弧と戸惑い
「よろしく、私はフィリノ・オムリオよ!」
その言葉が何故か自分の頭のなかでリフレインした。フィリノと言うこの少女は、美人というよりも可愛らしいという言葉がよく似合う。クリっとした目、ポニーテールの髪は力強い赤色でいまにも燃えそうだが、それとは反対に女性らしい色白の肌に唇は柔らかい桃色で、首元から見える鎖骨には吸い付きたくなる衝動に駆られそうになるなど女性らしさも持ち合わせている。
そして出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるし、ちょうどいい具合に肉がついており決して胸は大きくはないが小さくもなく抱きついたらさぞ気持ちが良いのだろうとつい最近まで高校生だったレイスはフィリノのことを見つめながら考える。
「あのー大丈夫君? もしかして、緊張しすぎて声が出ないとかじゃないよね?」
「アホだなフィリノ! 彼は多分いま君に欲情してるんだよ!」
「えっ!? まさか、あったばかりの人にそんなこと考えるなんて、もしかして君、いやレイスくんって変態?」
「男なんて皆そうだぜフィリノ......って、フィリノに変なことを吹きこむなエル!!」
「いまの一言は完全に決定打になったみたいだね、イアン!?」
そう、エルと呼ばれる金髪のボブヘアーに身長は百五十センチもない小さな少女がイアンと呼ばれる体格のいい黒髪の男に告げると、彼は真っ青になりながらフィリノの方へ向く。向いた先の少女の手のひらには直径五センチほどの小さな炎の球体が出来上がっていた。
「眠れ」
そう冷徹に言い放つとイアンは焼き尽くされはしないが、そのまま倒れてしまう。その一部始終を見ていたレイスは自分の変な噂が立つかもしれないという焦りが消え、また違う焦りが生じていた。フィリノと呼ばれるこの少女は仕事仲間を燃やしはしないが、炎に包んでその仲間は立ち上がらないではないか!! もしや死んでしまったのではないかという焦りが生じていたのだが、
「いつものことだから気にしないで、いまのは睡眠魔法を火の玉の中に込めてそのまま魔法がかかった相手を寝むらせてしまうっていう簡単な魔法よ。」
そう本当に簡単そうに説明したエルだったが、どう考えてもそんな魔法は簡単ではないであろう。実際、名門校と呼ばれる学校を平均的な成績で卒業したレイスでさえやり方の見当もつかないし、一つの魔法の中に違う魔法を込めるなど教えてもらったことがない。そんなレイスに気がついたのか、
「もしよければ今度教えてあげよっか?」
と美少女フィリノが聞いてきた。
「ぜひ打ち消し方をお願いします。」
そう答えたのはいつの間にか起き上がっていたイアンである。レイスも全く同じことを聞こうとしていたのでこれは助かったと思ったのは一瞬でフィリノが目を細めると、
「起きるのが早くなったね? お願いだから今はイアンは寝ていて!!」
と伝えると、そのままイアンはまた倒れてしまったのだ。
「おぉ~ いまのはやるねぇ~」
とエルが言うと、
「まあね」
とフィリノがそっけなく答えたが、レイスには一体何がすごかったのかは全くわからなかったのである。
「私はエル、一応炎魔法と土魔法を使えるよ。まぁ~もちろん炎魔法の方が得意だけど。とりあえずよろしく!」
手を差し出してくるエルの手を握り返す。エルグレイムハーツは二四歳とレイスよりも六歳年上らしいが、全くそういうふうには見えない。むしろ年下に見えるくらいだ。タレ目の目と喋り方のギャップが可愛らしく、顔も上玉といったところだろうか。他にもイアンルジュール、二一歳、見た目は頼れるお兄さんだがさっきの様子だとそうでもないような気がしてならない。
「あ、あとイアンも当たり前だけど炎魔法と風魔法の使い手だけど、炎魔法専門だから。」
と、エルが追加して教えてくる。
そして、この部屋に入ったときから気になっているのがフィリノオムリオ、二一歳、意外にも彼女は炎魔法しか使えないらしい。やはり彼女も歳上なのかとなぜか少し心のなかでガッカリしていたレイスだったが、あまり年齢は関係ないだろうと彼自身で納得すると、この部屋に入ったときから気になっていることを彼女たちに聞いてみた。
「ここってデスクワークをするような部屋に見えないんですけど......」
「ですくわーく? なにそれ?」
「いや、僕の希望先はデスクワークができる部署だったんですけど、なんかそういうふうに見えなくて......」
「それはそうだよレイスくん、さっきも言ったとおりここは『炎魔術精鋭部隊第一班』だよ!!」
何故か自慢げに言ってくるフィリノとまだデスクワークの意味が分かっていない様子のエル。二人を見るにエルはあまり脳みそを使わない直感で動く妹キャラ(?)で、フィリノは天然だが怒こるとかなり怖い天然萌姉キャラ(?)といったところではないかとレイスは思う。こういう人の性格を考え当てるのはレイスの得意なことの一つである。しかし、今はそういうことを考えている場合ではない、
「僕の行く部署間違えたってことはないですかね?」
「ありえないね。」
そう言い放ったエルに理由を聞こうとするがエルの目が聞くなとレイスに伝えてくる。
「違う部署でも、働けば都って言うじゃん? だから大丈夫だよ!!」
そう言われると、レイスはがっくりとうなだれる。まず言っておこう、『働けば都』ではなく『住めば都』であるし、なにが大丈夫なのかイマイチ分からない。だが面倒事には顔を突っ込まないタイプのレイスはこんな変な人達だって働ける仕事場、自分にもできるという謎の自信と、美少女と働けるという高揚感を持ち合わせ、
「じゃあ。ここでお世話になります。これからよろしくお願いします。」
と二人にあっけなく伝えたのだった。その時、イアンはいつの間にか立ち上がり、自分で淹れたコーヒーを飲もうとしていた。
「五階より上は王と王妃の部屋があるから立入禁止ね。」
「食堂はここ、カレーが美味しいよ。」
「魔法訓練はここ、広いでしょー?」
「これは図書館」
「君の寝室はここね、私の寝室はすぐ隣の部屋だから、わからないことがあったら二回ノックすればロック解除できるようになっているからね。」
「他の部署も何故か宮殿の中にあるからそこは一応覚えとくように、私達のは二階の一番左側だから簡単に覚えられるね。」
「これを触ると一週間は魔法使えなくなるからね。」
などと簡単に宮殿内の案内をフィリノにしてもらう過程でどうでもいいことや、それで大丈夫なのかと心配になることなどを教えてもらいながら、簡単に脳内で今の説明を整理するレイスに衝撃の一言が飛んでくる。
「あ、言い忘れたけど、私がレイスくんの教育係、すなわちパートナーだね!!」
ちょっとニュアンスが違うような気がするが、レイスの脳内はそれを考えられないほどの驚きと、なぜか心は弾み始めていた。
「改めてよろしくねレイスくん。」
「こちらこそよろしくお願いします、フィリノさん。」
「フィリノでいいよ!」
「いやそういうわけにもいきませんよ。」
「かたっ苦しいなぁ〜」
初めてちゃんと会話をすることができた喜びにふたりとも自然と笑いがこみ上げる。しかし、そんな小さな幸せもすぐに終りを迎える。
「フィリノー! 出動命令だよ。」
そう言いながら走ってきたのはエルである。
「魔獣がウルノ村で出たらしい。」
「わかった、すぐ向かう!! ほら、レイスくんも急いで準備して!!」
一瞬のことにレイスは理解ができていないが、ひとつ気になったことをフィリノに質問する。
「でも魔獣って国の中には入れないんじゃないんですか?」
走りながらフィリノに聞くが、フィリノは答えない。そんなことは後で聞けばいいことだとレイスは自分に言い聞かせ、フィリノと並走する。
「君にとっての初任務だねレイスくん」
「はい」
「死なないように」
笑顔で言ってくるフィリノにレイスの中で不安が大きくなっていったが、
「大丈夫、いざという時には私に任せなさい!!」
そう言った彼女の言葉は力強く、自信に満ち溢れていた。そこにはもう可愛らしい少女の姿はなく、『戦う戦士』がそこにはいた。