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なぜ今こんな状況になっているのか。どなたか私に説明をください。なんで私の目の前にプリンスが今立っているの。
え、怖い。
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お昼の騒動があってから、教室の空気は今までにないほど悪かったと思う。うん。教室内にいたクラスメイトも今までに感じたことがないほどいたたまれない気持ちを味わったと思う。迷惑かけてごめんなさいと、今謝ります。
それはさておき、今日の授業は完全に終わり、千霞ちゃんと夕ちゃんは部活に行ってしまった。本当は今日は休むから早めに一緒に帰ろう、と言ってくれたのだが、せっかくの部活を休むなんて勿体無いし、きっと勧誘とかの話し合いとかもあるのかと思ってそれは断った。いつも通り待ってるから頑張ってきてと、なぜか私の方が半ば無理やり2人を部活に向かわせた。
ものすごく心配してくれたけど、とりあえず図書室に行けば多少なりとも人はいるし、最低でも委員会の人が一人はいるだろうと思うって私は教室を後にして図書室に向かった。
「あれ」
図書室の扉を開けてみたが、そこには誰もおらず、なんでだろうと思ったが、よくよく考えたら、今日は学校始まって1日目。委員が決まっている方がおかしい。
「あー……まあ、大丈夫だよね」
「ん?誰か来た」
「きゃっ!?」
にゅっ、とカウンターの下から顔を出したのは司書の先生だった。
「あっ、東先生!」
「ん?結城か?こんな日にも図書室に入り浸るのか」
「あ、はい。千霞ちゃんを待ってようと思いまして」
「あー、なるほどな。まあ、ゆっくりしてけ」
「ありがとうございます」
会話を終えて私は書棚に一番近い長机の一番はしっこに座った。書棚が近いというのと、ここは日当たりが何気にいいのだ。日向ぼっこにちょうどよかったりする。
「……隣、いいですか?」
突然話しかけられて、私はぱっと顔を上げる。
そして冒頭に戻るのだ。
思わず言葉を出してしまった。
「……嫌です」
「即答か」
「いや、あなた自分が私に何したかわかってないんですか?大丈夫ですか?」
「いや、あそこまで反応されるとは思わなかった」
「言葉違います。反応したんじゃないです。拒絶したんです。恐怖で引きつってただけです」
「俺に触れてもらえて嬉しかったのだろう?」
「……どこをどうとったらその認識になるのかぜひ聞いてみたいですけど、きっと私の理解の範疇は超えていますね。病院行ってください」
「冗談だ。目の前に座るくらいならいいだろう」
「え、それも嫌ですけど」
「俺の最大限の譲歩だ。本当は俺の膝の上に座ってくれると嬉しいんだが」
「変態がいる!なんなの、この人っ!」
「で?何があったんだ?」
「私の話を聞いちゃいない。何がですか」
このたった数分の会話だけですでに疲れた。なんでこんなにも疲労が半端ないんだ。今日まだ初日だよね。私間違った認識してる?初日だよね?
「なんであんなにも怖がっていたのかを聞きたい」
「何でよく知りもしない人に個人的な話をしなきゃならないんですか。嫌ですよ」
「これから仲が深まっていくんだ。問題ない」
「深くなんてなりませんから。距離が開いていく一方ですから」
「いや、距離も縮まっていく。問題ない」
「何でそんなポジティブな思考をしてるの、この人。本当に人間?宇宙人とかじゃない?」
なぜ彼の中で私は彼を好きなんだということが確定しているのだろうか。私にはそれが理解できない。
「早く答えてくれ。迎えが来てしまう」
「早く来てください、迎えさん!」
「……そうか!我が家に来たいんだな?」
「何でそうなるの!?私は自分の家になら帰りたいですけど!?」
「来たいのならそう言ってくれれば喜んで迎える。そうだ、我が家に来てくれればゆっくりと聞くことができる。時間を気にすることなく」
「いや。気にしましょうよ。時間は気にしましょう」
早く、千霞ちゃん、夕ちゃん、迎えに来てっ!
「お待たせしました、ルクス様」
「ああ、迎えが来てしまった」
「じゃあ、お話タイムは終了です。今後も話しかけてこないでほしいです」
「それは無理だな」
「なぜ!?」
「花嫁だからだ」
「私は認めてないですっ!」
「あなたが認めようと認めまいと関係ない」
「拒否権なしですか!?横暴ですね!?結婚してもうまくいかないのが目に見える!」
「大丈夫だ。俺は優しい」
「言葉に信憑性がないっ!」
「ルクス様、そちらの方は?」
「俺の花嫁だ」
「やめてっ!それを広めるのやめてっ!」
「……早く準備なさってください」
何でそんな冷ややかな目で私が見られなければならないのだろう。もう一度言おう。なぜ私がそんな目で見られなければならない。
この状況とか、会話内容とか聞いていたらわかると思うけれど、明らかに被害者は私だ。
彼ではない。私だ。
それなのにどうして私が責められるような視線送られなければならないのか。
第一、私が彼のファンだったり、彼のことを本当に好きなら、こんなギスギスした空気にはなっていない。もっと甘々な雰囲気になっていると思う。そういった相手がいないから知らないけれども。
それでも、こんな空気には確実になっていない。
迎えの人が私のことを敵を見るような目で見ているが、これは確実に間違っていると言いたい。私は思わず相手をきっ、と睨み返した。理不尽が許せなかったのかもしれない。
すると、相手の人が少しびっくりしたのか、表情が緩んだ。きっと、今までにこんなことが何度もあったんだろうなと思う。だから、牽制のためにあんなことをしていたのかもしれない。分からなくもないけど、空気と状況はよんでほしい。
誰が見ても迷惑こうむっているのは私なのだから。
「……我が皇子がご迷惑をおかけしました」
「えっ……」
「それと、失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません」
「……え」
「日本にこ来れば治ると思ったのですが、なかなかこちらの方も、“皇子”という言葉に弱いらしく、祖国と状況が変わらないどころか、自由すぎる国なので皇子の性格がさらに悪化してしまって」
「……そう、ですか」
いや、大変そうだな。というか、それならやっぱり私立に行かせたほうがよかったのではないだろうか。ほら、お金持ちの人たちが通う学校とか、あるよ?
そういうところに行けば、きっと彼だけに集中することもなかっただろうから、こんなに歪んだ性格にはならなかったと思うけれど。
「……国王が適当に決めてしまいました」
そんなんでいいのか、国王さまよ!息子の学校選びを適当に決めるとか!
「王妃も楽しそうだからと、ぽやぽやと笑っておられまして……」
「大丈夫なんですか、それ……」
「父上も母上も、きちんと俺のことを考えてくれているはずだ」
どこが。
と突っ込みたいが、きっとこれは言わないほうがいいのだろう。本当に何か目的があったのかもしれないし。分からないことを言ってしまわないほうがいいだろう。
「……大変ですね。色々な意味を含めて」
「……ありがとうございます」
きっと今のお礼は、察してくれてありがとう、という意味なのだろう。
なぜこの人が皇子ではないのだろう。
改めて目の前にいる人を見つめる。
染めていないとわかるほどに美しい銀色の髪。どうやって手入れしているのかと不思議なくらいサラサラだと見ただけでわかる。瞳の色は、その銀色に少しの赤を足したような不思議な色。
もう一度言おう。なぜこの人が皇子ではないのだろう。
この人の方が人に対する態度が常識だ。謝罪もするしお礼も言う。人間、必要最低限の礼儀作法はなければならないと私は本気で思う。
対して、変態発言をやめないこの人は一体なんなのだろう。
思わず、プリンスをじっと見つめてしまった。
「どうした?俺の愛を受け取ってくれるのか?くれるんだな?」
「…なんでそうなるんですか。受け取らないですよ、一生」
「なんなら今ここで誓いの口づけをしよう」
「しないですから。絶対しないですから、近づかないでくださいません!?」
「遠慮する必要はない」
「遠慮してないです!本当に嫌なんですって!」
両腕を広げてじりじりと近づいてくる目の前の人をどうにかしてほしい。なぜこんなにもこの人は私に執着してしまったのか。
最初の出会いがあれだったからなのか?でも、そんな反応する人なんて頑張って探せばいくらでもいると思う。最初が私だったからって私に的を絞らなくてもいいと思う。
と、そんなことを思ってると図書室の扉ががらっ、と開いた。
「ひめー、お待たせ〜……って、なんで雪村がいるの!?」
「せっ、千霞ちゃん!」
「ちっ」
え、今目の前にいる人舌打ちした?舌打ちしたの?
「ちょっと、お昼の事忘れてるの?あんだけ怖がってたひめにまだ言い寄ってるとか、バカなの?バカなのね?」
「なぜそこまでお前に言われなければならない」
「当たり前に言うわよ!大事な友達だからね!人の気持ちもわからんような男にひめはあげないから!」
「大丈夫だ。彼女の気持ちは俺と同じ。結果、お前の心配事は何もない」
「大有りだってば!」
この、妄想をしている目の前のプリンスをどうにかしてほしい。なんでこんなにも彼の中では決定事項で物事が決まっているのだろうか。
「……お迎えさん……」
「ゼファーと」
「ゼファーさん。私、あの人の思考が全く読めないのですが……」
「……大変申しわけありませんが、ちょっと、こちらでもわかりかねますね」
「絶望的……」
ゼファーさんすらも困惑しているこの状況。一体誰が止められるというのだろうか。
とその時、千霞ちゃんとは別の声が入ってきた。
「あれ〜?姫ちゃんは?」
「夕……」
「千霞遅い。待ちくたびれちゃったよー?」
「ちょっとね。雪村が――」
「姫ちゃんだけなんだから、さっさと連れてきてよー」
「……えっ」
きっと、今の夕ちゃんの発言に驚いたのは私だけではない。だって千霞ちゃんも驚いてるし、ゼファーさんもびっくりしている。ガン無視された当の本人はムッとした表情をしている。
「何?姫ちゃんだけでしょ?って。あれ?そっちの銀髪の美人さんはどちら様?学校関係者?」
「……いえ、わたくしは……」
「勝手に入ると先生に注意されますよ?」
「はぁ……申しわけありません」
「それよりも、姫ちゃんお待たせ〜。帰ろ〜?」
「……あっ、うん。帰る」
「よし、カバンは?私持つよ」
「それは申し訳ないから、ちゃんと自分で持つ。大丈夫だよ」
「そう?でも、お昼のお弁当美味しかったから、なんかお礼したいのよね」
「卵焼きもらったから」
「もう〜、欲がなさすぎる〜」
……平気そうに会話をしているとお思いかもしれないが、決してそんなことはないです。プリンスの存在感怖い。さすがプリンス。
しかし、それでもなお夕ちゃんはプリンスの存在だけを器用に完全に排除しているため、何も言えない。千霞ちゃんも私と同じことを思ってるのか、黙ったまま哀れみのこもった視線をプリンスに向けている。
「おい」
ついに、プリンスが夕ちゃんに呼びかけた。
しかし、夕ちゃんは全くの無反応だった。
「草薙っ!」
「あれ、名前知ってたのか。残念。で?何?私あんたと話すこと何もないんだけど?」
「俺を無視するな」
「その傲慢さ、直したほうがいい。いつまでも通用すると思うなよ」
「なんだと!?」
「は?何?私の言ってることのほうが正しいから。今ここにあんたの味方はいないから」
「ぐっ……」
「味方がいないってわかってるのに、その傲慢さを隠せないんだ?すごいね。ある意味感動するよ」
「……おまえ…………」
「はいはい。私だってあんたのファンクラブに入ってた時期はありましたよ。でも、人間冷める時は冷めるの。いつまでも長続きなんてしないから。あ、もしかして周りに人がいっぱいいるから勘違いしてる?わかってると思うけど、別にあんたのことが本当に大好きであんたのそばにいる人間なんてほとんどいないから。“皇子”っていうブランドに惹かれてる人間がほとんどだから。高校でたら、あんたのことなんて覚えてる人間ほとんどいないから。勘違いしないように」
あまりのことに、何か口を挟むことなんてできなかった。というか、夕ちゃんが強い。おとなしそうに見えるのにすごく強い。見た目だけでいうなら、確実に千霞ちゃんのほうが性格きつそうなのに、全然違った。
「……夕ちゃん……」
「あ、ごめんね姫ちゃん。でも、ちょっと言いたかったんだ〜」
「そ、う……」
何を言っていいのかわからなくなって、私はそう返事をした。
「……帰りましょうか、ルクス様」
「……わかった」
夕ちゃんに言われたことを気にしているのか、プリンスには元気がなかった。