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私たちの○角関係  作者: 鈴野あや
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二話「私は私」

 何事もなかったかのように校内を歩いて、時折すれ違う先生と挨拶を交わす。昇降口までたどり着くと、新品のローファーを割り当てられた下駄箱から取り出し、代わりに今まで履いていた上履きを中にしまった。その流れのままローファーを履こうとすると、ローファーの上にぽたりと一滴、水がこぼれてきた。

「雨漏れ?」

 思わず上を見上げてしまうが、よく考えてみれば、今日は雨が降るどころか雲一つもない晴天だった。だとすれば、この水はなんなのか。内心首を傾げていると、またぽつりと水が降ってきた。それは止むことなく、ローファーや地面に振り落ちる。不思議に思って、頬に手を当てると、頬が濡れていることに気がついた。そこでようやくこの水が自身の瞳から降ってきたのだと知る。

「なんで私、泣いて……」

 泣いていると自覚した途端、堪えきれない嗚咽が襲ってきた。保健室では心の奥底に閉じ込め、気づかないふりをしてきた。それがようやく一目につかない場所に来て、崩壊したのだろう。

 心が痛い。大好きだった瑛ちゃんには奥さんがいる。もう幼馴染でも、彼女でもない。

 今の私たちの関係は教師とその教え子。ただそれだけだ。前世を思い出して、結婚指輪に事実を突きつけられ、辛くないはずがない。

 それでも私は前世を思い出したことに後悔はしていなかった。むしろ、嬉しく思っている部分すらある。殺されたあの日、もう皆に会うことができないのだと思っていたからだ。

 膝を抱え、顔を埋める。耳を澄ましてみても、ここに近づく足音はない。だったら、まだここでこうしていてもいいはずだ。

 私は少し肌寒い昇降口でひっそりと、涙をこぼし続けた。




 ようやく涙が枯れて、持っていた手鏡で顔を見ると、お化けもびっくりするようなひどい形相になっていた。校則で化粧は厳禁となっているため、マスカラとかが落ちてさらに酷い有様になることは回避できていた。けれどそれでもこの目の赤さと周囲の皮膚の腫れ具合はやばい。

 そんな自分に思わず笑いが込み上げてくる。

「酷い顔。それになんか喉も枯れていがいがするし!」

 それでも笑いが込み上げてならないのは、泣いて心が少しすっきりしたからかもしれない。

 昇降口を出てすぐ近くにある水道に行って軽く顔を洗い、持っていたハンカチを軽く濡らして目を冷やす。すると元通りとはいかなくても、まだましな顔にはなった。

 化粧をしていなくても、念のためにと持参していた化粧ポーチからファンデーションなどを取り出し、泣いた形跡を隠す。鏡で何度か確認したが、うっすらと白目が赤くなっていることを除けば、元通りになっていた。

「よし!」

 鏡の中の自分にもう大丈夫だと言うように、にっこりと笑いかける。

「さ、いつまでもここにいるわけにはいかないし、帰りますか」

 自転車置き場まで歩いていくと、そこには当たり前なことだけど私の自転車しか置いていなかった。自転車に跨って、学校を背に通学路を辿っていく。

 行きは既視感や違和感しか感じなかった道が、今は十五年前の思い出が甦ってくる。

「懐かしいなあ……。と言っても、前世では一回しか通えなかったんだけど。あれ、これって通ったって言えるのか? いや、通う予定だったんだし、通ったことにしておこう、うん」

 それでも、懐かしさは十分にある。

 私と瑛ちゃんと、もう一人の幼馴染と、私の双子の妹。四人で高校の制服を見せびらかしながら、歩いた道。部活は四人一緒がいいよね、と言いながら皆別の部活を思い浮かべていたこと。高校生活に胸を躍らせながら、笑いあっていた。

 私が死んだあと、三人がどうなったのかはわからない。けれど瑛ちゃんの姿を見て、ある程度のことは乗り越えられたんじゃないかと思う。希望的観測ではあるけど、悲しいことがあったとき、四人の中で一番最後に立ち直るのはいつだって瑛ちゃんだった。悲しんではくれたと思う。でも私のせいでこれからの人生を台無しにしてほしくはなかった。

 自分が殺された道が視界に入らないよう、少しだけ回り道をして家に帰る。記憶が戻って、すぐにあの道を視界に入れる勇気はまだもてそうになかった。

 玄関横に自転車を置いて、玄関のドアを開けた。

「ただいまー」

「おかえりー。あれ結芽、声枯れてない?」

 リビングからお玉を持って、エプロン姿のお母さんが出迎えてくれた。

「そう? そんなことないよ。あ、クラスの担任の先生が格好良くてさ、それで盛り上がったときに声出し過ぎちゃったかも」

 若干嘘が混じっているが、瑛ちゃんが格好良いのは事実だ。それにお母さんには前世のことで気を遣ってほしくはない。前世のお母さんも大好きだったけど、目の前にいる今のお母さんも大好きだからだ。

「ならいいんだけど。風邪引く前に、薬飲みなさいよ?」

「うん、わかった。ありがとう」

「あ、それと。結芽の好きなマンガの新刊出てたから、買っておいたわ」

「え、本当? 読む読む。書店で働く母を持つと幸せですな」

「調子のいい子ね。ふふ、リビングに置いてあるから、着替えたら読んでいいわよ」

「わーい。お母さんありがとう、大好き!」

「まあ」

 お母さんの呆れたため息が聞こえてくるが、ここは聞こえないふりをするに限る。階段を上がってすぐにある自室に入ると、すぐに制服を脱いで私服に着替えた。

「いざ記憶戻ってみても、意外と混乱しないものだなあ」

 私服姿の自分を姿鏡で確認しながら、顎に手をあてる。

 多少顔だちが違えど、服の好みも、好きなマンガのジャンルも、化粧の仕方だって流行に乗っているところ以外は変わらない。違うといえば髪の長さと瞳の大きさくらいだ。前世では肩までしかなかった髪が、今世では腰下あたりまであるし、前世と違って今世の瞼は二重だ。瑛ちゃんが気づかない程度には顔だちは違うんだろうけど、私的には違和感はそんなにない。身長だって前世と同じ百五十センチちょうどだし。

「悲しみはあれど、私は私って感じ?」

 瑛ちゃんが結婚していたのは悲しいし、前世の友人や両親、妹に会っても、私だと認識されないのは寂しい。でも前世と今世の記憶がこんがらがって、私は誰? 状態にはならなかった。むしろ前世の記憶が甦ったことで、私自身がしっくりくるというか。両方とも私だから、今の私を見てよ状態にもならないというか。

 うん、自分でもなにを考えているのかよくわからん。

 とにかく大丈夫って感じだ。

「瑛ちゃん以外にも一目だけでもいいから、会えたらいいなあ」

 だからこその想いだと思う。向こうが『夢』だと認識しなくてもいい。皆の今の姿をちらっとでもいいから見たかった。

「でもその前に、今は学校を楽しまないと損だよね」

 前世では楽しむ前に去ってしまったから、今世では精いっぱい楽しみたい。皆が気になるからって学校生活をおろそかにしては意味がない。私は『夢』が出来なかった分もたくさん『結芽』として楽しみたい。

「よし、まずはマンガからだ」

 だからといって、方向性が微妙に違うのは許してほしい。

 今は新刊が気になって仕方ないのだから。

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