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七:サラマンダー

 サラマンダーが咥えているものの正体に気づいた時、まず最初に動いたのは父だった。

 先程までの青い顔は何処かへ消え去り、今の顔は怒りによる激情が支配している。

 さっきも見た、体術による縮地にて一気に間合いを詰め、狙うのはその首筋。並の魔物ならば一瞬でその首を跳ね飛ばせただろう。

 しかし、相手は並の魔物などではなく、強大な神霊、四大精霊の一柱だ。どうやら父の、その人外の域にすらある速さでも見切ることが出来るようだった。

 さらにその上

「とと・・・さま・・・」

「・・・っ!」

 どうやらまだ意識があるらしきタマモの声に、父は一瞬の躊躇を覚えてしまったようだ。サラマンダーは剣戟を難なく回避し、さらに体を回しその尾で父を打ち据える。

「ぐっ・・・!」

 父は何とか剣で防ぐことが出来たようだが、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 飛ばされた後は大木に衝突し、そのまま膝をついてしまう父。大きな怪我はないようだが、衝撃で内臓にダメージを負ったか、その口元からは、血が一筋すっと流れ落ちていた。

 しかも尾はかなりの高温らしく、一瞬で剣が赤熱化していた。恐らくもう刃物としては使えないだろう。

 さっきは盗賊たちを一瞬で屠った父が、今度は一瞬で戦闘不能にまで追いつめられてしまう。これが四大精霊の持つ力という物か・・・

「ぐっ・・・・タマモを・・・・離せ・・・・・!」

 それでも尚サラマンダーを睨みつける父。体が動かず、武器を失ってもまだ、その意志は折れてはいなかった。

 だが、これ以上は無理だろう。そもそも人の身で、ましてや剣術のみで精霊に打ち勝つこと自体普通は無茶な話なのだ。



――ならば、次は私の番だ。体自体は人の身だが、扱う術はただの人の物ではないのだから。


 というよりそもそも、私は今非常に怒り狂っているのだ。

 四大精霊?知るかそんな事!

 人の大事な妹に何をしているのだ貴様は・・・・・・っ!!!


 私はゆっくりとサラマンダーに向かい歩いて行く。

 その足取りは不自然にジグザグとしたもので、千鳥足のようにも見えるものだ。

「っ!セイ!よせ!そいつに近寄るな!」

 その様子に気づいた父が私を止めようと声を張り上げる。だが、今回ばかりはその声に耳を傾ける気はない。

 サラマンダーはこちらに近づいてくる私を警戒してか、身構える様子を見せる。

 そして次の瞬間には、その体の周囲に一つ、二つと、次々と火球が現れていく。

 火球の数が十を越える頃、それらは一度煌めき、次の瞬間にはこちらに向かって打ち出されていた。差し詰めファイアーボールの魔術といった所だろうか。あの熱量、恐らく一発でも当たれば命はないだろう。

 それらは皆正確に私を狙っており、何もしなければ全て私に命中し、次の瞬間には私の体は消し炭になっているはずだ。

 だが、そんな未来は訪れなかった。それらの火球は途中で急に方向を変え、私とは離れたてんで出鱈目な方向に着弾したのだから。

 その結末が予想外だったからか、サラマンダーは大きく目を見開いている。だが、この結果は私が導いたもので、当然の結果だった。

 この結果を導いたのは、禹歩、もしくは反閉と、そう呼ばれる術式だ。

 ただジグザグに相手に向かっているように見えるだけのこの歩法、実は歩法そのものが陰陽術の術式となっている。

 今行っているのは厄除けの術式であり、自身に対する攻撃を全て拒絶する物だ。この歩法を続けている限り、例え高位の神霊の攻撃であっても私に届くことはない。

 ただこの術式、歩き方や方向が決まっているため、動き回る相手に使用するのは非常に難しかったりする。術式自体はそこまで難しくはないが、こうして戦闘に用いることが出来るのは平安の世にも私以外殆ど居なかった。

 さっぱり当たらないファイアーボールにしびれを切らしてか、サラマンダーはこちらに身構え、跳躍の姿勢を見せる。どうやら直接攻撃に切り変えたようだ。

 サラマンダーが跳躍するのに合わせ、練気法で身体能力を大幅に引き上げる。

 練気法による身体能力の強化には、動体視力の強化も含まれる。これにより、突進してきたサラマンダーの攻撃を見切り、ギリギリの所で回避する。

 禹歩による攻撃の無効化は、その特性上遠距離攻撃には有効だが、こうして直接攻撃を仕掛けてきた場合は効果が薄いのだ。そのため自分で回避を選択しなければならなかった。

 服の袖が少し焦げたが気にしている余裕はない。いくら強化しているとはいえ相手は高位の精霊、本来人間が回避できるような攻撃ではないのだから。


 だが今ので確信した、今の私の術でも通用すると。

 魔物相手ならばもっと効果的な術があるのだが、相手は精霊で破邪の術式は使えない。九字が効けば一発なのだが、恐らく通用しないだろう。私が使える最強の術が封じられている形になる。

 だが、退魔術だけが陰陽道ではない。深遠なる陰陽道の秘奥には、まだまだ沢山の術式があるのだ。

「水剋火!」

『グルァアアアッ!!』

 例えば五行相克の術。水を持って火を打ち消す、単純だが効果的な術式だ。火の精霊ならば当然有効だろう。

 印を結んだ後に放たれた水流がサラマンダーの胴体を直撃する。当たった箇所の炎は消え、もうもうと水蒸気を立てながら、今は赤黒い鱗が露出している。

 しかし仮にも四大精霊、人の扱う術式程度では滅ぼすことは出来まい。現に、炎が消え体表が露出していた部分には、早くも新たな炎が立ち昇り始めている。

 恐らくこのまま続けてもジリ貧となるだけだろう。だが、今の術の目的は、相手を倒し切るためのものではない。

「大祖より借り受けたるは善童鬼、妙童鬼、来たれ鬼神よ、前鬼、後鬼!」

 懐から式札を取り出し、式神を呼び出す。今回呼び出したのは十二天将ではなく、役小角が使役していたとされる、二柱の鬼神だ。

 術式が完成した後、目の前に佇むのは二柱の鬼神。ニ本の角に筋骨隆々とした逞しい体、その鋭い眼光は、まさに皆がイメージする鬼そのものだろう。

 前鬼、後鬼、ともに姿形はほぼ同じだ。だが、前鬼はその肌が赤い赤鬼で、後鬼は青い青鬼だ。前鬼はその手に戦斧を持ち、後鬼は水瓶を携えていた。

 二柱共強力な鬼神ではあるが、有名な存在でもあり、私以外にも呼び出せる人間は何人か居たはずだ。

 十二天将の誰かを呼んでも良かったのだが、今回の目的にはこの鬼神が一番適任だと判断した。天将たちの出番はもう少し先だ。

「疾くと行け、急急如律令!」

 式にさらに術式をかけ、今回はスピードにブーストをかける。

 急急如律令とは、要は術式を強化する真言だ。これにより前鬼と後鬼の速さは、人に出せるものの限界を軽く越える。

 炎を消した時に出来た大量の蒸気、それに紛れて前鬼と後鬼がサラマンダーに肉薄する。かなりの高熱なはずだが、鬼神たちはそれを物ともしない。

『グゲッ!』

 前鬼が叫び声を上げながらサラマンダーに斧を振り下ろす。

 その一撃は、鋭い風切り音とともにその赤黒い鱗を切り裂く。

『グルァアアア!』

 傷口からは血ではなく、炎が噴き上げていた。さすがは炎の精霊か、血潮ではなく炎が全身を巡っているらしい。

 残念ながら今の一撃は致命傷には程遠い。だが、怯ませることは出来た。

 その隙に前鬼は、今度はサラマンダーの首を狙う。だがこの動きは読まれたようで、尻尾を振り回し迎撃しようとする。

 それを前鬼は跳躍で回避し、さらに空中から斧を投擲する。

『ギャオォオオ!!』

 斧はサラマンダーの右目に直撃し、その視力を半分奪った。そしてその衝撃でサラマンダーは顎を広げ、咥えていた物を落とし、

「今だ後鬼!」

 後鬼が手にしている水瓶から水柱が立ち、それは形を変えながら、まるで蛇のような動きでサラマンダーが離したタマモを確保する。

 後鬼の持つ水瓶には理水と呼ばれる霊水が貯められており、後鬼の意思で自由に形を変えられるのだ。

 水はやがて繭のような形になりタマモを保護する。これで炎によるダメージはもう受けないはずだ。

 本来ならすぐに治療に入りたいところだが、奴をどうにかしないとそんな暇はないだろう。今は目的通り救出が出来ただけで良しとする。

 そう、前鬼と後鬼を選んだのはタマモの救出を第一としたからだ。

 選んだ理由は、この汎用性からだ。高熱の蒸気にも怯まない頑丈な体を持ち、かつ二体の間でのコンビネーションを取れ、さらに救助向けの技能を持つ、それがこの二柱の鬼神達だったのだ。

「良くやった前鬼、後鬼。帰還せよ」

 仕事を終えた前鬼、後鬼を帰還させる。このまま二人に任せても倒せるかもしれないが、ここは最善と最短を選ぶことにする。


「北方より、来たれ凶将、水神の後三、玄武!」


 式札を宙に投げると、召喚されたのは巨大な亀獣だった。

 その尾からは蛇の頭が首をもたげており、サラマンダーを睨みつけている。


――十二天将が一柱、北を守護する四聖獣、玄武


 水を司る水神にして、また武を司る武神でもある。

 サラマンダーの十倍はあろうかというその巨体は、その蛇の頭と亀の頭、計4つの瞳で炎の精を威圧している。

 その威圧感にさすがの大精霊も怯んだか、先程までよりも遥かに警戒した様子を見せる。

 そしてその警戒は正しい、何故ならこの玄武は、サラマンダーに取って天敵足りえる存在なのだから。


「玄武、頼んだ」

『・・・・・・』

 玄武は私の言葉に無言で頷く。元々寡黙な性格なのか、玄武は必要以上に言葉を発することはない。

 しかし、言葉など無くとも私たちは通じ合うことが出来る。それだけの信頼関係を私と天将達は結んできたのだから。


 威圧に耐えられなくなったか、サラマンダーはとうとう玄武に攻撃を仕掛ける。先程も見せた火球だ。

 だが今度はその数が先ほどとは比較にならない。数十どころではない数の火球が、宙に現れている。やはり先程のは様子見で、今度こそ本気ということだろう。

 やがて火球は先ほどと同じように一度煌めき、玄武に向けて一斉に放たれた。そして直後、激しい轟音とともに玄武に向かって殺到する。

 一発一発が通常なら必殺となる威力の火球、それがあれだけの数だ。直撃すれば無事でいられる存在など存在しないだろう。激しい爆音の後、サラマンダーは己の勝利を確信していたはずだ。

 しかし、そうはならなかった。爆煙が晴れた後、そこに残っていたのは、無傷の玄武と、その前にそびえる巨大な氷の壁・・・だった。

 水を司る水神、それはつまり、水ならばどのようにも操れるという意味だ。

 十二天将にはもう一人、天后という水神が居るが、玄武は彼女よりもより戦闘向けだ。武を司る神の名は伊達ではない。

 まぁ、そもそも天后自体荒事には向かない天将ではあるのだが、それは今は置いておこう。

 そしてその玄武の水神としての権能、それにより目の前の氷の壁は築かれたのだ。泉の水を瞬時に強固な氷の壁に変えるなど、玄武にとっては片手間にできるような事だ。

 これがただの氷の壁ならば先ほどの火球の連打には耐えられなかっただろう。しかし、これは仮にも水の神が作ったもの、神霊としては格下に当たるサラマンダーの火球など、幾ら当たろうがびくともしない。

 そう、神霊にも格というものがある。目の前のサラマンダーは、確かにその辺の魔物やかつての魑魅魍魎などに比べても、明らかに格上の存在だ。だが、私の十二天将たちは更にその上をいく。

 何せ天将達は、全員が五行を司る『神』であるのだ。ゆえに、こうも呼ばれている、『十二神将』と。

 いくら大精霊といえど、精霊と、神と崇められる存在では大きく格が違う。

 例えば、今の火球の攻撃、同じ四大精霊のウンディーネが相手であれば多少は効果があっただろう。もちろん属性の相性から大きなダメージは望めないまでも、同格の存在である以上、多少は有効なはずだった。

 しかし相手は水神だ。西洋の神であれば、ポセイドンなどの主神ほどとは行かずとも、例えばトリトンやオケアノスと言った海洋神と同程度の神格は持っている。

 そんな相手にいくら大精霊といえども、炎が効く訳がないのだ。

 攻撃を無効化されたサラマンダーは焦った様子を見せる。今更ながらに格の違いを理解したのかはわからないが、もう遅い。

 『・・・・・・ッ!!』


 玄武の声なき咆哮の後、氷の壁は形を変え、サラマンダーを取り囲むように変形していく。

 そしてみるみるうちに天井まで塞ぎ、サラマンダーを完全に閉じ込めてしまった。

 サラマンダーは壁を破ろうと体当たりを試みているようだが、ドンドンと音がするだけで壁には罅すら入る様子はない。

 次は火球による攻撃に切り変えたようだが、それも先ほどと同じように全く効いていなかった。

 この時点で、もう詰みだ。あとは少しの間待つだけで良い。

 サラマンダーの燃え盛る炎、それを消すのは容易ではない。五行相克による水ですら少しの間消すことしか出来なかったのだ、幾ら水神の操る水とはいえ、相剋の術式が組み込まれていないただの水では消すことは出来ない。

 ならばどうするか、簡単なことだ、火を消す方法は別に水をかけるだけではないのだから。


――しばらく待っているうちに、サラマンダーから燃え盛る炎は段々と小さくなっていった。そして炎が全て消える頃には、赤黒い鱗を持ったトカゲが、動かなくなって横たわるだけになっていた。

 

 炎が燃え盛るために必ず必要なもの、それは酸素だ。それがなければどんなに熱を持っていても、炎を上げることは出来ない。

 そこでこの氷の檻だった。サラマンダーの周囲を氷で完全に覆い密閉することで、酸欠状態を作りだしたのだ。

 水を掛けるだけが炎を消す方法ではないというのは、こういう事だった。水神だからといって、炎を消すのに必ず水を使う必要は別にないのだから。

 同じことは、十二天将ならば、例えば土神にあたり、守りに長ける勾陳などでも可能だろう。周囲への影響を考えなければ他にも出来る天将は居る。

 しかし、周囲へ被害を与えず、かつ確実に仕留めるとなると、属性的にも有利であり、荒事に慣れている玄武が最適だったのだ。

 炎による攻撃を完全に無効化でき、さらに炎を消す最適な方法を持っている。故に、玄武はサラマンダーにとって天敵となる。

 これがもし他の天将であるならば、もしかしたらわずかでも生き延びる手は合ったかもしれない。しかし、玄武が選ばれた時点で未来は決定していたのだ。

 サラマンダーの敗因は、差詰め・・・昔読んだ漫画の台詞を借りるなら、そうだな・・・

 

 私を怒らせた、ただその一点だ――

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