炎からの愛
「マヘ ズ プラメノム!!」
魔法提唱をした白髪の青年の前にかざした手から業火のようにメラメラと燃え上がる炎が出現し、その炎が青年の相手に向かっていく。それを赤髪の少女は何事もないかのように受けると、暴れまわる炎は少女の体に吸い取られていくが、青年はそれを計算に入れていまの攻撃を仕掛けた。
「くっ!!」
少女が小さな悲鳴を上げると青年は心のなかで小さくガッツポーズをする。彼女に炎魔法は効かない。だが、彼が最近新たに覚えた『提唱魔法』なら炎魔法でも多少のダメージを彼女に与えることができる。
青年は素早く次に撃つ予定の風魔法の準備を始めるが、まだ提唱魔法に慣れていないのか、提唱を読み上げるのに時間がかかる。頭で提唱を思い出しそれを口から発声するわけだが、その間のコンマ数秒が少女に隙を与えてしまう。
「遅い!!」
少女は提唱を言う必要がない。なぜならば、彼女にとって提唱魔法は提唱をしなくてもよいほど慣れきっているからである。よって、頭の中で魔法を想像して青年に撃つ。
強烈な青い炎が青年の目の前に迫ってくると青年は顔が真っ青になり、頭の中は真っ白になる。そして、青い炎が青年の目の前に迫ると何事もないように消える。
「やばかった......」
真っ白な頭から一番最初に出た言葉がこれである。それを見ていた赤髪の少女は苦笑いを浮かべ手を口に当てると、
「ふぅー 今日はいいところまで行ったね、レイスくん」
と嬉しそうに言う。褒め言葉をもらったレイスは素直に嬉しいが、恐ろしいほどの美貌をもつ少女に負けたことに対する悔しさも顔ににじみ出ている。
「くそ、今日も負けた」
「でも良かったよ?」
「それでも負けは負けです」
美少女からの褒め言葉で舞い上がりそうになる心を鬼にし、そう少女に返すと少女は、
「確かに自分に対して厳しくすることは大事だけれど、褒めてもらったことに対して嬉しさを爆発させるのも大事だよ」
と可愛らしく言ってくる。フィリノの言葉に『わかりました』と頷くが、『爆発』の意味はよく理解していないレイスであった。
初めての彼女との特訓から約一ヶ月が経っているが、まだレイスはフィリノに勝っていない。最近はギリギリのところまで彼女を追い詰めているようにも見えるが、もしかしたらフィリノはただ疲れたふりをしている可能性があるのではないかとレイスは考えていた。
それでも、ほんの数週間前よりはマシであるとレイスは思う。最近の特訓ではすべてのフィリノの攻撃は魔法であるが、前までは九割以上の攻撃が体術であった。ここまで、彼女に魔法を使わせられるようになったのも、『提唱魔法』のおかげだとレイスはつくづく思う。
ーーーーー初めての特訓のあとーーーーー
フィリノについて行き食堂に着くと、フィリノはすかさず
「カレー2つお願いします!」
と元気よく店員に告げる。適当に空いている席に座るとレイスは聞きたいことを聞こうと机に前のめりになるが、それをフィリノが右手で制す。
「まってね。お腹が空いちゃってるからまずカレーを食べてから。」
仕方なく席に座るとカレーが来るまでの間レイスとフィリノは一つも会話をせず静寂が続く。気まずいなとレイスが思い始めた頃にやっとカレーが来ると助かったとレイスは心の底から思いながら、フィリノにカレーの見た目についての感想を言う。
「見た感じ結構普通のカレーですね」
「うん、早く食べな」
「えっ、あぁそうですね。いただきます」
「いただきます」
手を合わせそう言うと、パクパクと美味しそうに食べるフィリノを見ながらレイスもカレーを食べ始める。何も変哲もない普通のカレーだが、これがまた美味い。レイスは夢中になりそうになるのを必死に抑えて、
「すごく美味しいです。フィリノさん!!」
と言いスプーンで次のカレーをすくって口に持っていこうとするが、フィリノが食べる手を止めレイスをじっと見つめてくると、花のような笑顔を見せてカレーについて熱く語りだしたではないか!
「ここのカレーはね、東南にあるウルヘルムシティーのポークを使っていてね......」
と嬉しそうにフィリノがこんな話を数十分も続ける。そして、レイスは先輩が話をしている時に食べるのは失礼だと思い、なかなかスプーンですくったカレーを口に持っていくことができなかったのである。
カレーが食べ終わるとフィリノは口元に付いたカレーを拭き取りながらレイスに、
「で、なんか色々聞きたいみたいだけど、ワンクエスチョンずつお願いね」
と聞いてくるので、レイスはわかったと頷くと、まず一番気になった質問をフィリノにする。
「さっきの特訓の時に炎魔法が効かなかったのはなぜですか?」
「それは簡単だよ。私は加護によって......言い方は変だけど、炎魔法に愛されているから普通の炎魔法は効かないんだよ。」
「愛されている? どういうことですか?」
「そのままだよ。加護のおかげで炎魔法は私のことが大好きだから傷一つ付けれないの!」
「はぁー?」
全く理解ができないとレイスは首を傾げる。そんなレイスの反応にフィリノは不満げな顔をしてくる。きっとフィリノの言っている通り、炎魔法は彼女に効かない。それはさっきレイスが戦いの中で実際に見たのでレイスは確信を持つことができた。しかし、愛されているとは意味がわからない。
そこで、彼女には更に聞きたいことがあると、レイスは質問をさらに加える。
「フィリノさんの加護には炎魔法は絶対効かないんですか? 何か効く方法はないんですか?」
「もちろん魔法じゃなければ炎の攻撃は少しは私に効くよ。もちろん普通の人よりは効かないけど。」
あるのか! と驚きながらレイスはそれについてさらに質問をする。
「何だったら炎でも聞くんですか!?」
「それはちょっと教えられないな〜」
「そこをなんとか!!」
手を合わせフィリノに願いを乞うと、フィリノは仕方なさそうだが、しかし、嬉しそうな顔をしながらレイスに、
「提唱魔法なら炎の攻撃でも多少は私に効くよ」
と教えてくる。
『こんなにあっさり教えてくれたよフィリノさん!? きっとこれは教えたかったんだろうな... 』
と頭の中で苦笑をしながらレイスは思う。
「それで提唱魔法ってなんですか?」
「...... 知らないの?」
「はい、学校では習わなかったと思います」
「えぇ~本当に?」
「はぁ~ たぶん...」
なんだか嫌そうな顔をしながらフィリノはレイスに聞いてくるので、それをレイスは申し訳なさそうに答える。レイスが学校で習った魔法学問は大きく分けて3つありそれぞれ『基礎魔法』『構造魔法』『古代魔法』であり、基礎魔法と構造魔法はそれぞれ最も純粋な魔法である。この2つを極めることによって炎魔法や風魔法などを使えるようになる。古代魔法は名前のとおり昔使われていた魔法であるが、古代魔法を極めることにより構造魔法の幅が広がりたくさんの新しい魔法を覚えられるようになるのでこれもまた大事な魔法学問である。
しかし、『提唱魔法』はレイス自身聞いたことが無い魔法であり、その新しい魔法学問に対してレイスは俄然興味が湧いていた。そのレイスの気持ちを悟ったのか、フィリノは嫌そうな顔から少し呆れ顔になりレイスに提唱魔法について教えてくれた。
「提唱魔法って言うのは、書いて字の如く提唱することによって発動する魔法だよ。威力は現代魔法よりも強いけど、提唱する時に決まった単語をいくつか発声しないといけないから使いこなすのに時間が結構必要なんだよね。それでも慣れれば口に出さなくても使えるようになるから覚えといたほうが良いよ」
「へぇ~」
「あとこれはミニ知識だけど、提唱魔法っていうのは構造魔法の素になった古代魔法だよ!」
「えっと......すなわち、昔の人は構造魔法で魔法を生成するのではなく、発声する事によって魔法を作っていたってことですかね!?」
「そういうこと」
「それはすごい!!!」
「!!!」
目をキラキラと輝かせながら嬉しそうに言うレイスにフィリノは驚きながら、
「そんなにすごい?」
と聞き返すと、レイスはなおも目を輝かせながらフィリノに言う。
「僕って実は構造魔法学が大好きでして、本当は希望進路は軍隊の『構造魔法研究科』だったんですけど......」
喋っているうちに自身の希望していた場所で働けなかったことについて少し悲しくなってきたレイスに、フィリノは追い打ちをかけるように、
「だからだよ、構造魔法研究科ていうのは秀才・天才が集まるところだよ。レイスくんの学校での成績を見たけどあの成績じゃそこに入れなくて当たり前だろうね」
悪気はなさそうに言ってくる天然少女フィリノにレイスの心はさらに悲しくなっていくのであった。
「とりあえず、これからは提唱魔法も教えてあげるから! 一緒に頑張ろう!!」
「はい!」
まだ少し悲しい心に鞭を打つように力強く返事をすると、フィリノはニッコリと微笑む。
「他に聞きたいこととかある? ふあ~わわ」
変なあくびをしながらフィリノはレイスに聞くと、レイスはあと2つ質問があったがフィリノに悪いので一つに質問を絞る。
「村の中...いいえ、国の中に悪魔が現れたのはなぜですか?」
「......」
『悪魔』はもともとは人間の敵であったが、昔、人間に恋をした悪魔が人間の女に魔法を授けたのが魔術師の始まりであると言われている。そして、その女の魔術師が聖護を作り出し、他の人間たちに魔法を教えたとも言われている。しかし、人間として生きたいと願った者達は魔法を覚えず、魔術師達と対立するような形で始まったのが今この世界で行われている戦争の原因である。
そして、その戦争には3つの大きな勢力があり、剣王率いる『人間』。ファニール国を含む三つの国が合わさった『魔術師』。そして、魔法を授けた『悪魔』である。
悪魔が戦争に加わっている理由は簡単で、彼らにとっての『外界』、すなわちこの世界で広まってしまった魔法を奪い返すためであるが、人間たちの撲滅も一つの理由ではないかと専門家達は考えている。
しかし、現在戦争を有利に進めているのは『人間』であり、その理由が剣を握れば無敵を誇る『剣王』のおかげというのは世界の常識と言っても過言ではない。現在の剣王は三体いる上級悪魔を一人で圧倒するというのだから驚きである。
そして、最も劣勢なのがレイスたちのいる魔術師達である。いま現在魔術師達の中に一体の上級悪魔と互角に戦える現役の魔術師は一人しかおらず、グレイスオムリオが一線を退いてからは魔術師たちの勢力はどんどん落ちてきている、と本で最近読んだとレイスは思い返す。父オムリオの娘である事実と共に人々の期待の重圧でフィリノが押しつぶされないと良いがと最近毎日のように考えていることはレイス自身の秘密である。
ーーーーー話をもとに戻そうーーーーー
ファニール国の周りには魔法結界が貼ってあり、どんな悪魔でも外からの侵入は絶対的に不可能である。もし結界に不具合が出てもその場には必ず警察隊がいるので不具合はすぐに解消される。しかし、今回は悪魔が国内に出現した。一体なぜなのだとレイスとフィリノは目をつむり考えていると横から、
「原因は不明だとよ!」
「わっ!!」
レイスとフィリノが二人同時に驚き隣を見ると、金髪の少女が立っていた。