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早いもので、もう5月に入った。もう少しでGWに入る。

今は次の授業の準備の放課でゴソゴソと机から教材などを出しながら、何処かに出かけようか、それとも家でのんびり過ごそうかと考えていた私だったけど、その思考を止めさせる音が隣から控えめに聞こえた。

こんこん、と机を軽く叩く音がしたのだ。


「?」


もちろん、あれから席なんて変わっていないから私の隣はプリンスのままだ。初日のことがあってから、めったなことで私に関わらないようにしていたのか、めっきりと会話らしい会話なんてしなかったけれど、どうしたのだろうか。


「姫乃、いいか?」


なぜ名前で呼んでくるのかとか気にしてはいけない。そうか、根くらべに負けて教えてしまったからだ。こんな名前を呼ばれるような仲ではなかったし、会話もしなかったから気づかなかったが、彼は教えたらすぐに名前を呼んでしまうのだろうか。せめて、苗字だと嬉しかったのだが。

そんなことを気にしても仕方がないので、とりあえず思考の端に追いやる。


「なんでしょう?何かご用がありましたか?」

「用があったから話しかけた」

「……そうですよね。で、なんでしょう?」

「今度の連休、付き合ってくれ」


思考が停止した。


「?聞こえなかったのか?」


え、この人何言ったんだろう。そんなもの、また親衛隊という名のファンクラブに見つかったら私リンチになっちゃうじゃないですか。


「姫乃、今度の連休、俺と過ごしてくれ」

「っ!?」


この人、いまクラス中に聞こえるような大声で宣言した!やめて!!


「嫌です!!」

「なぜだ!?」

「わからないんですか!?病院行ってください!」

「ここ一月程は迷惑かけていないだろう。少しくらいわがままを言っても許される」

「何その意味のわからない理由!?でも、嫌です!」

「今回は俺も譲らない。連休を俺と過ごしてくれ」

「最初、付き合ってくれって言ってましたよね!?なんで過ごしてくれに変わってるんですか!?」

「……言葉の綾だ」

「間!間があった!でも嫌です!!」


今度こそ、何をされるかわからない。

さすがにあんなことはもう体験したくない。


「……以前、ゼファーが助けた時の件があるからか?」


その言葉に、どきっとする。やっぱり知ってますよね。だって、ゼファーさんはあなたの付き人ですもんね。情報が入ってないほうがおかしいですよね。


「……とりあえず、もう授業が始まるので、準備をしたらどうでしょう?」


その言葉と同時に、予鈴のチャイムが鳴る。

クラス中の人たちも心配してなのか興味本位なのか私たちの会話を聞いていたけれど、チャイムの音ではっとしたのか自分たちも授業の準備を始めていた。

それを横目で見つめてプリンスを見る。周りを見てという意味で。

プリンスは納得いかないような表情をしていたけれど、さすがに授業にまで迷惑をかけることはしないとわかってそういうことをする私は性格が悪いのだと思う。

しかし、授業中に騒ぐと席が変えられるという先生との約束は未だに有効で、彼は本当におとなしく授業を受けている。

そんなにも真剣に何かができるなら、きっと変な女の人とかに捕まらないんだから、もうちょっと頑張って探せばいいのに、と私は思ってしまう。

そんなことを思いつつ、授業を受けて、50分がたった。

お昼ご飯の時間だ。

いつも通り、千霞ちゃんと夕ちゃんとご飯を食べようと机の上に出してあった教材をカバンの中に戻して、お弁当を手に立ち上がろうとする。

が。


「逃がさないからな」


こん、と机を叩いた音がしたと思ったら、自分を覆うように影ができてびくっとする。

見逃してくれてもいいと思うんだけど……。


「姫乃、返事を聞いていない」

「いえ、私嫌だって言いましたし……」

「認めない」

「……えっ」

「行くという返事以外は認めない」

「もともと私に拒否権ないじゃないですか……」

「拒否権も今回は与えない」

「……なんなんですか。なんで私にそんなにも執着してるんですか?もっといい子いっぱいいますよ?私以上に気の利く子も、かわいい子も、美人な子も。それなのになんで私なんですか?」

「俺が、あなたと一緒にいたいと思っているからだ」

「ですから、そういった人はあなたがその気になって探せば見つかるって言ってるじゃないですか。私以外にも」

「いや。あなた以外には、いない」

「いますって。頑張って探してください」


もう、相当イラついているのかもしれない。どうして私は他人のことを考えて言葉を発することができないのだろうか。

私もいっぱいいっぱいなのだと思う。それでも、相手への思いやりが足りないと思う。


「……ごめんなさい。私、結構酷い人間ですよ」

「姫乃は、とてもいい子だ」

「それは、あなたが私のことを知らないからでしょう。私は、いい子なんかじゃないです」

「ああ、俺はあなたのことをほとんど知らない。けれど、あなたも俺のことを知らないだろう?」

「……それは、もちろん。興味ありませんでしたし……」

「人間関係とは、本来こういった何もないところから始まるんだと、ゼファーは言っていた」

「…!」


お母さんが言っていた。あの夜に。

自分のことを話さなくても、相手が自分を知っているなんて怖いと思わない?と。

私はそれに対して、確かに“怖い”という感情を持った。

私が知らないことが、この人にとっては“救い”だったのではないかとも、お母さんは言っていた。


「あなたが俺のことを何も知らないと言ってくれて、俺はとても嬉しかった。この世界中の人間が俺のことを知っているなんてもちろん思っていないが、俺は相手を知らないのに、相手は俺のことを知っているということが多かったから」

「…………」

「だから、あなたには俺の口から俺のことを話して、そして俺のことを知ってほしい。話せることなら話すし、話せないことは話さない。代わりに、あなたも俺と同じ条件だ。興味のあることは聞く。けれど、あなたが話したくないことは話さなくてもいい。いつか、話せる時が来たら話してくれると嬉しい。それは、俺の方も、話せる時が来たら話す」


この人は、本当に今まで自分のことを全く知らない人間に出会っていなかったのだろう。

ここまで生き生きと話しているのを見て聞けば、私にもわかる。それほどまでに彼の“皇子”という立場は周りに影響を与えてしまっていたのだろう。


「千霞ちゃん」

「ん!?なに?」


突然私が話しかけたからなのか、千霞ちゃんはちょっと驚いていたけれど、すぐに受け入れて返事を返してくれる。


「……今日のお昼ご飯、もう一人誘っても…いい?」

「ひめ……。うん。あたしは気にしないよ」

「ありがとう。夕ちゃんも。いい?」

「私は、姫ちゃんに危害が加えられないならいいよ?」

「……うん。ありがとう」


勇気を出して、一歩踏みだそう。

怯えてばかりでは変わっていけない。

変わらなければならないのなら、私だって頑張る。

今までは避けて通った道を、今度はちゃんと正面向いて歩いていけるように。


「えっと……雪村くん?」

「ルクスだ」

「……ルクスくん。お昼いっしょにどうですか?私以外にも人がいるので、それが気に障らなければ」

「もちろん。お受けする」


そういって笑った彼の笑顔を、私は初めて見た。


「でもどこで食べる?食堂はやだよ。教室もやだ。周りがうるさいってか、親衛隊が来るとうざい」


そういったのは夕ちゃんだった。どうやら、親衛隊の方々をことごとく嫌っているらしい。

もともとそこに入っていたからなのか、何か気に障っていることがあったのだと思う。


「あー、でも、霧崎さんは結構いい人だと思うよ?」

「まあ、素直ではあったよね」

「うん」

「でも、その周りがね。取り巻きがうざいのよ」

「……」


やっぱり、親衛隊の中でも色々とあるらしい。大変だなぁ……。


「屋上はどうだ?」

「は?立ち入り禁止じゃん」

「俺は許可を頂いている」

「なんで!?」

「ゆっくりしたい時もあるだろうから、と」

「先生たちも気を使ってはいるのね、ちゃんと……。ガン無視かと思ったわ」

「そんなことはない。気にしてくださっているぞ?」


フォローが大変そうだな。と聞きながら思った。

しかし、屋上に入れるのならそれに越したことはない。あそこなら本当に立ち入り禁止だから、親衛隊の人たちも来ないだろう。


「じゃあ、ここはルクスくんには申し訳ないけど、その特権を貸してもらって、屋上でご飯食べよう」


私はそうまとめて、立ち上がる。お昼休憩は50分間。今はすでに10分は過ぎてしまったから、早く移動しなければご飯を食べる時間がほとんどなくなってしまう。それだけは避けねば。


「いこっか?」


そういって、私は3人を促した。

いつも通り、手作りの重箱をもって移動を始めると、横からひょい、と手が伸びて私の荷物が軽くなる。


「え」

「持つ。貸してくれ」

「私のご飯だから、自分で持つよ」

「……いいから。持つ」

「え、あの、だから……」

「ひめ、ひめ。気づいてあげて。お願いだから!」

「えっ、何に?気づくも何もないでしょ?こんな日常会話で」

「……気にしないで、雪村。これが通常運転よ」

「な、何?本当に何?」

「……姫ちゃん、とりあえず、私と手繋がない?」

「?今は寒くないよ?」

「…………天然ってマジで怖いわー……」

「夕ちゃんまで!?」

「ひめ、いいから。取り敢えず重箱から手を離して夕の手を握りなさい」


意味がわからないけれど、千霞ちゃんがなんだか怖い雰囲気を出している。なんでだろう。面倒ごとを起こすなと言われているような気がしてならない。面倒ごとなんて起こしていないと思うけれど、どうやら私の知らないうちに起こしかけているらしい。

千霞ちゃんからのお説教を免れることを考えた結果、私は自分で未だに握っていた重箱の入った袋から手を離して夕ちゃんの手を両手でぎゅっと握った。

これでいいのかと千霞ちゃんをちらりと見ると、千霞ちゃんは納得したような表情をしていた。

代わりに、ルクスくんがなんだか悔しそうな表情をしていたのが気になる。


「あら、もしかして私役得?いえ〜い」


役得?

とクエスチョンを浮かべていると、ルクスくんがくっ、となぜか悔しそうな声を出したのを私の耳は拾った。

なぜこんなにも悔しそうにしているルクスくんと、こんなにもドヤ顔をした夕ちゃんがにらみ合っているのか。

謎すぎる。


「……人選を間違ったか……。私と手を握らせればよかった」


少し後悔をした千霞ちゃんの呟きも聞こえた。


「え?私何か間違った……?」

「ぜーんぜん!間違いなんてあるはずがないよ〜」

「きゃっ!ゆ、夕ちゃん!?」


突然私に抱きついてきた夕ちゃんに驚いて思わず声を上げてしまった。ぎゅむぎゅむと抱きしめてくれる夕ちゃんの腕の中はとても暖かかった。


「あ、夕ちゃんの腕の中はあったかい……」

「ほんと?私が姫ちゃんのこと大好きだからだね〜」

「ひめのことが好きっていう気持ちなら夕よりもあたしの方が大きいし!深いし!」

「えー、なんの根拠があってそんなこと言ってるわけ〜?」

「ひめと付き合った年月よ!」

「それなら私も変わらないじゃん」

「一緒に帰ってる回数はあたしのほうが確実に多いわ!」

「え、それだけ?」

「当たり前!」

「じゃあ、今日からは千霞を置いて私と二人で帰ろうね、姫ちゃん〜」

「ちょっ、夕!」


そんな会話を頭上で繰り広げられながらも、私たちは屋上にすでについている。なんでこんなにも挟まれているのに疎外感が半端ないんだろう……。


「あ、ご飯食べたい」

「ん?あー、ごめんねぇ、どうぞ」


そういって、私はようやく解放された。

重箱はなぜか手慣れたようにルクスくんが広げている。


「……?そういえば、ルクスくん、ご飯は?」

「持ってきていない。もともと、あまり学校で食べたことがない」

「えっ。なんで?」

「……いつも追いかけられていたから、逃げるのに必死だった」

「…………」


新事実。


「……私のご飯、一緒に食べよう?お腹すいちゃうよ」

「だが、これは姫乃の昼食だろう?それは悪い。あなたが食べているのを横で見ているよ」

「すごく食べづらいから一緒に食べよう」

「だが」

「いいから!食べないなら無理やり食べさせるから!」

「……わかった。だが、箸がない」

「?私と一緒に使えば問題ないよ?」

「………………これは、どう捉えてもいい?都合のいいように捉えても問題ないのか?」

「おおありだから!天然なんだってば!」


千霞ちゃんが突然会話に入ってきて、私はちょっとびっくり。そんな変なことを言ったつもりはないんだけど。


「……取りあえず、ひめはあたしと一緒にお箸使おう。で、ひめが持ってきてるお箸を雪村が使う。はい、問題解決」

「?そう?」

「言っとくけど、文句は受け付けないからね、雪村」

「……何も言っていない」

「顔に全部書いてあるわよ。全く……」

「千霞、なんか小言がうるさい近所のおばさんみたい」

「夕!言うに事欠いてなんてこと言うのよ!?」


そんなこんなで、私たちは昼食を食べ始めた。

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