。

 楓はあからさまに呆れた表情を浮かべ、聞こえよがしに溜息を吐いた。


「わー。チョーきれーい。この寒い中、呼び出してくれてありがとー。コマさん、ダイスキー」

「……わかったよ。ダシに使って悪かった。オレが一度見たかっただけだよ」


 楓が棒読みで言ってやると、コマは少し顔を赤くして、イーッと歯を見せる。


「最初から素直に言えばいいのに」


 コマの八重歯というより、犬歯に近いソレを見て、楓は慌てて空を振り仰いだ。

 雲の切れ間から、白くぼんやりとした月が顔を出そうとしている。


「コマさん。帰るよ」

「なんでだ! 楓、今来た所だろう? もうちょっと見たいんじゃないか?」


 慌てて引き止めようとする彼に、楓が人差し指を上に向けた。

 それにつられて、コマが上を向く。

 雲の切れ間は狭く、月は全体を現すまでには至っていないが、コマをひどく動揺させるほどの力を持っていた。


「かかか帰るぞ!」

「こんな満月の日を、わざわざ選ばなきゃいいのに」


 楓のつぶやきも、コマには届かなかったようだ。

 大慌てでロングコートに付いているフードをかぶり、楓を軽々と抱き上げて、彼は逃げるように早足でその場を立ち去る。

 人通りと街灯の少ない裏路地に逃げ込み、コマはやっと楓を建物の影に降ろし、少し先へと入っていった。

 楓は肩掛けカバンから、小さな白いウサギが散りばめられたピンク地のエコバッグを、慣れた様子で取り出す。


「天気予報じゃ、ずっと曇りだって言ってたから、大丈夫だと踏んでたんだが……」


 幾分、申し訳なさそうに言い訳をする四足の大きな獣が暗がりから姿を現す。

 脱ぎ散らかされた男物の衣服を、口で拾い上げながら楓に渡した。


「なんで満月の日なんか、選ぶのよ」


 機嫌の悪さを、あからさまに前面に押し出し、先程のつぶやきを、はっきりと口にした。

 灰色の立派な毛並みをした大きな獣は、耳をさげ、しっぽを股の間に入れながら上目使いで楓を見る。


「満月は、調子がいいんだよ。楓がいれば、今みたいな事があっても安心して出歩けるだろう?」

「……やっぱりね。そのために私を呼びつけたんだと思った! でも、こういう事なら今度からパパに頼んでよ」


 めんどくさいのよ。

 と、人差し指をコマの鼻に突きつけ、冷めた目と厳しい口調で言う。


「楓は時々、恐ろしい事を口にするな。男二人でイルミネーションなんか見たって楽しいものか! 男二人でカフェで座っていただけで……」


 その時の状況を思い出したのか、コマは大きく体を振るわせた。


「ってゆーか、またあんな思いをするくらいなら、暴れてやる」

「そう? ってゆーか、暴れるくらいなら保健所に連れて行かれればいいのよ」


 コマの言い方の真似をしながら、コマの首に特注で頼んだ大きな首輪をはめてやる。

 それにつなぐリードは、小型犬用の物であるが。


「楓。そのリード、新しくしたのか?」

「そうよ。カワイイでしょ? ピンクでお花が付いてるのが欲しかったんだ!」

「……そうか」


 何も言うまい。とばかりに、コマは楓の歩調に合わせて歩き始める。

 本来なら、獣相応の頑丈なリードを使うべきなのだろうが、楓の、


「だって、コマさんに合わせたら、どれだけ重たいリード使わないといけないのよ。

 いい? コマさん。リードをちぎったあげく、メス犬に擦り寄ったりしたら、保健所行きだからね」


 との温かい言葉に、コマはいつだって大人しくしていた。

 ご近所さんの不安そうな苦情のたびに、彼らの目の前で、楓による上下関係を示すシツケを披露してきた。

 いつも最後には、ご近所さんから涙ながらの「やめてあげて」という言葉にコマは救われてきたが。


 近所から離れた場所で、こんな状況を見せつけられれば、人通りが少ないとはいえ、すれ違う人間はやはり不安気な表情を浮かべている。

 しかし、ピンクのリードを使えて機嫌が直ったのか、楓はそんな事には気にもとめず、足取りも軽い。


「まったく、人狼じんろうってめんどくさいよね。なんで人狼になったんだっけ?」

「……生まれつきだ。なんでも何もない。楓は何故あの父親を選んだんだ?」

「物心ついた時からパパだったんだから、選んだわけじゃないんじゃない?」


 楓は首をかしげながら、コマを見た。

 コマも低い声で笑い、どんどんゆっくりになる楓に付き添うようにペースを合わせる。

 街灯は少なく、人通りもなくなった暗い夜道。

 すでに月も隠れたというのに、コマは姿を元に戻そうとしない事に、楓は首を傾げた。


「コマさん。そろそろ戻っても大丈夫なんじゃない?」

「いや、この方が安全だろう。いざという時、服が動きの邪魔をしないしな」


 コマが後足で立ち上がれば、ゆうに二メートルは越えるだろう。

 スラッとした足ではなく、がっしりとした筋肉質の足は、それだけで威圧的である。


「ずっとこの格好でいたらいいのに」

「そうはいかないだろう。楓の家に住まわせて貰ってる限り、タダとはいかん。金を稼ぐのは人間の体の方が都合がいい」


 話しながらも、いよいよ止まりかけている楓の足。

 乗れと言うように、コマはアゴで指し示す。

 楓は待ってましたとばかりに、背中に腰かけながら溜息を吐いた。


「コマさん、頭が固いよね。パパは獣に金を出させるほど、落ちぶれてない! って言ってるのに」

「……固いとかの問題じゃないだろう。ってゆーか獣を絡めて、『落ちぶれる』と使う辺りが気に食わないからだ」


 毛を逆立てながら、コマが低い声で唸る。

 楓は、無言で肩をすくめ、更なる安定性を求めて、首輪を手綱のように握った。


「コマさん。『ってゆーか』って言葉、好きだよね」

「楓は、話のすり替えが好きだな」


 辺りに注意を向けながら歩を進めるコマに、楓は首輪を強く持ち直す。

 厚い雲が覆っている為、真の闇に包まれながらも彼が道を外す事はない。

 静まり返った裏通りを、二人は風のように駆け抜けていった。



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