五:泉の正体
「ちっ、獲れたのはこんだけか・・・」
森の中、弓で仕留めた今日の晩飯になる予定の野兎を肩からぶらさげそう毒づく。
妖狐族の村を襲った帰り、運悪く騎士団に遭遇してから散り散りになり、一年近くの逃亡の末何とかこの森に逃げ込んでから3日。今のところ狩りで糊口を凌いでいるが、それもそろそろ限界だろう。
「頭ぁ、どうでしたか?」
「はん、兎が一匹、俺の分しかねぇからテメーらはお預けだな」
「そんなぁ勘弁して下さいよ頭ぁ!」
「うるせぇ!ガタガタ言うなら自分で取って来やがれ!」
「そんな無茶言わないでくださいよぉ!表の村の連中が山狩りに来てるんスから!そいつらにバレないように狩りなんて頭にしか無理ですよぉ!」
「その俺だってコソコソ兎一匹狩るのが低いっぱいなんだから諦めやがれ!」
「そんなぁ~!」
本当ツイてない。最初森にたどり着いた時は、魔物は出ないし隠れる場所は多いしで天国かと思ったが、まさか森の表側にある村の連中が山狩りを始めるなんて思わなかった。
しかもその連中、遠目で見ただけでもかなり鍛えているようだし、その中でも一人別格の男が居た。
というか、見間違えじゃなければアイツは確か昔王国騎士団の団長やってた奴じゃねぇか。なんでそんな化モンみたいな奴がこんな辺鄙な村にいやがるってんだ・・・
ここ最近の俺達は間違いなくツイてない。ケチのつけ始めは妖狐族の村を襲った時、売り飛ばすために捕まえようと思ったガキを取り逃がしたあたりからだろうか。
腹いせにガキの両親の死体はギタギタにしてやったが、そのせいで出発が遅れて騎士団にかち合っちまった。
お陰で残っている連中は俺を含めてもう4人しか居ない。それもやっぱりあのガキのせいだ。
流石にもう合う事はないだろうが、もし会ったら犯した後ぶっ殺して両親以上にズタボロにしてやる。まぁガキだから楽しめはしないだろうが、それでもこのムカっ腹は多少収まるだろう。
そんなことを考えながら、昨日から寝床に使ってる泉の側の木のうろに入っていく。
この木のうろ、不思議な事に一旦中に入ってしまうと、外からは人の気配を感じ取ることができなくなるらしい。
部下の魔術師の奴の話だと、何故か迷宮の様なものになってるそうだ。まぁ迷宮にしては随分と小さいが。
そのせいかこのうろ、中に入ると見た目よりも随分と広い。小さいとはいえ一応別の空間ってやつらしいし、俺達が全員入っても、普通に横になって眠れるくらいの広さがあった。
詳しい原理はよくわからないと言っていたが、まぁ便利なのは確かだし理由はどうでもいい。
うろの奥には何か石でできた祭壇みたいな物があった。こんな場所で何を祀ってるのか知らないが、まぁ俺達には関係ないだろう。
高さ的にも丁度いいから調理台代わりに使わせてもらおう。早速狩ってきた兎を祭壇にのせ、捌き始める。
「っ!ちくしょう、本当ついてねぇ・・・」
イライラしながら乱暴にナイフを扱っていたからか、指先を少し切っちまった。大した怪我じゃないとはいえさらにイライラしてくる。
「・・・ん、何だ?」
指先の血が祭壇に触れた時、祭壇の奥がほんの少し小さく光った気がした。ただそれは一瞬で消えてしまったようで今は特に変化は見られない。
まぁ気のせいかもしれないし、気にすることはないだろう――
「おかえりなさい、父さま」
「ととさま、お帰りなさいです」
「ああ、ただいまタマモ、セイ」
父が今日も森で盗賊の捜索を終えて帰ってきた。山狩りを初めて今日で3日目だが、いまだに発見には至っていないらしい。
ただ野営の跡や、村の人間ではない魔力の残り香などが見つかったため、何者かが森に侵入したのは確かだという。
というか魔力の残り香が村の人間のものであるかそうでないかがわかるとか、父の魔眼はどれだけ高性能なのか。いくらあまり魔術は使わないと言ってもちょっと羨ましくなる。
「あら、それじゃあ今日も成果は無かったのかしら?」
「まぁそうなんだが、森・・・というか森のなかの泉に、ちょっと変わったことが起きていてな・・・」
母の質問に、少し考えこむ姿勢を見せながらそう答える父。泉というのは恐らく私達が修行に使っているあの泉のことだろう。
「泉に変わったこと・・・ですか?」
「ああ、季節はもうすぐ冬だというのに・・・泉の水が、昨日と比べて随分と温かかったんだ。」
何でも捜索の途中、喉を潤すために泉の水を飲もうとした所、その水が随分と生温いことに気がついたらしい。確かにこの季節なら、普通泉の水はかなり冷たいはずだ。
「泉の水・・・ですか・・・」
「ああ、まぁ盗賊たちとは関係ないと思うが気になってな。プエラは何か知らないか?もしかしたらエルフの伝承とかにそういう現象が伝わってないかと思ったんだが」
「・・・ごめんなさい、あなた。ちょっと思い当たらないわ」
「そうか、いや、なら良いんだ。不自然ではあるが、たまたま日差しが長く当たって温まっていたとか、そういう理由かもしれないしな」
いや、いくら日差しが当たったからといって、泉というものは常に水が湧き出している物なのだ。普通そんな急激な温度変化は起きないはずだ。
そうするとこれは自然現象ではなく、また人為的に起こすことも難しい内容だ。
ならば考えられるのは、やはりアレの関係だろう。しかし二人はアレの事を知らないのだろうか?
あの森自体、神護の森などと呼ばれているのだし、皆知っていると思ったのだが・・・
「あの、父さま、母さま、あの泉に眠っている物の事は知らないのですか?」
「泉に眠っている物・・・?」
「なにか知ってるの?セイ」
ふむ、どうやら二人共知らないようだ。
「あの泉には、大昔に暴れた炎の精霊が封印されているらしいと本で読みましたが・・・」
「そんなことが?というかウチの本にそんなこと書いてあるものってあったかしら・・・」
「いえ、ウチのはもう全部読み尽くしたので、村長の家にある本を借りたらそんな内容が・・・」
「ああ、最近村長の家によく行くのはそういう事か・・・」
そこそこの在庫量を誇る我が家の書斎だが、流石に毎日のように読んでいたせいで、とっくに読み尽くしてしまっていたのだ。そのため最近は村長の家にある古い伝承の本などを読ませてもらっている。
村長は、初めて合った時は偏屈な爺さんという印象だったが、そこは今のこの子供の体をフル活用して、爺さまと呼んで慕ううちにすっかり心をひらいてくれていた。
どうやら孫は居ないらしく、私のことを孫のように思ってくれているらしい。・・・まぁ、そういう風に誘導したことは否定はしないが。
これでも私だって晴明時代には孫が居たのだ。あの可愛さを理解している以上、理想の孫の姿を演ずるなど容易いことよっ・・・!
とまぁ話しがずれたが、そういう理由で私はこの地に伝わる伝承なども一通り覚えていた。その中には、大昔に暴れた炎の精霊を、神様が泉に封印したという話があったのだ。
封印が解かれないよう、神様は泉の周囲の森に結界を張り魔物が入り込まないようにしたという。それ故あの泉周辺の森は神護の森と、そう呼ばれているらしい。
実際あの泉の底からは、かすかに神霊の気配を感じる。そんな場所で派手に陰陽術を使って大丈夫なのかと思うかもしれないが、見たところあれはかなり強固な封印であるし、その程度で目覚めることはないだろう。
「この村に伝わる古い伝承・・・私たちは、元々この村の出身という訳ではないから、知らなかったわ・・・」
そうか、考えてみれば母は貴族の出だというし、こんな村の出身ということはないのだ。父も王都の騎士団出身であるならば別にここが故郷でなくとも不思議ではない。
なら何故こんな村に、とも思うが、まぁそれは今度別の機会に聞いてみようか。
「となると一度村長に相談したほうが良いか・・・」
「そうね・・・水温の上昇と炎の精霊、無関係とは思えないし・・・」
「父さま、母さま、私も一緒に行っていいですか?」
「タマモも行きたいです!」
「そうだな・・・セイは随分魔術に詳しくなったようだし、何かの役に立つかもしれないしな。タマモも、まぁついでに良いだろう」
こうして、何だかんだ家族総出で村長宅に向かうことになった。泉の異変、杞憂であれば良いのだが・・・
「おお、セイや、それにそっちはタマモちゃんかね?よく来たのぅ、さぁ上がると良い」
「はい、爺さま」
「おじゃましますです」
私達が村長宅に着くと、出迎えてくれた村長が笑顔で家に入るように進めてくれる。
「・・・なぁセイ、村長ってこんなに当たりの良い人だったか?」
やだなぁ父さま、何時も通りじゃないですか。
「・・・なんじゃ、ヤナにプエラリアもおったのか。まぁ良い、入れ」
「・・・はい、お邪魔します」
私達との態度の違いに釈然としない顔をしながら父が、苦笑しながら母も村長宅へと入っていく。
ふっ、可愛い孫達と中年のおっさんでは態度が違うのは当然ではないか。
「それで、今日は何の用じゃ?セイたちだけではなくお前たちも一緒ということは何かあったんじゃろう」
客間に通された後、村長の方からそう切り出される。父たちの真剣な顔を見て何か合ったのだと悟ったのだろう。
「ええ、実は・・・」
森の泉に起きた異変を父が説明する。話を聞くうちに村長の顔もだんだんと真剣味を帯びた顔となっていく。
「成程泉の水温が・・・確かに、それは炎の精霊と何か関係がありそうじゃな・・・」
どうやら村長も同意見らしく、調査をしたほうが良いということになった。
「しかし調査と言っても、何を調べれば良いのか・・・」
「確かにそうじゃのぅ、まさか泉の底まで潜る訳にもいくまいし・・・」
あの泉、奥の方は結構底が深く、恐らく相当な泳ぎの名手でも水底にたどり着くまで息が持たないだろう。
「あの、もしかしたら祠の方に異変があったのかもしれません」
「祠・・・?」
「どういうことじゃ?セイ」
私がそう意見すると、怪訝そうな顔をされる。どうやら村の人間はあの祠のことを知らないらしい。
まぁ私自身気づいたのは最近なのだし当然かも知れないが。
「実は、泉の側の大樹に大きなうろがあって、その中に祠があったんです。まとっている気配から多分炎の精霊に関係があるんだろうと思ってたんですが・・・」
そう、タマモを初めて見つけたあのうろ、中は実は一種の異界のようになっており、その奥には、恐らくその精霊を封じる要になっているのであろう祠があったのだ。
あの夜私がタマモの存在に気付かなかったのは、その異界の中に居たからという理由が大きかったりする。
一度中に入ってしまうと、別の空間に飛ばされてしまうため、外からはその気配を感じ取ることが出来ないようになっているのだ。
タマモを見つけた後、不自然に思って調べた時にわかったのだが、なかなか良く出来た術式で感心したものだ。
「木のうろ・・・そういえば、確かに人が一人通れそうな大きさのうろがあったな」
「成程そんなところに・・・まぁ好き好んで中に入ろうとする奴は居らんじゃろうからなぁ・・・」
確かに普通の大人が意味もなく木のうろに入ろうなどとはあまりしないだろう。
そもそも神護の森自体、特に大きな獲物が取れるわけでもなく山菜が沢山取れるというわけでもないので、大人はあまり入ってこない。それこそたまに散歩コースに使う位だろう。
逆に子供にとっても遊びに使うには微妙に遠く危険な場所のため、近づくものは少ない。せいぜいが森の入口くらいまでで、泉のある奥まで来る者は、実はほとんど居なかったりする。
村長ですら今まで数度しか行ったことがないらしい。
「ならば調べるべきはその祠じゃろうな・・・じゃが流石にワシの体力じゃと、あの場所まで行くのはちとキツイのぅ・・・」
「それに盗賊のこともありますし、ここは私が行くので村長は待っていてください」
「ヤナ・・・じゃがお主、封印の術式など、わかるのか?お主の目は見ることは出来ても、流石に封印術ほど複雑な術式の解析、お主にはキツイじゃろう」
「む、それは・・・」
父の魔眼は確かに魔力を見ることが出来る。そして術式に介入して無効化するということも出来る。
しかし、無効化するには相手の魔術を理解していることが前提であり、使われる術式が大体同じ系統になる攻撃魔術ならまだしも、複雑な制御の積み重ねで作られる封印術などとは、相性が悪いのだ。
まぁ封印術など複数の術者が長時間術式を制御してやっと発動するようなものだし、戦闘中に使うことは出来ない儀式魔術だ。そのため今まで父には問題とならなかったのだろうが、今回はそういう訳にはいかない。
「プエラリアは・・・治癒術式以外はさっぱりなんじゃったな・・・」
「はい、お恥ずかしながら・・・」
母は、光属性の適性を持ってはいるが、治癒魔術以外の魔術は使えないらしい。
何でも他の魔術の勉強をするなら得意の治癒魔術の修練をした方が良いという考えだったらしく、それ以外の勉強をさっぱりしてこなかったらしい。
見方によっては知的にも見える顔立ちなのに、なんとも残念な母だった。
「となるとこの村でそういう術式を理解できそうなのは・・・セイ位になるのかのぅ」
「セイが・・・ですか?」
父が怪訝そうな顔で私の方を見る。確かに、7歳の子供が自分よりも魔術に詳しいなどと言われてもピンと来ないだろう。
「なんじゃ知らんのか?セイはワシの書庫にある上級魔術の参考書を普通に読んでおるぞ?まぁ流石に子供の体じゃし使えるとは思わんが、知識だけならもう魔術学院の上級生と行っても通じる位じゃろう。他の連中は、そもそも学院に入れるほどの知識はないじゃろうしのぅ」
村長の言葉に驚いた顔で私を見る両親。魔術を勉強しているのは知っていたが、まさかそこまで進んでいるとは思っていなかったのだろう。
というか私としても学院の上級生がその程度のレベルと知って少し驚いた。王立魔術学院と言う位だし、もうちょっとレベルが高いと思っていたがそうでもないのだろうか。
ちなみに効率が悪いから使わないだけで、覚えた魔術は普通に使えたりするのだが、まぁこの様子だとこれは黙っていたほうが良いだろう。
「しかしセイを盗賊たちが居るかもしれない森に入れるのは・・・」
「なんじゃ、そんなのお主が守ってやればいい話ではないか。元王国騎士団長が、盗賊程度から子供を守れんということはないじゃろう?」
「それはそうですが・・・」
「それにお主の魔眼であれば近くにいればすぐに魔力でわかるのじゃし、危ないと思うならその時は逃げてくればよいじゃろう」
「むぅ・・・」
父の心配をばっさりと斬る村長。本来なら私を心配して行かせないようにしても不思議ではない場面でこう勧めるということは、なんだかんだで父の腕を信用しているのだろう。
まぁ心配されなくとも私一人位でもただの盗賊くらいなら撃退できる自信はあるのだが、それはこの際置いておこう。
「父さま、私も力になりたいので、連れて行ってください」
私自身からもお願いをする。実際このままだと何か危険な予感がするのだ。早い段階で手を打っておきたい。
「・・・わかった。子供の手を借りないというのは情けないが、頼むセイ」
「はい、父さま」
こうして、山狩は一時中断とし、私と父で祠の調査を行うことが決定したのだった。