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私たちの○角関係  作者: 鈴野あや
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六話「病弱?」

 最近気づいたことが一つある。

 それは、瑛ちゃんが私のことを病弱だと思っている、ということだ。瑛ちゃんがそう思うきっかけは、おそらく初日の教室で意識を失ってしまったことだろう。

 対して私が気づいたのは、悠くんと偶然本屋で出会って三日後のことだった。


 午後から体育の授業だったこともあって、昼休憩の間に体操服に着替えて体育館に集合していた。チャイムが鳴る五分ほど前にジャージに着替えた瑛ちゃんがやってきた。久しぶりに見た瑛ちゃんのジャージ姿に鼓動が大きく動いた。

 外でデートするときは、きちんと格好いい姿をするくせに、家で一緒にゲームしたりするときは、必ずといっていいほどジャージだった。理由は単純。動きやすいからだ。他の人だったら、きちんと着替えてよと思うかもしれないけど、私はジャージ姿の瑛ちゃんも好きだった。だって、その姿を見られるのは瑛ちゃんの家族と幼馴染み、そして私だけ。私だけしか見ることがないわけではないけど、特別な気がした。そんな昔の思い出に耽っていると、腕を美優に肘でつつかれた。

「ほら、並ぶよ。なにぼけっとしてんの?」

「あ、うん」

 再び瑛ちゃんに視線を向ければ、心配そうに私の様子を窺っていた。向けられた視線の意味に疑問符を頭の上に並べながら、決められた位置について、準備体操をした。準備体操が終わると、体をならす為に体育館をゆっくりと二周する。歩くより、少しだけ早いくらいのスピードだったこともあって私以外は軽く息を弾ませている程度だった。しかし、それは私以外の話。

 そんな私はというと――。

「…………大丈夫?」

 美優が心底心配そうに尋ねてきた。そんな美優に心配かけまいと、頑張って息を整えようとするがなかなか上手くいかない。

「だ、だい……じょっ、ごほっ……ぜぇ……はぁ、はぁ」

 言葉の代わりに、咳と荒い息ばかり出てくる。

「いやいや、大丈夫じゃないっしょ」

「だい、じょ……だから」

 どうにか信じてもらおうと、大きく息を吸って、喉を痒みや酸素不足を解消しようとするが、咳はでるわ、息は荒いままの状態。

 しかしこれは前世でも、今世でも私にとっては、体育のときの日常的なヒトコマだった。なぜなら、私は極度の運動音痴だからだ。走れば一回は転ぶし、平坦なところを歩いていても、なぜか躓く。その度に呆れられたり笑われながらも瑛ちゃんや悠くん、妹に助けてもらったものだ。

 まだあまり話したことがないようなクラスメイトまで、心配そうに声をかけてくれるけど、なんか逆に申し訳なくなってくる。

 そんな私を見かねたのか、瑛ちゃんが大きな声を出した。その声によって皆の視線が瑛ちゃんに集まっていく。

「今日はクラスの親睦を深めるために、ドッジボールをしようと思う。どういうふうに別れても大丈夫だから、男女平等に二チームになって始めていてくれ。俺は相澤を保険室につれていく。ほら、相澤行くぞ。歩けるか?」

「保険室な、んて、ごほ、大丈夫でっ、……す」

「大丈夫に見えないからつれていくんだ」

「うぅ……」

 瑛ちゃんの肘に掴まる形で、美優に見送られながら体育館をあとにした。


 保険室までの道のり、授業中ということもあって妙にしんとした空気が私たちを包み込む。なにか気を使って話しかけようかとも思ったが、私の口はそれどころではない。荒かった息は徐々に整いはじめていたものの、咳をするので精一杯だった。だとしらこの妙にしんとした気まずい空気はどうすれば。そこまで考えて顔をあげるが、瑛ちゃんは気まずいとも思っていないようで、私の様子を気にかけるように心配そうな眼差しでこちらを見ていた。

「咳、とまらないな」

「ごほっ……いつもの、ことなのでっと」

「……っ大丈夫か?」

 見上げながら話していたのがいけなかったのか、なにもない廊下で躓いてしまう。ちょうど瑛ちゃんの肘あたりを掴んでいたことや、咄嗟に瑛ちゃんがもう片方の手で支えてくれたことで転ばずには至ったものの、この状態は些かまずいのではないかと思ったりする。端からみれば、抱き合っていると想われてもおかしくない状態なのだ。

 まあ私はちょっと、……いやかなり嬉しいけど、瑛ちゃんが変な誤解でもされたら大変だ。

 幸い今は授業中で、廊下に人影はない。けれど念のためにも早めに離れた方がいいだろう。

「ありがとうございます。支えてくださって」

「いや」

 瑛ちゃんもそのことに気がついたらしく、私からそっと手を離した。

 そのまま黙々と足を進め、保健室につくと、女性の先生が私たちを出迎えてくれた。

「あらあら、あなたはこの前の」

「あい、ざわ……ごほ、です」

 四十代手前といったところだろうか。柔らかな雰囲気の持ち主だった。この前は目が覚めたときに先生がいなかったこともあって、今日が初対面だ。

「相澤さんね。相澤さんはなにか持病とかあるのかしら?」

 先生は私を近くにあった椅子に座らせると、軽く質疑応答をしてきた。瑛ちゃんも担任として私のことを知るために、近くでそれを聞いてきた。

「いえ、特に。ただの、うんど、こほ……音痴です」

「そう。なら、いいけど。まあ念のためにちょっとここで休んでいきなさい」

「はい」

 先生に進められるがまま、ベッドで少し横になることになった。

 きちんと私が横になったことを確認して、ゆっくり休めるようにと先生が薄黄色のカーテンを閉めてくれた。

「水野先生、ちょっといいですか?」

「はいはい、どうしました?」

 瑛ちゃんはそのまま皆の元へ帰るのかと思いきや、水野先生を廊下へ呼び出していた。私には聞かれたくないのか、ひそひそ話をするように小さい。そしてそのまま廊下へ出ると、扉を閉めて話し始めた。

 休憩中なら生徒の声で聞こえないのだろうが、今は授業中ということもあって、微かに声が聞こえてくる。耳を澄ませて聞いてみれば、なんと私の話だった。

「相澤は本当に持病とか持ってないんですかね?」

「いや、親御さんからもここに気をつけてほしいとか特に聞いてはいないし、それに本人もああ言ってるんで大丈夫だと思いますよ」

「ですが、初日でいきなり倒れるし、今日も少し運動しただけでこうなるし。……病弱すぎやしませんかね?」

 瑛ちゃん、ごめん。そんなに心配かけて。思わず心の中で謝ってしまう。

 初日は前世思い出して倒れただけだし、今回に限っては本当の本当に運動音痴なだけなんです。前世でも運動音痴だったけど、その時はまだ幼馴染で私がどれだけ運動音痴なのかを熟知していたから、ここまで心配されることはなかった。

 でも今は違う。全く情報のない子が間を空けずにこうもなれば、そりゃ心配にもなるだろう。

「よほど心配はないとは思いますが、他の子よりも気をつけて見ておいた方がいいかもしれませんね」

「そうします。では俺は授業まだあるんで、相澤のことよろしくお願いします」

「わかりました」

 先生に私のことを頼むと、瑛ちゃんは足早に体育館へと行ってしまった。先生は再び保健室の中へと戻ってきて、なにかを書き込む音が聞こえてきた。その音をBGMにして、少しの間目を瞑って休むことにした。

 感覚的には十分ほど休んだあと、咳も出なくなったので、起き上がって体育館に戻ることにした。

「あら、もう大丈夫なの?」

「はい、咳も止まったんでもう行きます」

「無理はしないようにね」

「はい、ありがとうございました。失礼します」

 先生に一通り身体の異常がないかを確かめられ、戻ってもいいと了承を得て体育館へと戻った。もちろん体育館までの道のりで何度が躓いたことはいうまでもない。

 体育館に着くと白熱した戦いが繰り広げられていた。私は邪魔にならないように入り口近くの壁にもたれながら、観戦することにした。

 ドッジボールはすでに終盤に差し掛かっていて、コートの中には二チームとも一人ずつしかいない。その片方には美優が汗をぬぐいながら立っていた。

「え、美優文武両道とかどんなけなの」

 天は二物を与えずというが、絶対に嘘だ。

 対するコートには男子生徒が一人、こちらも汗をぬぐいながら楽しそうに笑っていた。短髪の男子生徒は美優の投げるボールを受け止め、それを投げるも、美優に躱されてしまう。外野の子たちが敵コートにいる最後の一人を倒そうとするが、なかなか勝負はつきそうになかった。

 私も知らずのうちに熱中してしまい、その外野の子が投げたボールの軌道が少しずれてしまい、私の方に向かってきていることに気づいたのはもう避けられないところまできてしまった頃だった。ボールは顔面に直撃し、背にしていた壁に頭を強打する。運がないとはまさにこのことだ。

 ボールが私にぶつかったことによって、ようやくクラスメイトは私が戻ってきたことに気づいたらしい。試合は一時中断され、わらわらと周囲に集まってくる足音が聞こえてきた。その場でしゃがみこんでいると、瑛ちゃんが焦ったように声をかけてきた。

「相澤、どこを打った!?」

 保健室の先生に、他の子よりも気をつけて見ておいた方がいいと言われながら、早速保健室直行になりそうな私。そりゃ焦りもするだろう。なにせ瑛ちゃんの中では私は病弱な高校生なのだから。

「頭と鼻を少々……。で、でも大丈夫です」

 どうにか痛みを堪えて笑顔を作りながら顔を上げれば、皆がぎょっとした顔をしていた。中でも隣まで来ていた美優と、瑛ちゃん、それにボールを投げたであろう男子生徒はさらにぎょっとした顔をしていた。

「……だ、大丈夫です!」

「それが大丈夫な顔のはずないでしょ」

 ぽたぼたと両鼻から赤い液体がこぼれ落ちる。それを隠そうと手で覆ってみるが、効果は全くといっていいほどなかった。

「ほら、これ使って。汗ふいてたからちょっと臭いかもだけど、ないよりはましでしょ」

「美優、そんな汚れちゃうからだ」

「使え」

「……はい」

 美優に睨まれ、私は大人しく使うことにした。しかし鼻血は止まることを知らないかのようにどんどん溢れてくる。

 私のせいで二度も体育が中断されるなんて、なんだか本当に申し訳ない。続けてほしいと言いたかったが、そんなことを言える雰囲気でもなかった。

 だからとりあえず、こう言っておいた。

「保健室、行ってきます」

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