三話「友人」
翌日。学校に行くと、すでにグループが出来はじめていた。この中に途中から入るのは若干勇気がいるのだが、そこは仕方がない。昨日倒れてしまった私が悪いのだから。
とりあえず、隣の席の人にでも声をかけてみるか。
そう思って、隣の席の人をこっそりと観察する。
学校指定の紺色のブレザーをすでに着崩していて、赤色のネクタイはするのが面倒だったのかしておらず、カッターシャツのボタンが二つほど空いていた。もちろんスカートは膝上で、髪は染めているのか少し暗めの茶髪だった。
そんなあからさまな校則違反をしている彼女に誰も近づこうとは思わないのか、まさに一匹狼状態である。
これは話しかけていいのかどうか。グループがすでにできているところに話しかけるののと、彼女に話しかけること。どちらが簡単なのかと思わず天秤にかけてしまう。しかしばっちりメイクをしている彼女が堂々と読んでいるマンガを見て、私は躊躇うことをやめてしまった。
「vampiredollの最新刊ではございませぬか」
語尾が多少おかしくなってしまったのは愛嬌として許してほしい。まさか新しい学校で、同じマンガを読んでいる人がいるとは思わなかったのだ。
「あんたもこれ、読んでるの?」
マンガを凝視する私に、彼女は顔を上げた。
「今一番きてる愛読本です」
即答だった。
「面白いよね、これ」
即答する私に、驚いた表情をするものの、苦笑しながらも会話を続けてくれた。
「うん。なのに周りにハマってる人がいなくて、一人悶えてた。だから良かったら友達になってください」
「え、なにその流れ」
「……駄目、ですか?」
思わず敬語になってしまう。せっかく語り合える友達ができたと思ったのに。しゅんとしていると、なぜか頭を撫でられた。しかもぽんぽんと子供もなだめるみたいにだ。なぜ。
彼女はマンガを閉じて、整った顔を崩して笑った。美人さんはなにをしても様になる。羨ましい。
「いや、駄目じゃないけど。まさかその流れでそう来るとは思ってなかったから。それに私この見た目だし。一緒にいると、他の友達できにくいかもよ?」
「そんなことで友達できないなら、いらない。むしろあなたと友達になりたいです」
「そっか。んじゃ、改めて。私の名前は羽鳥美優、好きに呼んでくれていいよ。えっとあなたは相澤……」
「んじゃ美優って呼ぶね! 私は相澤結芽だよ。結芽って呼んで?」
「りょーかい。これからよろしくね、結芽」
「こちらこそ!」
美優と仲良くなるのに、時間がかかることはなかった。席が隣同士ということもあって、短い休憩時間が来る度にマンガの話や、どこの中学校出身なのか、色々なことを話した。その中でも特に私が驚いた話は、美優がこの学校の理事長の娘だってことだ。
「ってことは、美優ってお金持ち?」
「んなわけないじゃん。見ての通りただの女子高生だし。小遣いも少ないから、もう少し経ったらアルバイトするつもり」
「へぇ。てっきりお小遣い多いのかと思ってた。私の勝手なイメージだけど」
「普通だよ、普通。でもやっぱり親が経営している学校だから、それなりに融通はしてもらってるけどね。普通に着るとなんか、私が私じゃないみたいで、条件付きで許してもらったの」
そう言って、美優は自分の服装を指さした。
「条件付き?」
「うん。授業をずる休みしないこと、テストの順位で三十位以内をキープすることの二つ」
「最初のはいいとして、三十位以内とか激ムズじゃない?」
この学校、実はかなり頭がいい方に分類される私立の高校だったりする。私がこの学校を決めたのは単純に前世に引きずられてだったりするが、それでも入学したことに後悔はない。校舎は古いものの、施設はきちんと整っているし、資格だってたくさん取れる。それに部活だってバリエーション豊かだ。美優という友達もできたし、良い事しかない。
「そう? 別に勉強は苦じゃないし、融通効かせてもらってるから、これくらいは当たり前でしょ」
当然だと言い張る美優が眩しく、そっと目を逸らす。
「…………頭いいっていいな」
「ん? なんか言った?」
「いや別に」
「そう、ならいいけど。てかさ、結芽って親の七光り利用してとか、私も融通効かせてほしいとか言わないんだね」
「条件ちゃんとあるし、別に七光りくらい利用したっていいんじゃないって私は思うよ。あと美優と友達になったのは、融通効かせてほしいからじゃないから、そんなこと言わないよ?」
こんなことをわざわざ聞いてくるということは、もしかたら以前に美優は誰かにそう言われたのかもしれない。だから私は正直にはっきりと答えた。今も、そしてこれからもそういう頼み事は絶対にしないと。
美優は目を見開けたあと、ほっとしたように歯を見せて笑った。
「よかった、結芽がそういう子で。ごめんね、変なこと言って」
「ううん、とんでもない。最初にそういうこと言えて、私も良かったよ」
美優が気にしていることなら、最初のうちに知っておいてほしい。それに改めて言う事でもないから、聞いてくれてむしろ良かった。
「でもさ、どうしても困ったことがあったら言ってね? 出来る限りで力になるからさ」
「ありがとう。美優も、私じゃ力になれるかどうかわからないけど、なにかあったら言ってね?」
そこでちょうどよく四限目の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り、昼休憩にまた離そう、と目配せしあった。