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「友達が100人になった」
「……は?」
私の報告を聞いて、当たり前だが千霞ちゃんは意味分からん、という表情とともにあっけにとられたような声を出した。
あれから、あの美少女に自己紹介させられて、自己紹介してもらった。教室に戻ると千霞ちゃんがそわそわとしながら待ってくれていた。どうやら、私のカバンだけが残っていたため、学校内にいるのはわかっていたが、探しに行っても入れ違いになるかもしれないと思い、ずっと教室で待っていてくれたらしい。なんと優しい。
そして私がとりあえず無傷で帰ってきたことに安心してくれた。
当たり前だが、リンチにあったことはすでに千霞ちゃんの耳にも入っており、できるだけ一人にならないようにと言われていたのだ。
そのことに対しては警戒心が甘かった私のせいなので素直に謝る。しかし、その選択をさせた張本人がなぜかこの教室に残っているのはなぜなのだろうか。
私を追い詰めたいのかな?
ルクスくんは自身の席に座っていた。
たぶん、私が彼から逃げた後からずっと座って待っていたと思われる。というか、ゼファーさんは一体どこに行ったのよ。
あの人、ルクスくんの付き人でしょう。なぜこの場にいてくれないんだ……。
と、思っていると、教室の扉がガラッと開いた。
「おや、無事に戻ってきてましたか」
「……なんか、私が死んでるみたいな言い方しないでくださいよ……」
「いえ、一度目の当たりにしておりますのでさすがにそんな言い回しになってしまうんですよ」
「否定は出来ませんけど……」
千霞ちゃんはゼファーさんの登場に少し驚いている。
「とりあえず、私たちは帰ってもいいんでしょうか?」
「ええ、もちろんです。送りますよ」
「……遠慮します」
「なぜ?」
「目立つじゃないですか……」
「そんな些細なこと」
「全然些細じゃないですから……」
そんなことを言いながら、私は千霞ちゃんの後ろにそそっと隠れる。
そもそも、ルクスくんと歩いているところを見られるのがすでに危険に片足を突っ込んでいるようなものなのに。そこからさらにゼファーさんまでいたらもう収集がつかなくなってくるのが目に見えてわかる。
「そんなに怯えて警戒しないでください。ただ車で送るだけですよ?」
「いえ、歩くの好きなので歩いて帰ります!」
「……ひめ……」
千霞ちゃんのちょっと呆れたような声が聞こえたけれどもう気にしない。
「あ、千霞ちゃんは車に乗りたい?だったら私だけでも歩いて帰るからどうぞ!」
「そんなこと言ってないって。そんなに警戒しなくてもいいっていう、このおじさんの言うとおりなんじゃない?」
「お、じさ……っ!?」
「……私、今すごく千霞ちゃんが強いと思った……」
「え?なんでよ?」
「……いや、うん。なんでもない」
私も天然とかドジとか言われるけども、千霞ちゃんもそこそこだと思う。
「……ゼファーさん、元気出してください」
「……まさか、そんな呼び方をされるとは思いませんでした」
「私もですから……」
さすがの私でも目の前にいるゼファーさんに向かって“おじさん”とは言えない。だって、イケメンさんですもん。
というか、年齢幾つなの?
「それに、歩いて帰って逆に目をつけられたらそれこそ面倒だと思わない?」
「……確かに、そうだけど……」
「歩いて帰って面倒ごとに絡まれるか、車で送ってもらって今日面倒ごとを回避して明日絡まれるか。さ、どっちがいい?」
「それあんまり変わってないよ!?」
「変わってるわよ。絡まれるタイミングが」
「結局絡まれるのは変わりないんだよね!?だったら今日絡んでもらうもん!」
「えー?今日?ちょっと疲れてるから明日がいいんだけど……」
「だから、千霞ちゃんは送って貰えばいいよ!じゃあ、私本当に帰るね!夕飯作らなきゃだし!」
「あっ、ちょっと、ひめ!?」
そう言って、私は脱兎のごとく逃げ出すように走り出した。これ以上口論していてもきっと収まらない。それなら、切り上げるのがベストである。
帰りにスーパーによらなければならないことを思い出して、私は寄り道をすることにする。夕飯の材料がなければ意味がないのだからこれは仕方のない寄り道である。許してくださいね、先生方。
片手に夕飯の材料を持って私はテクテクと自宅に向かって歩いていく。
重たいなぁ……と思いながら歩いていると、突然肩をガシッと掴まれる。
驚きで体が跳ね上がり、相手の手を思い切り振り払って相手に体を向ける。そこにいたのは、霧崎さんの取り巻きをしていた女の子の一人だった。
「……なにそんなにびびってんの?ばっかじゃない?」
くすくすっ、と笑いながら私の反応を見て満足したのか、その子はすたすたと歩いて行ってしまった。
……まさか、そっちの方向からのいじめがされるとは思っていなかった。これは相当にまずい。絡まれるよりもまずい。むしろいっそ絡んでくれたほうがありがたい。
まさか、これが続くなんてことはないよね、と願望を考えてしまう。
憂鬱な気持ちになりながら、私は自宅へと急いだ。
**
私は、あまりにも周りのことを考えていないと自覚していると思う。ものすごく自分勝手だし、相手のことを考えずに発言だってする。
そんなことは、みんな同じだと、きっと誰もが言ってくれるんだと思う。
けれど、違うのだ。
私が欲しい言葉はそれではない。
私が求めている言葉はそれではないのだ。
誰もが求める言葉を、私は一番求めない。
だって、私のせいで――――――。
**
ぱっと目がさめると周りには見慣れた家具が置いてある。自分を温めるようにかかっている掛布も知っている色だ。
「……なんだったんだろう」
何かが思い出せそうな気がしたけれど、気のせいだったらしい。まあ、思い出したとしてもなにもできないのだからどうしようもないけれど。必要になったらまた思い出せると思う。そんなことを考えて私は時計を見ると、ちょうどいつも起きる時間だと気づく。
体は起きる時間を記憶しているらしい。素晴らしいな、人間の体は。
自室を出てお母さんの部屋を見るとまだ扉は閉まっていた。
(昨日、帰り遅かったっぽいしなぁ……)
昨日は一緒にご飯を食べていない。帰ってくるのが遅い時は大体連絡が入るけれど、昨日はその連絡が遅かった。
きっと忙しいんだなと考えて、私はあまり音を立てないように朝食とお弁当を作り始めた。
かたかたと、あまり音を立てないようにしながら慎重に作り、私はとりあえず自分とお母さんの分の朝食を作り終えた。その後に作り置きしてあるものを適当に冷蔵庫から取り出して温めていきながら、片手間でもできるものを作り始める。卵焼きだったり、ソーセージを焼いたりとぱたぱたとする。
一通りの作業を終えてから、私はテレビをつけて朝のニュース番組を見る。朝食にはスクランブルエッグとほうれん草のバター炒め、あと生野菜のサラダを少しだけ作って主食は食パンにした。お母さんの分は自分のよりも少し焼きを甘くして、ラップをかけて置いてある。あとは電子レンジで温めれば大丈夫というだけにしてあるのだ。
そろそろ学校に向かう時間だと思って、私はテレビを消して、荷物を持つ。身支度はすでに整えてあるからあとはカバンやお弁当を持つだけだ。五月に入ったとはいえ、まだ少しだけ肌寒いから、カーディガンを羽織って家の鍵を持つ。
玄関から出るときに、小さな声で「いってきます」と囁いてから私は家を出た。
いつも通りの朝だった。
そう、いつも通りの朝のはずだった。
「……おはよう、千霞ちゃん」
「おはよ、ひめ」
「姫乃、おはよう」
「……ルクス君、おはようございます」
「おはようございます、結城様」
「……ゼファーさんも、おはようございます」
なぜ、私は朝からこの人たちを見ているんだろう。
千霞ちゃんはわかる。だっていつも一緒に登校してるから。でも、なんでルクス君とゼファーさんがいるの。というか、車から降りてこようか、千霞ちゃん。
「状況がわからないんだけども……」
そう私がいえば、すっと前に出てきたのはゼファーさんだった。
「昨日、あなたにフラれたので、本日リベンジしようかと思いまして」
なんの理由にもなっていないのは、目の前にいるこの人なら理解しているに違いない。それなのにこんな風にスラスラというのは慣れているからなのか。けれど、私は慣れていないのだから勘弁してほしい。
「それに、昨日の帰り道、やはり絡まれていたではありませんか。それも、きっとあなたが一番嫌な方法で」
なんで知ってるの。昨日そばにいなかったよね?……いなかった、よね?
「……なんで昨日の私のことがわかるんですか?まるで見てたみたいですね」
「ええ、見てましたから」
「……」
「見てましたよ、あなたのこと」
「ストーカーって知ってます?」
「残念ならが存じ上げませんね。それに、わたくしたちはあなたを【尾行】していたのであって【ストーカー】をしていたわけではありませんし」
「ストーカーの意味わかってるじゃないですか!!」
「おっと、口が滑りましたね。まあ、そんなことは些細なことです。どうでもいいですね。さ、早くお乗りになってください」
「乗りませんから!」
「なぜ?また昨日のように絡まれたいのですか?」
「できればやめてほしいですけど、それでも車に乗るのはやです!」
「ちゃんと安全運転しますよ?一度乗っていただいたことがあるので知っていると思いますが」
「安全運転なのは知ってますけど、そういう問題じゃないんです!」
じりじりと後ずさりしながら私はどうやって逃げようかと考えた。
というか、千霞ちゃんはどっちの味方なんだろう。まあ、この状況を見れば私の味方ではないことはわかるけれど。
「……私は、普通がいいんです」
呟いた言葉に、3人は沈黙する。
「壊されたくないんです。今が平和なんです。変化は求めていません」
「ひめ……」
「千霞ちゃん、ごめんね。千霞ちゃん。でも、私は変化が怖い」
「……姫乃」
「なにを言われても、私は揺らがない。絶対に、揺らぎたくない。だから、どんな地味な嫌がらせをされたとしても、私が耐えきれないような嫌がらせをされたとしても、受け入れて、それを【普通】だと認識するから」
ぎゅっとスクールバッグの紐を握りしめる。カタカタと震える手を、きっと目の前にいる3人は気づいているに決まっている。
「姫乃は、本当に怖がりだな。というわけで、そんなハムスターのような彼女を放っておくことはできない。ゼファー、車に入れろ」
「かしこましました」
「ちょっ!?」
「さあさあ、抵抗なんて無意味なんですから、おとなしく入ってください。力で男に叶うとは思っていないでしょう」
「まっ、や、め……っ」
「ほら、結城様」
「あ……っ、!」
信じられないほど、体がガタガタと震え始める。どうして、こんなにも怖いと感じるのか。
目の前にあるものが、目の前にいる人がわからない。
この人は誰。この人も誰。なんで私に触っていて、目の前のものに入れようとするの。
私はそんなこと望んでない。望んでない。
「いやっ!!」
必死で抵抗しても、力の差がありすぎて抵抗なんてできない。
なんで気づいてないの?
私、こんなにも震えてるんだよ?
視界がにじんできた。全てがぼやけていく。
助けて。助けて。
――誰か、私を助けて。
「姫乃っ!!」
マンション入り口から聞こえたその声に、私はハッとしたように首をできる限りの範囲で後ろに向けた。そこに立っているのは、私のお母さんだった。
「お、かあさ……っ!!」
たすけて。
「姫乃!」
そんなお母さんの悲鳴のような声を聞きながら、私の意識は無意識に手放された。




