2話 傲り高き身分
きっと穂村さんが嫌がらせの標的になってしまったのは、在籍しているのが進学クラスだから、という理由に他ならないだろう。成績が悪い、ということが、イコール人間としても駄目な奴だ、という風潮は、進学クラス以外に起こりようがない。そして運の悪いことに、私たちの代は、開校以来最高の偏差値を叩き出す猛者集団だ。穂村さんの様に成績が振るわないと、周囲から“異物”と見なされ、クラスでの人権を失うのが、進学クラス内での暗黙のルールだ。
かく言う私は可もなく不可もなく、といった成績を保ち続け、何者にもならないという特権を勝ち取った。エリート組にごまをする訳でもなく、落ちこぼれ組に同情する訳でもなく。ただ起きている事件を傍観するだけの、一番無責任な立場。意思の無い人形と化したのが、私だ。そしてそれに嫌気が指してしまった私は、こうして落ちこぼれ組に分類されてしまった穂村さんと、晴れた空の下を歩いている訳だが。
「私と居たら、藤代さんも嫌な目に遭うよ、きっと」
弱々しい声で紡がれる、そんな言葉にも、私は腹が立った。自分が傷つけばそれでいいと思っているその態度は、傲慢以外の何物でもない。私は穂村さんの言葉を笑い飛ばして、教えてあげた。
「穂村さんに、みんなそこまで興味ないと思うよ」
穂村さんの長い髪が、風に揺れる。穂村さんは傷ついた、とでも言いたそうな表情を浮かべていた。思っていたより、穂村さんはずっと、エリート寄りの考え方をしているように思われる。
「私の家、ここだから。じゃあね、穂村さん」
何だか、休むことを進言してあげるほどの子じゃなかった、というがっかり感と、底意地の悪い考え方しかできない自分に腹が立って、私は穂村さんと一緒にいることを拒否した。高層マンションの三階にある藤代という表札を目指して、私は歩き出した。
スニーカーを脱ごうとすると、じわ、と音を立てて雨水があふれた。靴下を脱いで、ぺたぺたと音を立ててリビングを歩くと、歪に滲んだ足跡が出来る。楽しくなって、リビングに足跡を付けていると、それを遮るようにスマートフォンがバイブレーションを奏でた。通話の合図が鳴っているが、応答しようという気にならない。それは今日、学校に赴こうと思わなかったせいか、それとも穂村さんと出会ってしまったからか。私には既に判断が付かなかった。
「げ、香寿だった」
不在着信の欄には、篠宮香寿の文字が浮かんでいた。同じ高校の、商業科に進んだ幼馴染。保育園、小学校、中学校と同じ、向かいのマンションに住んでいる男だ。私はすぐにリダイヤルした。香寿は私に手厳しい。きっと今日は学校を休んだことへの説教だろう。香寿は真面目だ。どこまでも真面目だ。
「……紗奈、学校は」
スマートフォンの向こうから、車の走行音が聴こえた。香寿は真面目だから、しっかり校外に出てから私に電話をかけて来たらしい。時計を見ると、十二時三十一分を指している。昼休みが始まって十分近く経っていた。
「サボったよ、行きたくないから。いつものことさ」
けらけらと軽く笑い声を上げると、香寿は一つ溜息を吐いた。
「紗奈、何かあったの?イライラしてそう」
また香寿に一つ、私の心情を見透かされた。香寿は何かと、私の性格をよくわかっている。気分屋なところも、妙な正義観も、全て、香寿は知っている。
「そう、何かあった。ね、香寿、愚痴らせてよ。ハッシュドビーフ作ってあげるからさ」
物で釣らなくたって俺は優しいから行ってやるよ、と香寿は言い残し、電話を切った。私の気分は、再び雨の音を聞きつけた朝の具合まで上昇していた。