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私たちの○角関係  作者: 鈴野あや
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七話「灰色のぬいぐるみ」

 あれから鼻血が止まったのは一時間が経ったあとだった。

 ずっと流れ続ける鼻血に、瑛ちゃんや美優はすごく心配してくれたけど、小さい頃からやたらと鼻血を出していたこともあって、私自身はあっけらかんとしたものだった。

 今から数年前、鼻血が出るとなかなか止まらない私を心配して、お母さんが私を病院へと連れってってくれたことがある。そこで原因を調べようと採血やレントゲンをとると意外なことが判明した。

 なんと血管が鼻に集中していたらしいのだ。だから鼻血を出すと、なかなか止まらないことが多かったのだとお医者さんから説明された。お医者さんが言うには、一つの血管の出血が止まっても、それが止まる前に他の血管が切れてまた出血してしまうらしい。

 原因がわかったあと、両鼻の血管を電気で焼くことになり、あのときのことは今でもよく覚えている。己の体の一部、鼻の肉が焼ける嫌な臭い、麻酔をかけても全然和らぐことのなかった痛み、鼻の中から響くぱちぱちという恐怖の音。

 当分は大丈夫とのことだったが、また鼻血が出るようになったら、再度電気で焼かなければいけないらしい。鼻を焼く前、鼻血が出続けた最長記録は三時間。だから私は三時間出続けなければ、病院は行かないと決めている。

 一時間なんて、全然大したことはない。そう、全然大したことはないのだ。

 頑張ってそう主張するものの、その話を聞いた瑛ちゃんはますます顔を歪めてしまった。

「今日は送っていく」

「大丈夫ですよ?」

「相澤の大丈夫を俺は信じないことにした」

「そんなぁ……。普通先生なら、そこは信じません?」

 あんまりな言い方に、肩を落としてしょぼんとする。

 そんな私の姿に、瑛ちゃんは苦笑を溢しながら肩をぽんぽんと叩いてくれた。

「先生だから、生徒を心配するんだ。ほら、行くぞ」

 そんなことを言われてしまっては、二の句が告げないではないか。

「……はーい」

 私は間延びした返事をしながら、歩みを進めた瑛ちゃんのあとを追った。


 先生たちの車が置いてある駐車場まで来ると、瑛ちゃんは黒のセダンタイプの車に近寄っていった。どうやら、これが瑛ちゃんの車らしい。

「あ、この車CMとか道路でみたことある」

「よくCMやってるしな。しかも国内売上ナンバーワンの乗用車だ。ハイブリットで燃費もよくて、乗り心地もいいから、みんな乗るんだよなあ」

「なるほど」

「わかってないだろ、相澤」

「あ、ばれました? てか、ただの女子高生がハイブリットだの燃費だのわかるわけないじゃないですか」

「まあ、そりゃそうか」

「そうですよ」

 瑛ちゃんが運転席のドアについている黒いボタンに触れて、車の鍵を開ける。開いたことを知らせる音が車から鳴って、私も後部座席に乗り込んだ。

「失礼します、お願いします」

「はい、お願いされました」

 お父さんが乗っている車とは違い、エンジンの始動音も小さく、揺れもほぼない。本当にエンジンがついているのかもわからないほど、快適な乗り心地で車が出発した。

 生徒が使う校門とは別の出入り口から出るため、生徒と鉢合わせになることはまずない。けれど今のご時世、見つかれば録なことがない。だから私は学校から少し遠ざかるまで、車の窓なら姿が見えないように、態勢を低くした。瑛ちゃんはその気遣いをミラー越しでみたあと、小さくサンキュと呟いた。

 瑛ちゃんは車の中では音楽をかけない人なのか、先程私の家を登録したナビの音声案内以外車の中で音が鳴ることはなかった。

 瑛ちゃんとぽつり、ぽつりと会話をしながら車内を観察していると、ダッシュボードの上にちょこんと置かれている灰色の犬のぬいぐるみに目がいった。

 元は真っ白だった、片手ほどの大きさのぬいぐるみ。

 それを見つけてしまうと、視線がそこにばかり集中してしまう。瑛ちゃんとの会話もそこそこに終わらせて、それを見ていると瑛ちゃんが私の視線の先に気づいたようだった。

「それ、気になるか?」

 気にならないといえば、嘘になる。正直に頷けば、瑛ちゃんは懐かしそうに目を細めて、教えてくれた。

「それはな、俺の大切な人の大切なぬいぐるみなんだよ」

「大切な人の、ですか?」

「そう。だから俺の宝物。嫁さんにも、友達にも似合わないって言われるけど、宝物だからそこに置いてる」

お嫁さんって言葉に胸が痛むのを感じながらも、ぬいぐるみが宝物という言葉に胸が温かくなるのを感じる。なんだか変な感じだ。

「……そうなんですね」

 色んな感情を心の中から出てこないように押し付けて、その一言だけをようやく絞り出す。

「相澤は似合わないって思わないのか?」

 そんなこと思うはずがない。だって、あのぬいぐるみは、『夢』のお気に入りだったぬいぐるみなのだから。大好きな瑛ちゃんがこうして持っていってくれるのが、どれだけ嬉しいことか。

 だけど、そんなことを言ってはいけないのは百も承知だ。

 目を伏せながら、静かに口元へ笑みを浮かべる。そして今の私が言っても大丈夫な範囲を口にした。

「似合わなくっても、いいと思います。その大切な人は蒼井先生が、そうやってぬいぐるみを大切にしてくれてること、嬉しく思ってると思いますよ」

 そんな私の言葉にどう思ったのか、少し間を空けたあと、瑛ちゃんは嬉しそうに目尻の皺を深めた。

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