九話「ファンレター」
お母さんに瑛ちゃんへの気持ちがばれて、どうしようかと思ったけど、逆にばれて良かったような気もする。
もちろん、瑛ちゃんにこの想いを告げる気はない。だって瑛ちゃんには結婚した人がいるんだから。でもお母さんが言った通り、好きな気持ちを持つことは誰だって自由だ。だからこの気持ちに終わりが来るまで、ずっと大事に持っていようと思う。
高校に入学して、ずっともやもやしていた心が、お母さんのお陰でどこかすっきりとした。
「さて、と」
気持ちがすっきりとしたところで、私は自室のローテーブルでここ最近の恒例となりつつある、一通の手紙と向き合っていた。
「今回はなに書こっかなぁ。今後の展開が楽しみにしています? いや、これはありきたりだし、前にも書いた。んー、ここは私の近況と交えてのマンガの感想?」
うんうんと唸りながら、『vampiredoll』の作者、来夢先生へのファンレターの内容を考えていた。
お母さんには悩むぐらいなら書かなきゃいいのに、と何度も言われたことがある。そういうわけにはいかないのに。
どれだけ悩んでも、それを見てくれなくても、来夢先生の手元に届くことに意味があるのだ。たかが一通の手紙かも知れない。けれど他の漫画家の先生が言っていた。
手紙が何通ももらえるということは、それだけ自分を気にかけてくれている人がいるということ。手紙を書く労力、時間を自分のために割いてくれているということ。だから手紙ほどもらって嬉しいものはない、と。
読まれなくてもいい。触れられなくてもいい。来夢先生のファンがここにいますよってことが伝わってくれればそれでいい。それが私がこうしてファンレターを書いている理由だった。
もちろん、読まれてもいいように、内容もしっかりと書いているんだけどね。
「あ、そうだ。美優と友達になれたことを書こう!」
これだったら、『vampiredoll』繋がりの話にもなるし、ありきたりでもなくなる。
書くことを決めたら、早速ペンを手にとって、手紙を書きはじめた。
何日も悩んでいたことが嘘のように、すらすらと書けてしまう。なんと書きはじめてから三十分経たずにかけてしまった。
お母さんのおかげで少し心がすっきりとしたからかもしれない。
動物のシルエットがちょこんと隅にプリントされている封筒に、漢字の間違いがないか、変なことを書いてないか確認した手紙をいれて、動物の肉球の形をしたシールで封をした。
あとは表面に宛先を書いて、裏面に自分の住所を書いたら完成だ。
あらかじめメモっておいた来夢先生宛の住所を表面に書いて、裏面に自分の住所を書く。そのときになにも考えてなかったのがいけなかったのか、間違えて前世の住所と名前を書いてしまった。
「おふ……」
せっかくここまで書いたのに、これではまた書き直しではないか。書き直すか、書き直さないか、迷いに迷って、結論簡単な方を選択した。
「まあ住所までさすがに見ないよね。それに手紙に返信があるわけでもなし、気持ちさえ伝われば十分だもん」
基本的にファンレターへの返事はない。だから返事待ってます、なんて書くのはマナー違反だ。それに来夢先生は夢が生まれ変わってるなんてそんなことは知らない。死んだはずの人からの手紙がきた、だなんて気づかないはずだ。
私はそのまま表面の右上に切手を貼って、次の日の学校へ行く前にポストに投函しようと、鞄の中に手紙をしまった。
――これが、まさか思いがけないことに発展するとは知らずに。