十一話「親友」
「あーーーー……」
「…………」
「うぅーーーー……あだ」
「鬱陶しい」
翌日。学校でサイン会をどうしようかと唸っていると、見かねた美優に頭を教科書で叩かれた。
「ごめんよぉ。でもさあ」
「なに?」
「困りすぎててどうすればいいのか徹夜して考えても、わからないんだよ……」
サイン会の整理券をもらったその日の夜。ない頭を振り絞って考えてみたいものの、名案はなかなか思いつかず、気がつけば朝になっていた。おかげで目の下にはうっすらと隈ができている。
「んで、唸ってると」
「そうなの、はぁ……どうしよう」
「ああそう。そんな結芽に聞きたいことあるんだどさ」
「なに?」
「目の前にいる私は結芽にとってなに?」
「友達です」
「それは友達には相談できないことなの?」
どこか拗ねたような声音に、顔をあげれば眉を寄せて視線をそらしたままの美優がいた。
前世のことは相談できない。けれどぼかしてなら相談できないこともない。そして美優は今一番話が合って仲のいい友達。もし美優が悩んでいるなら、私も力になりたい。それは美優も同じことだったのだろう。目の前であれだけわかりやすく悩んでいたら尚更だ。むしろ、なんで頼ってくれないのだと美優のように拗ねてしまうかもしれない。
そんな当たり前のことに気がつかなかったなんて、なんて私はバカなのだろう。しかも悩んでいる件は美優も関わることだ。一人で悩んでいるだけじゃ見つからない答えも、美優と考えれば見つかるかもしれないのに。
「ねえ、今更かもしれないけどさ……ちょっと相談ごとがあるんだ」
「……ふーん」
そっけない返事ではあるけれど、視線はきちんと私に向いていた。
「しても、いいかな?」
「結芽がどうしてもっていうなら」
「どうしても、なの」
「最初からそういってくれればいいのに」
「ごめんね」
こうして、私は前世のことをぼかしながら美優に話すことにした。
「なるほどねぇ。それで悩んでたわけだ。それにしてもすごい偶然」
「でしょ?」
美優に話したのは、こうだ。
偶然本屋で知り合ったお兄さんに来夢先生へ送るファンレターのレターセットを選んでもらった。けれれど実は、そのお兄さんが自身が来夢先生だった。しかもお兄さんとの会話で最近気づいたことがあって、それはお兄さんと私は昔近くに住んでいたということだ。お互いに知り合いだったけれど、小さい頃に私が事故に遭って救急車で搬送、その後元々引っ越しが決まっていたこともあり、挨拶もできないままお別れになってしまった。当時は入院と引っ越しが重なってしまい、お兄さんに無事であることを伝えておらず、もしかしたらお兄さんは死んだと思っている。死んだと思っている相手から前の住所、死んだと思った相手からファンレターが来たら怖くないか、と嘘半分事実半分で話してみた。
「……現実そんな話あるもんなんだね」
美優の反応は最もだと思う。
「あるからこうやって困ってるんだよ……」
財布から整理券を二枚取り出して、美優に見えるよう机の上に並べて置く。
「しかも、その時にマンガをもらう約束もした、と」
「はい」
「行くしかなくない?」
「ですよねー……」
美優の一言に、私は机の上に突っ伏した。
そんな私の肩を、どんまいとでもいうようにぽんぽんと叩く。
「私もついていってあげるからさ」
「美優さまぁ~」
美優の優しさに胸がじんとする。思わず抱きついてしまった。そんな私の背中を美優は優しく撫でてくれた。持つべきは友だというが、本当にそうだと思う。
「それに、案外ばれてないかもしれないよ? 住所なんてそんなじっくり見ないだろうし」
「かなぁ……?」
「それにさ、そんなに来夢先生って性格悪いの? もし見られてても、また会えたことに嬉しさはあっても怒りとかはないんじゃない?」
「性格は悪いはずないじゃん! 優しいもん!! でもまあ、そうだよね。怒りはない……とは思うけどさ」
――気持ち悪がらなければ。
自分が記憶を持ったまま転生なんてしなければ、一生、生まれ変わりなんて信じなかっただろう。
だから尚更、経験していない悠くんが信じる確率は限りなく低いと考えている。
生まれ変わったのだと、伝えるつもりは一生なかった。その気持ちは今でも変わらない。
でも今回のことは、私が面倒くさがったせいで起こってしまったこと。基本は隠していくつもりではあるけれど、最悪本当のことを話すことも視野に入れていかなければいけないだろう。
たとえ気持ちがられようとも、怖がられようとも、避けられようとも。それを私は受け入れなければいけない。
「まあずっと考えてても、事態は変わらないんだからさ、落ち着きなよ。一ヶ月後の日曜日だっけ?」
「うん、そうだよ」
「おっけ、ちゃん予定あけとくね。……あのさ」
「ん?」
抱き締め返してくれていた美優が身体を離して、真面目な顔を向けてきた。
「もし……もし、なんだけどさ、来夢先生が怒ったりとかしたらさ」
「うん」
「私の……し、親友は意地悪で隠してたわけじゃない! って怒ってもいいかな?」
美優のその気持ちは素直にすごく嬉しい。
けれど、それよりもさらに『親友』という言葉が嬉しくてたまらなかった。
沈んでいた心が一気に浮上する。まだ心の中はもやもやしているけれど、今はそれよりも嬉しさが勝った。
にんまりとする頬を我慢しきれず、だらしない顔をしていると、美優は照れて赤くなった顔をぷいっと背けてしまった。
「みーゆうっ」
そんな美優に再び抱きつく。
「な、なに」
「だいすきっ!!」
「いきなり、なんなの……もう」
嫌なそうな声音を出すけれど、それが本気ではないのは顔が物語っていた。
「美優大好き!」
「はいはい、わかったから。次移動教室だから早く行くよ」
「うん!」
いそいそと教科書を用意する美優に、元気よく頷いた。